第六話 天谷の闇 其の二十二
数分後に中山が暗闇からヌッと現れた。飢えた獣のようにナイフを垂らして、一歩ずつゆっくりと大地に迫る。
「なんだ……。てめえだけか」
中山は歯を見せて、笑っていた。
「てめぇなんざ、俺一人で充分だ」
「おいおい、冗談はよせ。肩に力が入ってるぜ」
大地は相手の間合いを取る。接近戦は相手に分がある。しかし、中距離の戦いはこちらに利がある。
だが、大地は中距離の戦いは得意としなかった。接近戦と、格闘戦の中での炎術の使用を得意とし、中距離戦では陽動で使うのみで必殺とも呼べる一撃は繰り出せない。
大地はフッと息を吐く。自分の中で考えをもう一度呼び起こす。目的は時間稼ぎ、その間にあの二人が逃げられればいい。自分の我が儘に付き合ってくれた友達を死なせるわけにはいかない。その感情が、何故が自分の死に対する恐怖を緩和させる。
中山はさっきまでとは違う顔をつきになった大地を見て、喜んだ。
「お前、意外と度胸がある奴だな。楽しめそうだ」
中山はナイフを構え、突進した。
大地は手で薙ぎ払うように、炎を広範囲に広げた。その炎は中山に届く前に霧散した。中山は大地が炎を出した瞬間にその場でバックステップを踏んでいたのだ。
「無駄無駄、てめえの間合いはだいたい掴めてるんだよ」
再度、中山は突進をしてきた。
大地は自身に考えろと言い聞かせる。冷静に、生き残るために、考えろと体全身がそう言い放つ。
間合いは中距離から近接に切り替わるその瞬間に大地は自身の全方位に火柱の壁を作り出した。炎の勢いは強く、中山は動きを止めた。
炎は猛々しく燃え上がり、壁は厚い。大地は力を総動員して、壁を作り出す。これが今の自分にできる時間稼ぎという思いで、力を絞り出していた。
その壁の一点を抜けてきた物体が大地の太ももに刺さる。大地は足から崩れて、地に手をつく。その瞬間に火柱は霧散した。
大地は太ももに刺さった物体を見るとナイフだった。そのナイフの柄をゆっくりと手に取る。
「予想は当たったな」
中山は口を開けて笑みを浮かべていた。
「本来、あの時みたいに、てめえの最大火力なら俺のナイフは溶けるはずだ。だけどよ、全方位なら密度が薄くなるんじゃねぇかって」
中山は高らかに笑った。
「それなら、俺の呪力で一点集中に覆ったナイフなら壁を突き破るじゃないか、ってよぉ」
大地はナイフを抜き捨てた。痛みが全身に走り、冷や汗を搔く。それでも声を出そうとはしなかった。それは相手を喜ばせるだけと分かっていたからだ。
大地は太ももがズキズキと痛むたびにズボンが赤色に滲んでいくのが見て分かる。
「俺は
中山は懐からナイフを取り出し、ナイフを大地に振り下ろそうとした瞬間に手元を鞭で叩かれ、そして、顔まで叩かれた。
不意に与えられた打撃に中山は蹌踉めき、壁に手添えるも、追撃の鞭が来ているのに気づき、その場から逃げる。鞭の穂先は壁に突き刺さるが、中山を必要以上に何度も追撃を加えた結果、壁は穴だらけになっていった。
中山は未だに意識が朦朧としていた。壁を触るとコンクリートだった。その感触で、それに穴を開ける強度が想像できた。中の歯が一本折れており、血が出始めていた。手の骨は何本か折れているだろう。痛みを発しているのが分かる。
中山は唾を吐き、相手を見る。相手は反対側の倉庫の屋根の上に居た。月明かりと朦朧とした意識で形でしか分からないが、あの女だというけとだけは理解できた。
屋根の上から再度、倉庫の壁を壊しながら、無数の鞭が飛んでくる。中山は躱しながら距離を取る。
「なんだ、てめえは囮だったのか…..」
「悪いが、こんなクソ女に助けを呼んだ覚えはねぇよ」
朝子は建物から飛び降り、大地に近づいた
「立てる?」
「あぁ? 誰に口聞いてんだ?」
「そう、なら死んだ方がマシだったかしら?」
「へっ、言ってろ! ……ありがとよ」
