第六話 天谷の闇 其の二十四

 薄暗い部屋の中、玉座があり、そこには老人が座っていた。老人は無数の管が繋がれている。周りには薄水色の溶液が入ったガラス管が無数にあった。その中には、忠陽達と同じくらいの少年、少女たちが入っていた。


 玉座の前に紅亜と団十郎が片膝をつき、頭を下げていた。


「そうか、中山が…」


「はい。さすがにあの御方を取り込むことは叶わず」


 紅亜は地面に対して話していた。


「良い。それは分かっていたことだ。あの程度のものにやられるあかつきではない。それに……」


 老人は玉座の肘掛けに手を置き、おもむろに立ち上がる。


「それに?」


 ゆっくりとガラス管へと歩き、そっと手を添えた。


「龍神の炎を引き出しただけでも良しとせよ」


「はい。中山を倒したあの技も龍神の御業で?」


「あれは神宮のものだろう」


 老人はガラスに映る自らの姿を見ていた。


「それでも、群生妖魔を殺しきる威力を計るにはちょうど良いものであったな」


「はい」


 老人は振り返り、紅亜を見た。


「十二天将の一人だ。中山を丁重に葬ってやれ」


「畏まりました。その後は、いかが致しましょう」


「必要ない。あの男以上に金を稼ぎ、実験素体の流通路を確保ができる奴はそうそうに見つからぬだろう」


「勿体なきお言葉、中山も喜んでおりましょう」


 団十郎が口を開く。


「具申致します。結界のヒビが入っております。修復をした方が良いかと」


「よい。一度張った結界を張り直すと大掛かりとなる。かといって、一部だけを直しても、六道のものは簡単にすり抜けるであろう」


「見せてしまって良いのですか?」


「見たとしても何もできぬわ。それなら、あかつき殿が真っ先にここに来ておる」


「はっ!」


「暁殿と対峙してどうであった?」


 老人は玉座に座り、気分良く問うた。


「はい。その強さは無類に誇るものかと。正直は私どもが逃げられたのは―」


「やめよ」


 老人は紅亜をさげすんだ目で見ていた。


「あの奇跡を見て、そのような戯れ言とは、嘆かわしい」


「申し訳…ございません」


「見よ! この醜悪な体を…」


 二人は顔を上げる。


「あの方の有り様はどうであった?」


 自らの体を見せるために老人は玉座から立ち上がり、二人に近づいた


「人でありながら人の理を抜けた存在。あれこそが完璧な器―」


 老人は急に咳き込んだ。


「主様!」


 老人は手で紅亜を止めた。


「無様なものよ。管を繋がなければ生きてはいけないこの器……」


 老人は玉座に戻り、呼吸を落ち着かせ、天井を見上げた。


「実験素体の用意を直ぐにでも―」


 紅亜の言葉を老人は遮った。


「よい。中山が居なくなった今、人の目をつかずとは行くまい。それに、器が成熟するまでの素体の数は、充分にある。焦る必要はない。時はすぐ来る」


 ーーーーーーーーーーー


 忠陽は緊急外来の病院にいた。この病院は皇国軍管轄の病院であり、伏見の顔が利くらしい。ただ、伏見の知り合いの医師は歓迎という対応ではなかった。


 全員の一通りの検査が終わると、個別に問診を行った。


 忠陽は軽い打ち身程度と判断されたが、経過観察のため、一週間後に再度来るようにと言われた。もし何かあったときは、必ず病院に連絡するようにとも念押しされた。


 気がつくともう明け方になっていた。伏見はタクシーを用意し、家に送り届ける手配と、今日は一日は学校を休むようにと指示した。学校側への連絡は伏見が行うようで心配しなくてもいいと言った。


