第六話 天谷の闇 其の十八
店を出た後、忠陽達は中央街から遠い公園へと逃げていた。大地を追いかけて走ると忠陽は全力疾走であった。そのため、肩で息をしていた。
大地は直ぐに息を整え、近くの自販機で飲みものを三つ買い、二人に放り投げた。
忠陽は落としそうになったが、地面につく前にかろうじてと捕まえた。そして、息を整えながら、缶を開けたとき、飲みものが吹き出た。咄嗟のことに避けきれず、顔に浴びてしまった。
二人はそれを見て、吹き出しながら笑っていた。忠陽は無言に大地を睨め付ける。
「悪ぃ。だけど、わざとじゃないって」
残った炭酸飲料を忠陽は飲む。その味は甘く、抜けた炭酸でも喉越は気持ちが良かった。
「なぁ、ボン。そいつ誰なんだ?」
缶を開けようとしている朝子に視線が集まった。朝子はその視線を無視していた。
「えっと、
「名前で呼ばないでくれる?」
朝子のキツい視線に怯み、忠陽は直ぐに謝った。
「姫さんといい、従者といい、この女といい、お前、気の強い女に好かれるんだな」
「止めてくれない? 冗談でも
朝子の冷ややかな声に、大地は口笛を吹き、褒め称える。
「で、そんなクール、いやコールドビューティが何してたんだよ?」
「勝手に
「面倒くせぇ女だな。じゃあ、なんて呼べばいいだよ?」
朝子は少し考え、無いわねと言った。
「それじゃあ、おいとか、お前になっちまうじゃねぇか!」
大地も呆れていた。
「それだったら、苗字で呼ぶのはどうかな?」
忠陽が空かさず、フォローを入れる。
「苗字は……嫌いよ……」
朝子は顔を左に逸らした。その姿を見て、大地と忠陽は目を合わせる。
「だったら、俺達はSMと呼ぶよ」
「はぁ!?」
「うっせぇ! 話が進まねぇからそれで決定だ。それで、あそこで何してたんだよ?」
朝子は黙りだった。大地はそれを見て、舌打ちした。
「美憂さん、だったよね? 何か関係あるの?」
朝子は鋭い目つきで忠陽を睨んだ。
「分かりやすいなぁ、お前。ボン、美憂って誰なんだ?」
「僕も知らないけど、たぶん僕の高校の生徒じゃないかな……」
二人は朝子の反応を確認すると、分かりやすく、顔を合わせようとしなかった。
「そういうや、室戸のおっちゃんが言ってた襲われた翼志館の生徒の名前と一緒だな~」
「高畑さんの知り合いの呪捜局の人?」
「ああ。ってことは、仕返しか? すげぇーな!」
朝子は溜め息をついた。
「あなたに聞いた私が迂闊だったわ……」
「でも、仕返しはやめた方がいいよ!」
忠陽の語気が強くなった。
「何不自由なく育ったあなたには分からないでしょうね」
忠陽はその言葉に怯んでしまった。
「そうじゃないよ…。確かに君が強いのは知ってる。だけど、一人で相手にするには分が悪いよ。あの伏見先生でも逃げられたんだ」
「あいつが?」
朝子は一考していた。
「ご忠告ありがとう。でも、私は美憂をあんな目にした奴を許さない」
朝子はその場を立ち去ろうとした。
「どうやって相手を見つけんだよ。だいたい、相手の顔を見たことあんのか?」
大地の声に朝子は立ち止まる。そして、振り返った。
「あなた達は見たことあるの?」
「いいや。でも、俺達にはとっておきがある」
「教えなさい…」
「悪ぃけど、お前みたいな女に協力したくないなぁ」
朝子は鉄鞭を取った。
「いい度胸じゃん!」
大地は炎を纏わせた。
忠陽が二人の間に入り、静止させた。
「ちょっと、待ってよ! 二人が戦っても意味がないよ!」
「意味なんざ関係ねぇ。売られた喧嘩は買ってやる」
忠陽は次に朝子の方を向いた。
「君も、さっきのクラブで分かったでしょう? 実力行使でも相手が折れるわけじゃない!」
「悪いわね、時間をあまり掛けたくないのよ」
その時、着信音がなった。朝子の携帯だった。朝子は慌てて電話を出る。話を聞かれたくないのか、遠ざかっていった。
住宅街の夜の公園であったため、聞こうとせずとも、うっすらと漏れてきた。
朝子の声は優しく、猫なで声だった。朝子が自分のことをお姉ちゃんと言うのだから、電話の相手は家族だろうか。
電話を切ると、口を噛みながら、こちらを睨め付け、黙って去って行った。
「なんだよ、アイツ」
「さぁ?」
その日、忠陽達は乱闘騒ぎの疲れもあって、捜索を打ち切った。次の日はいつものファミレスで落ち合うことにした。
翌日、大地がファミレスの中で待っていると、忠陽が朝子を連れていた。
「なんで連れて来てんだ!」
大地はナプキンを投げつけた。
「仕方ないよ! 学校を出るときからつけてきてるんだもん」
朝子は別の席に澄ました顔で座っていた。
「ストーカーかよ、やべぇーな」
忠陽は席に座り、ドリンクバーを頼む。
「で、今夜はどうするんだ?」
「昨日の件で、中央街では目をつけられてるからね。学校で彼女の友達の美憂さんのことを聞いてみたんだけど、襲われたのは学校からの帰り道なんだって」
「だったら、そのシチュエーションを作るのがいいんじゃないか?」
「でも、学校の周りは先生達が見回りをしてるし、家に早く帰るように部活も停止してるんだよ」
「俺達の切り札が……」
「大地くんがそんなこと言うから彼女、付けてきてるんでしょ?」
大地は反射的に忠陽の頭を小突いていた
「うるせぇ。あの女、高圧的でムカつくんだよ。嫌がらせしたくなるだろ?」
「それじゃあ、敵を作るだけだよ」
「それよりも、どうするよ。お前が居れば比較的に敵には目を付けられやすいのは事実だろ?」
忠陽は考えていた。
「どうしたんだ、ボン?」
「そもそも、翼志館の生徒を襲うのが目的なのかな?」
「そうじゃないのか?」
「藤先生は、伏見先生が犯人を捕まえるのを失敗したからと言っていたんだ。だから、伏見先生への報復が狙いじゃないのかな?」
「あのグラサン先生が標的で、お前達は囮なのか。でも、グラサン先生は謹慎中なんだろ?」
「そうだよ! 謹慎にするのが早かった。たぶん、敵の拠点を襲撃して翌日だと思う!」
「なんだそれ。でもどうして、グラサン先生を謹慎にしたんだよ?」
「たぶん、授業中に襲われると厄介だからかな? 学校としての管理体制を問われるから?」
「でもよ、意味分かんねぇよ。グラサン先生がいなくても、どの道、学校を狙うんじゃないか?」
「学校側は伏見先生にその前を狙わせる目的だったとか?」
「それは一理あるな!あの先生ことだ、俺らを囮にして、罠を張ってそうだな!」
「それはあるね!」
忠陽と大地は顔を合わせて笑っていた。だが、直ぐに溜め息を出す。
「つーか、グラサン先生の手の上かよ、俺ら」
その日の探索は、中央街を練り歩いたが犯人との接触はできなかった。
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