第五話 理由なき反抗 その九
その後、伴は救急車で皇国軍付属病院に運ばれ、一命を取り留めた。その代わりに伴は二度と呪力を使えない体になった。マジックブーストの過度な服用による呪力暴走により、体が呪術を行使する力には耐えられない体となってしまっていたのだ。
伴は一ヶ月病院で療養した後、身柄を呪捜局に渡され、薬物販売の実行犯と、重要参考人として勾留の身となった。
病院では、ずっと面会謝絶状態であり、大地が戦いの後に会ったのは留置場のガラス越しだった。
ガラス越し見える伴にはさらに窶れて見えた。大地は対面して平常を装った。
「よう。元気か?」
伴は俯いたまま答えなかった。
「お前に薬物を売っていた井上、港で、死体として見つかったらしい」
伴は鼻で笑っていた。
「お前、わざとこんな事したんじゃないのか?」
伴はやはり答えなかった。大地は俯き、その場で一時、沈黙を保つ。顔をあげると、また来るよと言い、席を立ち、部屋から出ていた。
その後も伴は部屋に残されていた。その異変に気づき、辺りを見回す。看守はまだ座ったままだった。次に入ってきたのは伏見だった。
あの不敵な笑みで、対面し、差し入れを持ってきたとどら焼きを置いていた。
「あんたの差し金だったのか……」
「せやで。にしても、幼馴染みにあないな態度は良くないやろ」
伴はそっぽを向いた。
「体の調子はどうや? もう一度手術があるんやろ?」
「実験にはちょうどいいですもんね。医者が言ってましたよ」
「あのやぶ医者が……」
伏見の顔が歪むのを伴は初めて見た。
「あなたでも、そんな顔をするんですね。あの医者には感謝しないと」
「まあ、実力は世界一なんやけど、頭のネジがぶっ飛びすぎてんねん」
「俺の体をいじくり回すのが楽しいって、面と向かって言うぐらいですから」
伏見は愛想笑いをした。
「どうして俺を助けたんですか?」
「あの時にも言うたやろ。君を簡単には殺さへん。苦しんで生きて貰うために呪いを与えてやるって」
「それは方便でしょ?」
「なに言うとねん。周りの大人の目を見い、死んだ魚の目しとるやん」
「あんたの目はそうじゃなさそうだけど」
「僕は噓が得意なんや」
「なら、さっきの言葉はやっぱり噓なんですね」
「噓やない。君はこれから、犯罪者としての札が貼られる。それを覆すことは、容易なことやない。一生を掛けてもその罪が付きまとう。あの時、死んだ方が良かったと思うときが来るはずや」
「今、そう思ってますよ」
「やけど、死んだらそこで終わりや。その後は何もない。僕は、君にはそういう風に死んでもらいたくなくてな。仮にも君は、この呪術研究都市の悪癖と戦ってたんや。最後まで戦って欲しいな」
「モノは言いようですね。僕は戦ってたんじゃなくて、逃げてたんですよ。自分の力に……」
伏見はサングラスを取る。その左目は義眼だった。
「なんですか。噂では聞いていますが、貴方は元軍人で、その目は戦ったときの勲章なんでしょう?」
「違うな。これは友を見捨てて、自分だけが生き残った僕への罪の証や」
伴は右腕を見た。もう一度伏見を見返す。
「あんたは、死にたくなかったのか?」
「もう忘れてしまった」
伏見は不敵な笑みを浮かべる。そして、サングラスを掛けた。
「それに、今は君らみたいなやんちゃな奴が多すぎて、そんな暇はない」
「そりゃ大変だ」
伏見は間を開けて、また話し出す。
「学校での君の処遇、転校や」
「退学じゃないのか……」
「今回の一件は、呪術研究統括部としても、穏便に済ませたいみたいらしくてな。たぶん有耶無耶になる」
「なんだよ、それ。大人は汚いやり方をする」
「そうや、汚いやり方や。呪捜局の所長も頭を悩ませてたわ。まぁ、君のおかげで、薬物販売の実行犯はかなり捕まえたからええやろう。それも、君が身を挺して行ったおとり捜査やし、呪捜局としても穏便にしたいだろうなー」
