第六話 天谷の闇 その一

 一


 暗闇の中、一筋の閃光が見えた。閃光は一人の男を貫く。


 男が倒れるのを見て、他の二人が散る。


 二人が狙っているのは白髪混じりの片腕の男、伏見だった。


 伏見の表情は普段、生徒たちに見せる顔ではなかった。冷酷な鋭い目つきは相手を貫くかのようだ。


 一人の男が水の槍を放とうとする。伏見は避けるわけでもなく、指を男に向けた。その瞬間、光が放たれるとともに雷鳴が走る。


 男は真っ直ぐに走った雷を受け、失神した。


 もう一人の男は仲間が作った時間で、伏見の背後を取った。


 風を使った呪術を放とうした瞬間、男は黒い影に手を捕まえれ、手を仰ぎ見た。その後、すっと意識を失った。


 黒一色の服装は闇に溶け込んでいる。伏見は片目であかつき神無かんなを見ると、そう思った。その溶け込みが同化といってよいほどに洗練された技術だ。


「これで終わりかしら?」


 神無かんなの側でふと沸いたように金髪の女魔導師が現れた。見た目はこの三人の中で誰よりも若く、幼さく見える。だが、金色の髪に翠色の目には妖艶なものを感じ、気を抜けば心が囚われるようであった。


「今日の所は挨拶程度です」


「そうなの? ささっと終わらせて欲しいのだけど……」


「すみません。僕にも相手の規模がよう掴めてないんです」


 伏見はへこへこと謝っていた。


「この街、気持ち悪いわ。潮風でベタベタするし、領域は安定しているのに、マナに不純物を感じる」


「さすがわ、陛下」


 女は伏見を睨む。


「それ、やめてくれない?」


「すみません。エリザ様」


 伏見はエリザに圧倒されていた。


 神無かんなはセントラルビルを見ていた。この天谷市のシンボルでもあり、都市の中心に建てられたビルだ。中層までは二つのビルに見え、高層階になると二つのビルが一つになっていた。


「坊や、どうかしたの?」


 神無かんなは無言のままだった。


「そうね。あそこは魔術的何かを感じるわ」


 エリザは神無の顔を見て、そう答えた。伏見も付き合いは長いほうだが、神無がそう言っていたのか分からない。


「事始まりの中心は、あそこで間違えないのは確かなんですけどね。あのセントラルビルはこの天谷市の楔でもあるんです。迂闊に手を出せば、この都市を崩壊させるかもしれません」


「人質というわけね」


「これだけの事を平然としていても、奴らの目的が何なのか分かりません。人攫いをしたり、学生にドラックを売りつけたりとチンピラ紛いなこともしよるんです」


「本当の目的は、人の領域を超越ちょうえつすることよ」


「ははは、そんな馬鹿な」


「あら? 坊やからは呪術の才能も勘所も良いと聞いていたのだけれども」


「ご冗談を。僕なんかエリザ様達に比べれば月とすっぽんですよ」


「そうね。あんな雑魚相手に後ろを取られるのだから」


 伏見は感情を笑みで隠した。しかし、それすらエリザには見透かされていた。


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 忠陽は放課後に、いつものメンバーと模擬演習を校庭で行っていた。


 いつものメンバーとは忠陽、鞘夏、大地ことである。そこに今日は由美子も参加していた。


 校庭では、忠陽と大地が由美子と戦っている。


 このような状況になったのは、大地が由美子の自尊心を上手く焚きつけ、戦うように仕向けたからだ。


 風の乱流が鞘夏の綺麗な髪を靡かせる。凜とした佇まいは由美子とは違うみやびさを感じる。


「調子はどうや?」


 気配もせず、背後に現れた伏見に鞘夏は微動だにしなかった。伏見の問いにも答えはしなかった。


「忠陽くん、ええ感じになってきたなぁ」


 鞘夏の中では、伏見という男は信用していなかった。だから、答えることはない。


「鞘夏くん。前の話やけど、僕に君たちのこと教えてくれへんか?」


「…お答えしかねます」


「そうか。まぁ、僕はいつでもかまへんけどな。前にも言うたけど、君たちは、二人で一つ呪いになってると思うねん。忠陽くんは君たちのために呪いを解こうとしてる。きっと、君にも協力して貰わないとあかんと思うけどな」