「ただ、今日のことは他言無用や。もし君らが誰かに話すようであれば、君らは学校を退学の上、身柄を皇国陸軍が預かるようになる」


「グラサン先生って、軍関係者だったのか?」


「どおりで….」


 大地は驚いていたが、朝子は苦虫をかみつぶしたような顔だった。


「おい、ボン。お前、もしかして知ってたな?」


「えっ、どうして?」


「どうしてって、今も別にびっくりもしなければ、あの金髪美少女とも知り合いだっただろ?」


「いや、僕も先生が軍関係者なんて、初めて知ったよ」


「噓のつき方がへたくそ」


 朝子が呟く。


「君ら、何言うとんねん。僕は軍の人間やないで。ただ、ちょっとだけコネがあるだけや」


 三人は伏見の言葉を不審がった。


「まぁ、今日の起きたことは一生のうち一度かもしれへん。僕としては関わらへんほうが幸せやと思う」


「でもよー、グラサン先生。あの時、黒服の男の戦い方を見たら、もっと強くなりたいと思うぜ」


「あたしは逆ね。あんな危険な奴に近寄らない方がいいし、関わりたくない」


「何だよ、お前。ビビってんのか?」


 大地と朝子は抗論を始めた。


「喧嘩すな」


 伏見は二人の頭を叩いた。


「でも、僕は朝子くんの考えに同意やな」


 伏見はヘラヘラとした顔だったが、口調は誤魔化しがないものだった。


「ここで長話してもしょうもないし、後日、ここにまた集合しいや。今後のことで色々と話したいこともあるし」


「どうしてここなんですか?」


 忠陽は直感的に嫌な気配を感じた。


「忠陽君、そないな野暮なこと聞いたらあかん。君らがやってた事を自分らの学校で話せる内容か?」


 三人は辛くも同意する。


「そういうことで、ここは解散や。忠陽くんは僕と帰ろか」


 大地と朝子は用意されたタクシーに乗り、帰路へとついた。


 忠陽は伏見とタクシーに乗った。伏見は東南地区の埠頭へ行くように指示した。そこは忠陽の家からも遠い場所だった。


「ちょっと、付き合ってほしい」


 伏見の誘いに忠陽は頷いた。


 東南地区の埠頭は近海の貨物船の岸壁である。そこには数隻の貨物船があり、一番遠い岸壁に知っている人物が二人待っていた。


「遅かったわね」


 エリザは杖を地面に着く。


「すんません。意外に検査が掛かりまして」


「まぁ、いいわ。坊やが許したことだし」


 忠陽は二人にまた会えるとは思っていなかった。


「先生……」


 伏見は頭をポリポリと搔いていた。


「あのままお別れちゅーのも、なんやと思ってな。君は何かと神無との縁があるようやし」


 忠陽は二人を見た。朝日に照らされた二人は神々しく、手に届かない存在であり、自身の心象を映したかのよう見えた。


「あの!」


 二人は忠陽を見る。


「ありがとうございました」


 忠陽は頭を下げていた。


「神無さんやエリザ様、伏見先生のお陰で助かりました」


 エリザは下がった頭を杖で叩く。忠陽は痛みで頭を上げた。


「無茶は坊やで慣れているからいいけど……」


 エリザは神無を見る。


「でも、無謀はいけないわ。坊やみたいになりたいのなら、もっと強くなりなさい」


「いや、エリザ様。そういうのは……」


「なによ。あなたが、そう過保護だから、こんなことになったんでしょ?」


「いや、それは違いますて」


「子供はあなたが思ってるほど、無謀なことをするものなのよ」


 伏見は賛同できかねる吐息をしていた。


「だから、あなたが師として導いてあげなさい。この子の未来には苦難が待ち受けているようだから」


「苦難?」


 忠陽は首を傾げた。


「人は誰でも苦難が待ち受けているの。坊やも、私も。ただ、私達に関わったことで、あなたに待ち受けている苦難が変わったかもしれないわ」


「そんなことあるんですか?」


「可能性の話よ。私たちはそういう存在であることは確かだわ」


 エリザは一呼吸置いた。


「人生はどう行き着く分からない。その時に出した答えが正解どうかなんて分からないわ。失って、初めて大切なものを知ることだってあるの。それでも人として生きようとしなさい。そうすればほんのちょっと幸せなことがあるわ」


「ほんのちょっと?」


「人生に楽というものは無いわ。相対的に見たら苦が多いの。でも、その中での幸せは、例えほんのちょっとであっても、大きな幸せに変わる」


「僕にはよく分かりません……」


「忠陽君、安心し。僕にもわからへんよ」


「まあ、失礼ちゃうわ」


 エリザと伏見は笑っていた。


「名残惜しいけど、これでお別れね。今度会えるのはいつかは分からないけど、生きていたら貴方の人生がどうだったかを教えてちょうだい」


「はい、必ず!」


 エリザは忠陽に手を差し伸べる。忠陽はその手を握った。少女の手のように小さいものだったが、その手が次第に大きい手のように感じた。


 手を離し、エリザは神無を見て、貨物船へと乗り込む。


 神無は自分から声を掛けるわけでもなく、忠陽を見ていた。あまり喋る人間ではないことは知っていた。だから、忠陽は手を出した。


 神無はその手を見て、口を開いた。


「呪術は人殺す道具でしかない」


 忠陽は今回の出来事でそれを理解できた。だから、素直にはいと言葉が出た。


「そして人を不幸にする。だが……」


 神無は貨物船にいるエリザを見た。


「人を幸せにすることもできる……。お前は何のために呪術を使う?」


 神無の問いに忠陽は考えた。


「僕には、まだ分からないです。でも、使うなら、人を幸せにするために使いたいです」


 そうかと言い、神無は忠陽の手を握る。忠陽はその手がエリザよりも小さく感じ、そして自分と変わらないようにも思えた。


 神無は手を離すと、貨物船に乗ろうとしたが、立ち止まった。


「辰巳、久遠であそこの結界にヒビを入れておいた」


「分かった。今度行ってみるわ」


刀兵衛じんべいから、軍の調査のため、すぐに人を送ると連絡が来ていた」


「すまんな、助かる」


「ただ、この街の裏ルートにも抑止力として赤い月を引き込もうとしている」


「ほんまか! あのクソジジイ!」


秀英シューインとの関係が上手くいかないなら、ゆんと話せ」


 伏見は呆気に取られた顔をした。だが、鼻で呼吸をした後、真剣な顔つきに戻った。


「神無! ゆんちゃんは、お前を、探し続けてる。もう、会ったらどうや?」


「暁一族は……滅んだ」


「ゆんちゃんだけやない。由美子くんもそうや」


 神無は返事もせず、貨物船へと乗り込んだ。


 船員は係留ロープを外し、船は岸壁からゆっくりと離れていく。次第に船は大海原へと出ていった。


 忠陽と伏見はその船出を船が見えなくなるまで見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪賦ナイル YA 城山古城 @shiroyamakojo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