第六話 天谷の闇 其の十四

 学校の朝礼で、伏見が一週間の長期休暇を取ると担任から聞かされた。また、課外活動の短期的な活動停止を告げられ、自宅に真っ直ぐ帰るようにと指導された。生徒の大半不満の声を上げたが、担任はそれを無視する形で朝礼を早々と終えた。


 忠陽は何かが起こっていることに勘づいた。人攫いの件で何か失敗をしたのかと頭によぎったが、確信を持てなかった。


 その日の放課後に、忠陽と鞘夏は由美子から校舎裏に呼び出された。


「あの男、いいざまね。謹慎みたいよ」


 由美子は冷酷な笑みでそう言い放つ。


「あの男って、伏見先生のこと?」


「それ以外誰がいるのよ!」


 由美子の気の強さに忠陽は圧されていた。


真堂しんどうさん、良かったわね」


「はあ……」


 鞘夏は戸惑っていた。忠陽はその様子を見て、一つの疑念が浮かぶ。


「もしかして、伏見先生の休暇って、神宮さんが仕組んだってこと?」


「ち、違うわよ!」


「まさか、そのようなことを……」


「あれ?真堂さん!? 例え、敵だとしてもそんなことは……」


「神宮さん? どうして口籠もるの?」


「ちょっとね……」


 忠陽はやりかねないのかと思ってしまった。


「それは置いといて、あいつが謹慎になった理由、何か知ってる?」


「僕は知らないけど、昨日、理事長に呼ばれてたよ」


「へぇー。理事長ね……」


 由美子は考え込んだ。


「理事長と何か関係あるの?」


「分からないわ。でも、ここの理事長って、社交界でも顔が利くのよ。それに色々グレーな噂もあるし……」


「グレーな噂? 例えば?」


「呪術調整素体実験」


「呪術……ちょうせい…」


「呪術調整素体実験です。陽様」


「それって、なんなの?」


「身体能力の向上、呪術の負荷に耐えられる人間を人工的に作り出し、人の領域から超えるための実験です」


「真堂さん、よく知ってるわね」


「私も、そのような噂を聞いたことがありまして……」


「でも、噂では生きた人間に実験しているって話があるの。……まさかと思うけど、伏見がその実験体を連れてきてる―」


「それはないよ!」


 忠陽は咄嗟に口に出していた。


「へー。何か知ってるのね」


「いや……伏見先生がそんなことをするわけないじゃない?」


 由美子が忠陽に冷たい視線を向けながらも、顔を近づける。間近で見ると、美麗であり、風に乗って運ばれる由美子の香りが忠陽の胸を高鳴らせる


「ふーん、そういうこと。それは真堂さんも怒るわけね」


「それって何か関係あるの?」


 由美子はジリジリと忠陽を追い詰める。


「さあ、吐きなさい……。そうすれば、痛いようにはしないから……」


 忠陽は危険を察し、逃げようとした。だが、由美子は逃がさなかった。忠陽の手をつかみ、関節技を決めた。その痛さから忠陽は悶絶した。


 鞘夏は主人の悲痛は叫びに呼応し、止めに入ろうとする。


「真堂さん、彼が伏見と何をやっていたか、知りたくないの!?」


 由美子の誘惑に鞘夏は足を止めてしまった。鞘夏は主人の顔を見る。苦痛な表情を浮かべ、逃げ惑う。


「…やめて、ください」


 鞘夏は小さな声で言った。もう一度鞘夏ははっきり聞こえるように言った。


「神宮さんのお気持ちは、有難いです。ですが、忠陽様を傷つけるのは、やめてください」


 鞘夏は自然と頭を下げていた。由美子は呆然と忠陽から手を離した。


 忠陽は未だに痛みに喘いでいた。それを鞘夏は優しく懐抱する。


「良かったわね、賀茂君。腕がへし折れなくて」


「それ、本気で言ってるの?」


 由美子の顔は涼やかな顔だったのを見て、忠陽は本気なのを確信した。


「あなたがあの男と何をしているかは知らないけど、気をつけなさい。でないと、腕が折れるだけじゃあ済まないわよ」


 由美子は鋭い目つきで忠陽に近づいた。忠陽はその真顔に体を凍りつかせた。

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