第六話 天谷の闇 其の十三
天谷市の夜は不気味なものを持っている。そう言ったのはこの都市を訪れた役人だった。夜の住宅街は閑静ではなく、静寂といってもいい。むしろのその静寂が不気味なのだ。人の声がなく、車さえ行き交いが少ない。まるで時間が止まっているような錯覚を覚えたと表現をしていた。
美優は天谷市の夜に恐怖していた一人だった。今は、この都市の夜に、なるべく外を出歩かないようして、共生していた。
昔、人攫いが横行していた頃、彼女はまだ中学生だった。部活が終わった後、親友と公園で楽しく話していた。いつしか日は落ち、夜になり、辺りは暗闇に包まれる。親友と家への分かれ道でまたねと挨拶をして、いつものように別れた。次の日から親友は学校に居なかった。
親友は何者かに攫われ、二度と戻って来なかったのだ。そこに居たはずの親友の存在は大きく、美優の心の中にはポッカリと穴が空いた。それからだ、その穴が美優に夜という時間を恐怖させていった。美優は夜に出歩けなくなった。
二年の歳月が経ち、美優の心の穴も少しずつ埋まり、夜という時間との共生ができるようになってきた。だが、克服できたわけではない。夜に家の外へと出ると、たまに気分が悪くなり、手の震えが止まらないときがある。
この日は部活帰りだった。翼志館高校の上下関係の厳しい部活動ではどうしても後輩が後片付けをし、帰りが遅くなってしまう。
辺りは夜闇に包まれ、不気味な時間が訪れていた。美優はいつものことだと心にそう言い聞かせ、足早に帰ろうとする。その足がいつもよりも重く、手が震え出した。
頭の中ではいつものことと反芻しても、体が反応してしまっていた。美優はその中でも疑問に思う。いつもはここまで重い症状にはならない。手が震えるのはいつ以来だっただろうかと考えてしまうぐらいに。
街灯も少ない道に差し掛かり、美優はつばを飲んだ。怖くない、怖くないと心の中で言い聞かせながら、夜を克服しようとする。
電灯の一つがチカチカと点灯しようとするも、切れてしまい暗闇になる。それを何度も繰り返しながら行う様を見て、美優は不安に思う。
その時だった。一瞬、チカチカと点滅を繰り返すときに人影が見えた。また、電灯が点滅をしたとき、その人影はいなかった。
美優の体全身に鳥肌が経ち、背中にうっすらと冷たい汗をかく。足はさらに重くなり、呼吸が早くなった。重たい足を引きずるように前へ進むと、後ろからねっとりとした気配を感じた。
「お前、翼志館の生徒だな?」
美優の呼吸はさらに早くなった。
「いい、喋らなくて」
男の声は冷たくそう言う。後ろから美優の頬にナイフを当てる。美優は当たったナイフは冷たく、背中の冷や汗が暖かく感じた。
「伏見という男は知っているか?」
美優は恐怖で動けなかった。
「死にたくなければ答えろ。はいなら頷け、知らないなら首を振れ」
美優の頭の中は混乱して、どうすればいいのかわからなかった。
「ささっとしろ」
冷たい言葉と同時に男は美優の口を塞ぎ、頬に一筋、熱い痛みが走った。痛みからとろりと赤い液体が流れる。それに気づいたとき美優は叫んだ。叫びは誰にも伝わらない。
「どっちだ?」
足に激痛入り、美優はもがき苦しむ。叫びは大きくなるも、周りには響かない。
「まぁ、どっちでもいい」
美優の口から手が離れると、同時に先ほどは反対に足に更なる激痛が走る。叫びは真っ黒な闇に輝く星のように光を放った。
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