第六話 天谷の闇 その十二

 次の日、学校へ行くと、いつものヘラヘラした男が職員室に居た。忠陽は職員室に入り、伏見の所へと向かった。


「どうしたんや? もう放課後の特別授業はないで?」


「ええ。分かってはいるんですけど、日課になってしまって……」


 忠陽は淡い期待を持っていた。彼らがまだここに居るのではないかと。


「悪いな、もうここを離れてもうた」


「そうですか……」


「そや、宮袋みやぶくろくんとの特訓はまだ止めとき」


「え? あっ、ハイ」


「僕にもまだ色々とあって、君たちを見きれんのや」


「分かりました」


 奥から校長が伏見を呼んでいた。伏見はため息を付いた。


「お耳が早いことで……。またな、忠陽くん」


 ぽんと忠陽の肩を叩き、伏見は立ち上がって、校長の元へと歩いた。校長と二、三口、言葉を交わした後、二人は外へと出ていった。


 その日の放課後に忠陽は大地に呼び出されていた。場所は金剛寺だった。


「いつになったら、訓練再開すんだよ? 暇で仕方ないぜ」


 開口一番の言葉がそれだった。


「大ちゃん!」


「わってるよ!」


 典子との呼吸は夫婦に近い。


 大地は恨めしそうに口を閉じた。


「ごめんね。今日、先生に聞いたんだけど、まだダメだって言われて……」


「あの先生、そんなに忙しいのか?」


「そうみたい……」


「そういやさ、また最近、学生失踪事件が起きてるみたいだぜ。もしかして、あの先生と関係してんのか?」


「それは知らないよ」


 大地は溜め息をついた。


「お前、嘘つくのが下手だな」


 忠陽は動揺してしまった。


「素直すぎんだよ…」


「あんたがひねくれ過ぎなんでしょ!」


 典子は大地の頭を叩いていた。大地は痛ぇと言いつつも怒ることはしなかった。


「ごめんね、賀茂くん。でも、学生失踪事件は警察官や学校の先生たちが見回りするようになって、少なくなったんだけどね」


「そういえば、そのときはおっちゃんも室戸のおっさんと出歩いてたな……」


「そうなんだ……。それって、いつぐらいの話?」


「三年前ぐらいかな……」


「僕はその時、ここには居ないや」


「お父さんに聞いた話だけど、結局、あの事件は犯人が捕まったみたいだけどね」


 大地は忠陽に詰め寄った。


「今回は、お前も何か手伝ったんだろ? 教えろよ」


「大地くんと同じだよ。手伝おうとして、先生に怒られた」


「なんだよ、それ。俺も一枚噛みたかったのに……」


 大地は忠陽から離れ、御堂続く階段へ腰掛けた。


「典子、炭酸!」


「はぁ!? 自分で買ってきてよ!」


「いいじゃん、おまえんちにあるだろう?」


「また、冷蔵庫覗いたでしょ!」


「ケチケチすんなよ。ほら、いけ」


 典子は文句を言いながら、離れの家に歩き出した。


 典子が家に入るのを見て、大地は忠陽に近づく。そして、無言で外を指す。忠陽はその意図を汲み、境内の外に出た。


 二人は当てもなく、ただ歩いていた。日も落ち始め、空も透き通る水色に茜色が押し寄せようとしていた。


「いいの? 大地くん」


「良いんだよ、いつものことだし。それに、あいつが居ると反対されるのは分かってるからな」


「反対?」


 大地は自販機の前に止まり、缶ジュースを二本購入した。一本は忠陽に投げて渡した。近くにあるガードレールの上に腰掛ける。忠陽も大地の隣に腰掛けた。


「いやーよ、俺だって分かってるつもりだぜ? だけどよ、狙われてんのは、俺たちだ。自分のことは自分で守んなきゃいけないだろ?」


 大地の言葉に忠陽は笑っていた。


「なに笑ってんだよ!」


「大地くんらしくないなって」


「はあ?俺らしくないって、なんだよ!」


「いつもなら、俺は強い奴と戦いたいって言うと思ったから」


 大地は頭をかき、息を吐いた。


「戦いたいだけだよ! 悪いか!!」


 忠陽は首を振った。


「でも、今ならその気持ちが少し分かるような気がする」


 大地はなごやかになり、忠陽の背中を叩いていた。忠陽は痛みに驚き、むせかえっていた。


「そうか、そうか!分かるか!」


 笑みを浮かべる大地を忠陽は睨んでいた。大地は悪ぃと謝った。


「ならよ、俺たちで犯人を捕まえようぜ?」


「もう無理だよ。犯人は捕まってる……と思う」


「あの先生が関係してんのか」


 忠陽は頷いた。


「あの先生、何者なんだ…。お前、知ってんの?」


「ううん。僕もよく知らないんだ」


「それで、よく教えてもらってんな」


「根はいい人だから」

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