第六話 天谷の闇 其の二十

 八


 島の北側にある埠頭、ここはコンテナ船専用の岸壁がんぺきであり、巨大なガントリークレーンを4台要している。喫水きっすい制限がないこの人工島は内外航ないがいこう問わず、コンテナ船の積載量の大きい船が入ってくる。その荷物を大和皇国の内地に荷物を配送する。その帰りの便で内地の荷物を載せることがある。ここは内地とのターミナルとなっているのだ。


 その利便性を知ってか、倉庫業の会社はこの辺りに集結しているが、中にはよく分からない倉庫会社も存在する。その一社は中山が作った会社であった。


 倉庫内には荷物など無く、ただ伽藍堂がらんどうの中には埃が溜まっていた。棟は鉄骨で建てられているが、海の潮風で錆が見られる。


 背中で手首を縄で縛られ、地面に横割った三人の学生をよそに大人達は話し合っていた。


「どういうことだ! このまま何もしないで逃げるのか!?」


 中山は他の三人に対して声を荒げていた。


「仕方ないわ。今、あの御方達と戦うのは愚策よ」


巫山戯ふざけるな! ガキどもを殺さず、その上、逃げるだけでよく十二天将じゅうにてんしょうが務まるな!」


「相手が悪い」


 低い声で男が答える。


「あの先生だったら、私たちだけでも何とかなるかも。だけど、あの二人は別格。団十郎が本気を出だしても、相打ちに持っていけるかどうか……」


「相打ち? 良いじゃねぇか!」


「あなたはそれでいいのでしょうけど、私たちはこの後もあるの」


 スーツ姿の青色のスカーフの男が口を開いた。


「中山、今は耐え忍び、機会を窺う―」


「それが忍ってか? 俺は忍びじゃねぇ!」


「なら、あなた一人でやりなさい」


「ああ、そうさせてもう」


 中山は倉庫から出て行った。


「団十郎、どう思う?」


 屈強な体つきの袈裟を来た男は妖艶な女を見た。


「あの先生が、私たちを見逃してくれるかしら?」


「無理だな」


「そうよね。戦うしかないわ。青影あおかげ、あの先生の足止めをして貰える?」


「どういうことだ?」


「中山では無理よ。あなたが先に足止めした方が、私たちも逃げやすいわ」


 青影あおかげは沈黙した。


「仕方ないわよ、私達にはまだやることがあるの。あの先生はこの子達を助けにくる。あなたの役目はその時、中山とこの子達からあの先生を引き離すこと」


「解せない。中山はあの男との戦いを望んでいる」


「それはあなたもでしょ?」


 青影あおかげは再び沈黙した。


「ごめんなさい、意地悪したわ。理由ならちゃんとあるわ」


「なんだ?」


「我が主がそう望まれているからよ」


 妖艶な女はそう不気味な笑みを浮かべて言った。青影はそれ以上の答えは必要としなかった。


「団十郎、行くわよ。私達はあの御方達相手に演じなければいけないわ」


「構わない、死地は我が望むところ」


 妖艶な女はそのしなやかなの指で団十郎の屈強な体を上半身から腰の近くまでなぞった。何か物欲しそうな顔で頬を赤らめさせた。


「そういうあなたを見ると体が熱くなるわ」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ガントリークレーンの頂上の赤い航空障害灯が点滅している。夜が深いというのに、その色は見やすい。


 神無とエリザは倉庫街の屋上を赤い光に照らされながらも建屋から建屋へと渡る。中山が所有している倉庫に近づいた時に、不意打ちを狙うかのように男と女が突然現れた。


 男は自らの手を伸ばし、鞭のようにしならせ、縦になぎ払う。神無たちは左右に散けて、回避した。女はエリザへと追撃として長い棒みたいなもので突き刺そうとするも、エリザが即座に杖ではたき落とす。