「忠陽様を傷つけ、今も忠陽様を盾した言い方をする貴方を、私は信用しません」


「はは、ぐうの音も出えへん」


 忠陽達は演習を終えて、鞘夏の元へ歩いていた。


「なんだ、グラサン先生じゃん」


「そのグラサンっていうのは辞めてくれへんか。なんかカッチョワルイわ」


「へへへ。そうかな? 俺はカッコいいと思うけどな。なぁ、ボン」


「僕は、グラサンはちょっと…」


「グラサンって、いつの時代の言い方よ。これだから、不良は……」


 由美子のボヤキに、大地はうるせえと返した。


「忠陽くん、呪力を上手く練れるように成ってきたなぁ」


 由美子は素直に褒める伏見を意外だと思った。


「先生のおかげです」


「これなら来年は呪術戦で姫に勝てるな」


「はぁ? あなたふざけてるの? 私が負けるわけないじゃない!」


 由美子の反応に忠陽も大地も笑っていた。


「そや、君たちに言うことがあったんや」


 四人は伏見に体を向けた。


「最近、物騒な事が多くなっとる。色々と事件に巻き込まれたら、僕の監督責任にもなるから、今日から速う帰りや」


「グラサン先生、何言ってんすか? 俺らに手出す奴は返り討ちにしてやるよ」


「大人の世界にはいろいろあるや。君子危うきに近寄らずや」


「はい。気をつけます」


「夜は必ず独りで歩かない。戸締まりはきちんとせなあかんで」


「わあったよ。俺たちはそこまでガキじゃねぇ」


「ほな、気いつけや。それと忠陽くん、一週間位は顔出せへんから修行の続きは、また今度な」


「…はい。先生、何かあったんですか?」


「期末試験の問題を作らなあかんねん。僕はこう見えても忙しいやで」


 伏見はクタクタと笑いながら去って行った。


「あいつ、何か隠してるわね」


「お前もそう思うか?」


 由美子と大地の言葉に、忠陽は戸惑った。


「あいつが、私たちの身の心配をするなんて、結構危ないかもしれないわね」


「でも、先生が負けるだなんて……」


「ま、忠告は素直に聞いた方が――!」


 由美子は視線を感じ、校舎の屋上を見たが誰も居なかった。


「どうした?」


 大地の問いにも答えず、屋上を凝視していた。


「ううん。何でもないわ」


 由美子は屋上を見るのを止め、忠陽達とともに校舎に入っていった。


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 屋上では暁神無かんなが三人の黒服に囲まれていた。黒服は神宮じんぐう家の護衛である。


「止めよ。この方に手を出すではない」


 老齢で執事服を着た男が突然現れた。


おきな。この者をご存じなのですか?」


 おきなと呼ばれた老齢で執事服を着た男は、神宮じんぐう家に長年使えた従者である。由美子の祖父の代から献身的に仕え、現当主からも厚い信頼を得ている。普段から、気難しい顔しかしないこの男が、由美子以外に優しい顔を見せることに周りは驚いていた。


「顔つきが、御母上に似てきましたなぁ」


 神無は何も返答しない。


「無口なのはあの男にそっくりですがな」


 翁は憎らしさがあるように言った。


「姫様に、会っては頂けないのですか? 貴方に会えば、姫様もお喜びなる」


 神無は翁の目を見ていた。


「姫様には、貴方は死んだと、お伝えしております。その時のお嘆きは、見るに耐えかねるものでした。未だにその嘆きは消えておりません。もう、真実をお伝えしても良いのでは?」


「暁一族は滅んだ。それが真実だ」


 神無は冷たい言葉を発し、一瞬にして姿を消した。


 龍脈よる瞬間移動であると誰もが気づく。周りの護衛らはその技が息をするかのように行われたことに驚いた。


「行ってしまわれたか。私の話を聞いて頂けないのは、御母上にそっくりだ」


 枯れた声には悲哀が満ちていた。

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