あかぎれ

長井のぼりざか

あかぎれ

 今年もまた、冬がやってきた。毎年この季節が始まると、私の気持ちはブルーになる。

 理由は単純だ。私の肌は人より乾燥しやすい。対策としてハンドクリームや保湿剤を塗っているのに、皮脂が奪われていく。そして指や手の甲に血の色がダイレクトに伝わる真っ赤な裂け目が増えていく。


 さて、そんな冬という季節が嫌いな私だが、今日起こった出来事はそれが少々改善するのではと思った経験だった。

 今日も今日とてあかぎれを起こして痛みを訴えてくる手指のケアに勤しんでいた。常用のハンドクリームを、いつもより多めに出して手全体に塗り、摺り込んでいく。しかしつい力が入ってしまい、その刺激で肌がかゆみも訴え始めた。それを解消しようと擦り合わせる手の動きに力が入る。すると、かゆみに加えて傷口の痛みもじわじわと再燃してくる。そればかりか力を入れて擦ってしまうため、止まりかけていた血がジュクジュクと傷口に集まってきはじめた。そのせいでさらに赤みが増していく私の両手。自業自得なのだがこの時私は特に苛立っていて、他の何物でもない自分の手に向けて当たっていた。


「もうっ!いい加減にしてよ!!」


 自分の手に向けて怒鳴りつけてから力が抜ける。ただひたすらに自分の行動が虚しかったからだ。いつもかゆくて痛いわけだが今年は一段と酷い気がする。病院で診てもらえたら何か改善策が見つかるんだろうか。そう思って保険証と薬手帳を探しに立ち上がった。

 その時だ。私のものではない、低くしわがれた声が聞こえてきた。


「いい加減にするのはそっちの方だろ」


 ほんの少し、動きも思考も止まる。我に返ってから周囲を見渡し、後ろへ振り返ってみたが、一人暮らしのアパートの一室に私以外の誰も存在しない。

 あかぎれのストレスで幻聴が起こったのかと思い、保険証と薬手帳を探すのを再開しようとした、その時だった。


「何、聞こえなかったことにしてるんだよ」

「誰!?誰なの!?」


 今度こそ確かに聞こえた。そう脳が認識した。

 声の不気味さもあるが、何より目に見えない誰かから話しかけられる状況は恐怖心しか抱けない。声の主に問う私の声は震えていた。

 無意識に私は両手で胸を抑える。その時、今度は例の声が近くなった。


「ここだ、ここだよ」

「……え?」

「下を見てみろ。お前が胸を押さえているのは何だ」

「……手?私の……?」


 なぜ、正体不明の声に従ったのかは分からない。だが、ここで私は声を発していたのが自分の手であることに気づかされた。他ならぬ、私自身の両手に。


「なんで、手がしゃべっているの?」

「お前の体にいるからだろ。まあ、そんなどうでもいいことを聞くんじゃなくて、こちらの主張をちゃんと聞いてくれよ」


 訳の分からない理屈を述べられて混乱している私にかまわず、‘私の手’は主張し始めた。


「お前がこの季節になると毎回大変な思いをさせているのは悪いとは思ってる。でもな、あかぎれを起こして大変な思いをしているのはお前だけじゃないんだ。こっちが一番痛い思いをしているんだ。それなのにさっきはよくもいい加減にしろ!なんて言ってくれたな」

「し、仕方ないでしょ。イライラしてて、つい」

「自分の体に当たるなんて間抜けな姿、人には見せられないだろ。まあとにかく、こっちだって大変なんだから、変に荒れるのはやめろ。二次被害がいつ来るか不安でしょうがないんだ。いいか、ちゃんと医者に診てもらえ。話は以上だ」


 こちらが口をはさむのを許さないかのように‘手’は主張を通してから黙った。私はそれから何度か呼びかけてみたけど、返事はなかった。


 あの後、保険証と薬手帳を持って皮膚科に診察へ行き、薬を処方してもらった。ただのあかぎれではなくなっていたらしく、根気よく治療すればちゃんと改善するとのことだった。


 あの時、手が話しかけてきたのは私のあかぎれに対する向き合い方を変えるためのチャンスが到来したお告げみたいなものだったのだろうか。

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あかぎれ 長井のぼりざか @Taketoshi_8

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