 互いに距離を取ると、女が話し出した。


「お初にお目に掛かります。私、十二天神の奪失だっしつ紅亜くれあと申します」


「同じく、十二天将が一人、破戒の瀧泉たきいずみ


「やけに礼儀正しいわね」


「主からは丁重に持てなせと仰せつかっております」


「そう。礼節を尽くすなら、その主を連れてきなさい。自分の領域で顔を見せないなんて失礼よ」


「申し訳ございません。主は所用により手が離せない状態でして、代わりに我らがお相手させて頂きます」


 紅亜くれあは頭を下げた。しかし、直ぐに顔をあげ、笑みを浮かべた。


「ただ、今は時期尚早ゆえにお引き取り願いますが……」


 その笑みには紅亜くれあの絡みつく魔力が溢れていた。


「大和の言い方というのは好きになれないわ」


 神無が脇差しを両手に二本、何処からともなく取り出した。


 エリザの周りには氷の粒が収束し始めた。


 紅亜たちも構えた。


 両者の間を海のべっとりした風が通り抜けていく。お互いの服をはためかせ、時が流れる。


 動いたのはエリザだった。無数の氷の矢を2人に降らせた。


 団十郎が自らの左手を伸ばし、横幅を大きく広げ、盾を作る。紅亜はその後ろに隠れた。氷の矢は団十郎の左腕に無数に刺さる。


 神無が間合いを詰めるのが見えたのか、団十郎は無数に刺さった左腕伸ばし、鞭のようにしてしならせ、神無をなぎ払う。だが、建物だけをなぎ払っていた。


 神無は別の建物に移っており、そこから団十郎が壊した建物に残骸を使い、高速で立体的な移動を行った。その移動を魔術で捉えるのは難しく、また団十郎は自分の腕の収縮で時間を要し、迎撃できる態勢ではなかった。


 神無が団十郎を間合いに入れるその瞬間に紅亜が長い棒のようなもので、縦に払った。神無は片手の脇差しで受け流し、紅亜を蹴り飛ばして、月明かりの中をヒラヒラ舞う蝶のように自らの態勢を整えた。


 蹴り飛ばされた紅亜は団十郎が抱き留めた。


「ありがとう、団十郎」


 立ち上がった紅亜は蹴られた腹部を摩り、高揚した顔を見せた。人差し指を口にくわえ、神無を見つめる。


「下品な女……」


 エリザは怒気を含んでいた。


 エリザが再度生成した氷の矢は、紅亜に向けられ放たれた。それを再び団十郎が自身の左で盾を作り、守った。


 その時、神無たちは見逃さなかった。先ほど突き刺さっていた左腕の氷の矢は無くなっていた。すべての氷の矢を受けは切った後、あの下卑た笑みが見えてきた。


「そう、そういうこと」


 エリザは不機嫌そうに言った。


 紅亜は、はいと端的に返事をしていた。


「憐れだな」


 神無が口を開いた。


「それが人のさがでございましょう」


 紅亜は薄笑いを浮かべていた。


 エリザは炎を帯びたの大きな矢を生成していた。その矢を団十郎目がけて解き放つ。同時に神無の気配がふっと消えた。


 団十郎は左腕の氷を吸収し、今度は両腕で防御態勢を取った。エリザから放たれた炎の矢が両腕に当たる瞬間、爆発した。爆炎は団十郎を包み、燃えさかる。その炎に飛び込んでいく影が見えた。影は団十郎の左腕に左切り上げで、月の光輝く空に跳ね上げた。


 跳ね上げた腕は炎を纏いながら心臓のように鼓動し、一気に広がり、無数の針となって、神無へと襲い掛かる。神無は後退をするも、物体となった左腕が追尾する。神無がエリザの位置まで下がると物体はそれ以上の追尾をやめ、辺りをウロウロし始めた。


 団十郎は炎を吸収し終えると、焼けたコゲた後が見えた。右腕をどかすと、薄笑いの女が見えた。


「どうでしょう、お持てなしは気に入って頂けたでしょうか?」


「そうね、零点ね」


「厳しいお言葉、ありがとうございます。ですが、我々はこれにてお暇致します。代わりにに彼の左腕を差し上げますので、御容赦を」


 神無は物体を無視して、二人を追おうとしたが、物体がそれを邪魔をする。エリザが無数の氷の矢を放つも物体は自らを広げ、2人に当たらないようにした。


「それでは、またのご来訪をお待ちしております」


 紅亜がそう言うと、団十郎が紅亜を右腕で抱きかかえ、しゃがみ込むと、バネのように弾力を持ち始め、その反発で暗闇の空へと飛翔した。


 神無は態勢を整えるため、一度エリザの元へと戻った。


「徹底して逃げの一択だったわね。よく躾けられてること」


 二人は目の前の物体を見据えた。物体はゆっくりと動く。二人を自分の間合いに捉えたとき、自らを広げて、神無とエリザに襲い襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る