伏見は外に聞こえるように大きな声を出した。そこで伴は気づいた。
「この嘘つき野郎」
「そうや、僕は嘘つきや。気いつけや」
伴は溜め息をつき、天井見上げる。
「せや。もし、困ったことがあったら学校にでもいいから電話しいや。相談料は高いけど」
「あんた、本当に教師なのか?」
伏見を見て、伴は笑った。
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数週間後、放課後に大地は一人で
その金髪に短ランとボンタン姿は、気品ある校舎には似つかわしくなく、誰からの目を引いた。そんな視線に恥ずかしさを感じながらも大地は職員室へと赴く。
職員室へ行く前に、眼鏡を掛けた気品のある綺麗な老女に呼び止められた。
「あなた、他校の生徒ですね? 本校にどのような要件ですか?」
大地は頭を搔きながら、恥ずかしそうにしていた。
「あ、あの……伏見、先生にお礼が言いたくて……。洸太、いや伴君の件で……」
老女はその姿を優しく受け入れてくれた。
「そう、あなたが宮袋君ね」
「ど、どうして俺の名前知ってるんだ?」
老女は綺麗に笑った。
「伏見先生からお聞きしていますから。ツッパリの、やけに生きの良い男子生徒のおかげで、伴君を助けられたって」
大地は顔を赤くした。
「伏見先生なら、賀茂君と真堂さんと校庭にいらっしゃると思うわ。行ってみてちょうだい」
大地は深々と頭を下げて、校庭へ向かった。
校庭には老女が言うように三人がいた。先に気づいたのは伏見の方だった。
「他校の生徒がよう入れたな」
「度胸があればなんとかなるんだよ」
「で、何用や?」
「あの、その……」
大地は口をマゴマゴとしていた。
「昨日、やっと洸太と話すことができたっす。洸太の件……ありがとうございました」
大地は伏見に頭を下げていた。
「別に礼を言われるほどのことはしてない」
大地は頭を上げなかった。
「なんのつもりや?」
「もう一つ頼みがある」
「なんや? 伴くんのことはもうなにもできへんで」
「俺は強くなりたい。だから、鍛えてくれ!」
「僕の専門は真言やない。鍛えて貰うんなら、法師に鍛えて貰い」
大地は頭を上げて、頭を搔いた。
「あのクソ坊主じゃダメなんだ。言っていることがよく分かんねえ」
伏見は力が抜けた。
「だってよ、仏の御業がどうとか言われてもよ、見えないんだから分かんねえよ」
「いや、君、それ、根本的な所から教えてもろうた方がええで」
「それよか、こう呪力の力と力で戦うみたいな? そういう戦いの方が俺には分かり易くてよ」
「いやいや、君、僕の得意技は、噓とはったりやで」
「そんなことねえよ。洸太も、井上をヤッたのはあんただって言ってるし―」
「あのガキは……」
「それに洸太は、あんたがこの島で一番の呪術師だって言ってた」
大地の目の輝きを見た伏見は、伴に甘すぎたかと考えた。
「さっきも言うだけど、僕の専門は噓とはったりや。君の真言による力とは全く違う。だから、僕のもとで君が強くなるかどうか分からへん。でも、忠陽くんの相手には、丁度君みたいな奴が欲しかったんや」
「お、まじか! やったぜ!」
「きみきみ、まだ話の途中や。僕に教えられるのは戦い方かもしれへんけど、それでもええか?」
「ああ、それでも構わない」
伏見は溜め息をついた。
「なら、忠陽くんたちと同じ鍛練をしてき」
大地は大声でボンと呼び、忠陽に蹴りをかました。それによって忠陽は吹っ飛び、鞘夏と大地との険悪ムードを引き起こす。
それを伏見は微笑ましく見ていた。
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