大地はそっぽを向いた。
「意外に素直なんだ」
「てめぇとは違うんだよ」
中山は辺りの気配を感じる。今居るのはあの二人だけ。あと一人、ひ弱そうな男は逃げたのかと考える。これで、もう一度、不意打ちを貰うわけにいかないと気を張っていた。
「ボンはどうした?」
「さあ? 私はアイツに借りを返しに来ただけよ」
「お前らしいな。それでどうすんだよ?」
「時間稼ぎでしょ? 手には損傷を与えても、気にしないでしょ、あの人」
「接近戦は分が悪い。今のアイツなら、お前の鞭である程度は近づけさせない」
「そうね。本当の足手まといが居るから、動けないのが難点だけど」
「口が悪いな、クソ女! ……援護はするぜ」
「朝子…」
「はぁ?」
「朝子でいいわ? あんたみたいな奴嫌いじゃないし」
「何、デレてんだ?」
「は? 勘違いしてんの? 私の好き人は
朝子は大地を蔑(さげす)んでいた。
「誰だ? りん君って?」
朝子は大地を殴っていた。
「殴ることはねえだろう!」
朝子はうるさいと言いつつ、中山を見る。大地は笑いながら、中山を見た。
中山は自分の感覚が正常になってきたことを確認する。相手は、厄介なことに協力をしている。それに輪をかけて問題なのが、二人が逃げるという訳ではなく、時間稼ぎをしている点だった。その間にも、もう一人のガキではなく、伏見に隙を突かれるのがもっと
中山は走り出した。顔と腹を呪力で覆った両手でガードしながら、二人への最短距離を真っ直ぐに。
朝子は鉄鞭を振り回す。鉄鞭の穂先は確かに中山に当たっている。それでも怯まない中山に朝子は焦りを感じた。
「どけ!」
大地が炎の前方の中山に浴びせた。
呪力で防御していても、両手が
その姿に二人は戦慄した。目の前に居る人物は今まで見たことがない存在であり、捨て身の攻撃をやっと理解した。
朝子の鉄鞭が中山の腕に当たろうとした時、中山はその鞭の中間を手掴みしていた。
「やっと取れたぜ」
距離はあっという間に近距離に詰められており、鞭が一番速度が出る領域はではないため、中山の手でも掴むことができたのだ。
中山は掴んだ鞭を強引に引っ張る。引っ張られた朝子に大地は離せと言い、炎をもう一度放つ。朝子は手から鉄鞭を離し、中山はそれを奪い去って後退する。
「残念だったな」
中山は鉄鞭を捨てると、口から歯を見せた。その歯が二人には牙のように見えた。中山はゆっくりと二人に近づく。獲物を食らいつくそうと涎を垂らした獰猛な獣が一歩ずつ。
その一歩が近づく音に鈍い音が混じった。
中山は背後に燃えるような痛みを感じた。後ろを振り向くとひ弱そうなガキが自身にぶつかっていたのだ。
それは大地も朝子も驚いていた。二人からすれば忠陽は突然現れたように見えた。
「離れろ….クソガキがっ!」
中山は忠陽に拳を振るうも、動きが鈍く捉えることができなかった。それと同時に甲高い音で地面に何か落ちていた。中山はそれを自分のナイフだと気づいた。
激痛が走るところを、中山はゆっくり手で触わり、目で確認をした。真っ赤に染まる手は綺麗な鮮血だった。
中山は見失った忠陽の気配を探るも全く感じない。二人を相手にしているときでも周りには気を張っていた。それでも見つけられなかった。
壊れた左側の壁の方から風が吹いた。その瞬間に中山は地面に倒れ込んだ。中山は直ぐに痛みで、両足は切断されたことを理解した。
左側を見ると、手が血みどろの少年が息を荒くして立っていた。その気配はまるでそこにある空間と同調していた。
「クソガキ……」
中山は空を仰ぎ見る。
けして侮っていたわけでもない。心の隙があったというわけでもない。ただ一点、このガキの気配だけ分からなかっただけで、俺は負けてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます