第六話 天谷の闇 其の十七
昼休みに大地からメールで呼び出され、忠陽は放課後に中央アーケード街にあるファミレスに来ていた。今朝の藤との話で忠陽は大方の予想は付いていた。
大地は先に四人席のソファーに傍若無人といったように座っている。忠陽は反対側のソファーに座った。
「で、何の用?」
大地は悪巧みの笑みを浮かべながら、冷たく言うなよと言った。
「なぁ、お前の学校が狙われたらしいじゃないか」
「そうみたいだね」
「なんだよ、知ってたのかよ…」
大地は忠陽が先に知っていたことに不満げだった。
「僕も今朝知ったんだよ」
「例の話、どうだ?」
「例の話って?」
「だから、俺たちで犯人を捕まえるって話」
忠陽は思いだし、声が漏れた。
「でも、犯人がどこにいるか分からないよ」
「何言ってんだよ、捜査の基本は足を使うんだよ」
「刑事ドラマじゃ、あるまいし」
「てめぇ、馬鹿にすんじゃねぇ。こういう事は積み重ねなんだよ」
「大地くんが言っても説得力がないよ」
忠陽は笑っていた。
「で、どうすんだ?」
大地はもう答えを知ってるような顔していた。
「やるよ」
忠陽は大地の眼を真っ直ぐに見ていた。
「そう来なくっちゃな!」
大地は手を差し伸べた。忠陽はその手を掴み、お互いの握りしめる力を感じた。二人は笑みを浮かべ、手を離した。
「足を使うっていても、これからどうするのさ?」
「決まってんだろ? 夜にお前が制服姿で歩いていれば、自ずから敵はやって来る!」
「いや、それって僕が囮ってこと?」
「子曰く、兵は詭道なり」
忠陽はなんか違うようなら気がすると思ったが、あまり言わないことにした。それから二人はどの場所に探索するかを話し合った。大地は中央部分を、忠陽は岸壁近くのコンテナ倉庫と意見が分かれた。
「中央の方が確率が高いって」
「確かにそうだけど……。でも、夜にこの学生服で出歩くのは……」
「なんだよ、今更ビビってんのか?」
「そうじゃないよ。学生服で夜徘徊すれば、伏見先生たちに見つかって、補導される」
「やっぱりビビってんじゃねぇか」
大地は歯を見せながら微笑した。
「大地くんはそういうけど、あの先生に見つからないようにするには……」
「いいんだよ、見つかって! 俺のせいにすれば大抵は何とかなる」
忠陽は大地が原因だという考えには気乗りしなかった。自身に目的があり、そのための行動だった。だから、大地のせいにするというのは、忠陽とって目的がないように見えたからだ。
「なぁ、セントラルビルにも行かないか?」
「そこには行かない方がいい!」
反射的に忠陽は声を荒げていた。
「どうしたんだよ?」
「いや、この前、伏見先生に夜はあそこに近づかないようにしろって」
大地はジュースをストローで飲み、そのまま口に咥えたまま、天井を見上げる。口に咥えたストローは小刻みに揺れていた。少しして、ストローをコップに吐き捨てた。
「わったよ。あのグラサン先生は言うならしかたねぇな……」
「ごめん」
「なんで、謝るんだよ。……実はな、昨日の夜、俺も行ったんだよ、そこ」
「えっ?」
「セントラルビルだよ。お前の言うとおり嫌な臭いがしたから途中で引き返した。自分でもなんでか分からなかったから、もう一度行ってみたかったけど、その理由が分かったからいい」
夜になり、二人は中央街を練り歩く。普段ならその景色が綺麗な繁華街を思わせる。この時は傍若無人な大地も体の強ばりが見えていた。
何の変哲のない街並み。その中に凶悪犯が隠れている。その意識は二人の認識を変化させていた。凶悪犯の顔をも知らない二人は、しきりと辺りを見回し、警戒をする。
そこで忠陽は初めて気がついた。敵に見つけて貰うという不利、どうしても対応が後手に回ってしまうこと。相手が神無のような相手ならもうとっくに死んでいることが想起できた。
夜の中央街を二時間歩いて、時刻は午後九時だった。二人はそれらしい人間が見つけられなかった。言葉を交わすことなく、顔を合わせただけで、お互いに意図が分かり、二人はいつものファミレスへ歩いた。
ファミレスでソファーに座ったとき、二人は疲労感を見せた。ただ、人を探すだけでこんなにも体力的に辛いとは想像だにもしなかった。
大地は出された水を飲み干し、深い息を音を出して吐く。
「誰だよ、捜査の基本は足だなんて言った奴」
「大地くんだよ」
「にしても、犯人の野郎出てこなかったな」
「簡単に出会えれば、先生たちも苦労しないよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
二人はそれから三日、中央街を練り歩くも犯人を見つけることはできなかった。変わらない夜の街、人は行き交い、陽気な声が聞こえる。人の世は平穏であり、血のニオイなどしない。人々はそれに気づかないのであろうか。いや、気づこうとせず、盲目的に張りぼての幸福を楽しんでいるか。それとも……。
四日目にして、大地は飽きたらしい。いや、慣れたといっても良かった。初日とは違い、肩を強ばらせることもなく、欠伸まで出る始末。忠陽もそうでなければやっていけないと心の中で吐き捨てた。
今になって、伏見が言った言葉が反芻する。かくれんぼと言ったのは、所詮、僕らがやっていることは子供の遊びなのかもしれない。未だに伏見の気配すら見つけられない。恐らく、あの人は自分を見ているのだろう。
忠陽は一人の女子に目がつく。髪は短く、細いしなやかな体のライン。制服を着ていないが、同じ年代に見える女子はどこかで見たことある。鋭い目つきとその相貌を、忠陽は思い出せない。だが、なんだか放ってはおけない。忠陽はその後を黙ってつけていく。
「お、おい!?」
大地の呼びかけにも忠陽は気づかない。大地は仕方なく、忠陽の後をついていく。
女子が入っていったのは、藤と入ったクラブだった。
「あの女、知り合いか?」
「分からない」
「分からないって、なんだよ……。もしかして、あれか?」
「あれって?」
「ひとめぼれってやつ」
忠陽はムキになって大地に反論した。
「違うよ! 僕はただ様子が変だと思って! だから、君が考えてるようなものじゃー」
「わあったよ、そんなにムキになんな」
忠陽は僕は違うと呟くばかりである。
二人は中に入ると、スピーカーなる重低音に体が揺さぶられる。ダンスミュージックの規則的なビートはホール全体に響き渡り、そのリズムに殆どが酔いしれている。
「生かすビートだな!」
忠陽の耳元で大地は大声を出して、人混みの中に入っていた。短ランの格好がその人混みにやけに馴染んでいた。
忠陽は辺りを見回す。人混みの中で、さっきの女子が四人の男達に囲まれて、トイレに入っていくのが見えた。忠陽は人混みを掻き分けて、女子を追った。
忠陽がトイレの扉を開けると、悲惨な光景を見てしまった。男どもは頭や口から血を流し、倒れていた。女子は一人の男を鉄鞭で向けている。男はへたり込み、後退っている。
女子は鉄鞭を男に向けながら、忠陽を見た。お互い、相手を見合って、誰だかを認識した。
(学戦の時の!)
それが隙を生み、男が逃げる時間を与えしまった。男は忠陽を押しのけ、人混みへ入っていった。
「どうしてくれるの? 逃げられたんだけど」
「知らないよ。それより、どうして君はここにいるんだ?」
「それを言うなら、あんたこそ」
忠陽はゆっくりとポケットに手を入れようとした。
「そこまでよ。それ以上動いたら、倒す。あんたには痛め見てるから」
忠陽は動きを止めた。
「あんた、翼志館よね。美憂って女の子のこと、知ってる?」
「知らないよ」
「そう。なら、これ以上邪魔しないで」
朝子は鉄鞭を下げ、出口へと向かってきた。
「こっちです!アニキ!」
外から大声がした。忠陽と朝子は外を出て見ると、大人数の屈強な男達が列を成してホールに入ってきた。
辺りにいた学生は踊るのを辞め、男達から距離を取り始めた。次第に忠陽と朝子を囲む群れとそれを囲む学生の二重構造となっていた。
「お前ら、俺らをコケにしてタダで帰れると思ってないよな?」
リーダー格の男はがたいも良く、筋肉隆々だった。頭は刈り上げ、歳は少し上のように見える。
「おい、この二人にやられたのか?」
男は笑っていた。そうすると周りも笑い始めた。
「どいつだ?」
「あ、あ、あの女に……」
男はさらに笑う。
「女に負けるとはな」
「そうよ、か弱い女に負けたの。だから、一つ教えてくれない?」
「その根性、気に入った。俺の女になれよ」
「つまらない冗談ね。あんたみたいな男は死んでもお断りよ。それより答えなさいよ。あんた達、美憂って女の子のこと知ってる?」
「美憂ちゃんねぇー。そういや、最近、そんな女を痛ぶった覚えがあるなぁ」
舌なめずりするように、リーダー格の男は朝子を挑発した。
朝子はすでに獲物を抜いていた。リーダー格の男の顔に傷をつけ、赤い血が流れていた。
由美子といい、この女の子といい、気が強い人といるとよく巻き込まれると忠陽は嘆息した。
「そう。なら、私があんたを痛めつけてあげるわ」
朝子が振るう鉄鞭の柄が伸び、辺りを一瞬にして一掃する。屈強な男達は観客たちにもたれ掛かるも、直ぐに起き上がり、朝子目がけて突進する。それを簡単にいなし、顔面に蹴りを喰らわせる。蹴った反動を使い、二人目の男の頭蓋にかかと落とし。三人目を倒そうと体制を整えた瞬間に後ろから小さな風圧飛び、男を吹き飛ばした。
朝子が後ろを向くと、忠陽が居た。
「前を向いて、援護するから!」
「ひ弱な奴。まぁ、この前みたいに暴れられても困るけど」
周りの観客はヒートアップし、DJもその熱気を煽るような曲をかけ始めた。
「俺も混ぜろ!」
短ランに赤いシャツ、パーマを掛けた不良もドロップキックを敵にかまして、乱入してきた。
「誰?」
朝子は冷静に言った。
「友達!」
忠陽は周りに応戦しつつ、答える。
「あんた、友達選んだほうがいいんじゃない?」
「君よりは友好的だよ!」
「へっ、言ってくれるじゃない。SM女王!」
三人は九人を相手に盛大に暴れていた。観客は男達ではなく、忠陽を応援する声が大きかった。しかし、多勢に無勢ドンドン可動範囲狭めていた。
三人は壁に追い込まれたとき、耳障りなハウリングがクラブに響き渡る。
曲は止まり、辺りがシーンとなった空間でDJ卓に登り上がった男が温まった空気を冷ますような緩い口調で話し始めた。
「なんだよー、チョーだせぇーことやってんね」
金色のライオンの頭、一七〇もいかない身長と、か細い体は忠陽を囲んでいる男達と戦っても、誰もが勝てないと思える男だった。白いタンクトップはヨレヨレであったが、白のカラーパンツは綺麗なものだ。
水を差すなという声が次第に高まり、和音はホール内に木霊する。それをこのライオン頭はマイク越しのデスメタルのような叫び声でかき消した。
「ちょいちょい。盛り上がんのはいいけどー、おれっちも混ぜてちょんまげ」
可愛くいっているつもりだが、かなり滑っていた。
「おい、テメェ! 今良いところ何だよ。邪魔すんじゃねぇ!」
リーダー格の男は声を張り上げる。
「あー、こわいぃ。ぼくちん、ちびっちゃいそう」
「テメェ! 舐めてんのか!?」
「ペロペロリンは汚いでちゅよー、おじたまー」
大地はライオン頭を見て、あいつと呟いた。
「おこおこ、ぷんぷん? でもねぇ、オイラたちもおこおこなんだブーン」
観客を掻き分けて、
「お兄さんたち、昨日、俺のダチをボコってない?」
「知らねぇよ!」
「そっか、そっか。覚えてないか。うちのニャン太郎をさ」
「ニャン太郎? 誰だ、それ?」
「あ、アニキ! あの野良猫じゃないですか?」
「あのクソ猫か! それがどうした?」
「お前たち、やぁあっておしまいっ!」
ライオン頭は裏声で号令を掛けた。すると、岐湊高校の連中が屈強な男達に襲いかかる。岐湊高校の連中は屈強な男達より倍の数居た。辺りは乱戦となり、ごった返し始めた。
「ずらかるぞ!」
大地は忠陽にそう言い、走り出した。忠陽は頷き、朝子の手首を掴み走り出した。
大地がホールを出ようとすると、ライオン頭が待っていた。
「おかげでいいパフォーマンスできたよ、おしゃるしゃん」
「そうかよ、またな!」
「バイなら!」
その後を忠陽たちが続いた。
「あっ、おしゃるしゃん! 今度、その子達紹介してちょっ!」
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