第五話 理由なき反抗 その八

 六


 大地は中央街で玉嗣おうじの車から下ろされた。そこから中央西公園へと歩く。


 電話で話した際、とものが会う場所として指定した場所が、中央西公園だった。


 大地は、その時、率直に薬売りであることを知っていると告げた。電話口でのとものの表情は見えないが、大地はその表情が想像できた。だから、とものは素直に応じてくれた。


 夜中の公園には人気ひとけがなかった。そこにぽつんと、一人、とものが待っていた。


「よう、逃げなかったんだな」


 とものはその嫌みを笑った。


「当たり前だろ? 親友の頼みだし」


「そうかよ……」


「で、今更なんだよ? 呪捜局にでも出頭しろと言うのか?」


「いや、ちょっと違うな。俺と戦え」


「お前は昔からそうだよな……」


「俺に負けたらケジメをつけて、出頭しろ。お前が勝ったら好きにすればいい。エーメンの奴らもお前だけは見逃してくれる」


「へー。玉嗣おうじがそう言ったんだ……。くだらないな」


「くだらない?」


「そうさ。彼がやってることはただのチンピラさ。いや、むしろ悪党だ。そんな奴らに許しは乞わないよ」


「てめえ、そこまで落ちぶれたのかよ!」


 大地は拳を力が入り、震わせてしまった。


「お前がやってることの方が悪党だろ。薬物で人に幻想を見せ、廃人にしていく。アイツらはな、お前とは違う! 人を守るためにやってんだ!」


「人を守るためにならなんだってしていいのか? 警察や、呪捜局の連中以外に僕らを取り締まる権利はない。彼らがやっていることは純粋な暴力さ」


「てめえがやっていることの方が人間として恥ずかしくねぇのか!」


「ないね」


 大地は一瞬怯んだ。伴の顔は真剣そのものだったからだ。


「ないよ。僕はむしろ救ったと思ってる」


「ふざけんじゃねえ! 人を廃人にして、救っただと!?」


「そうさ。救ったんだ。大地、お前には分からないよ。自分が強いと思っていたのに、それがただの思い上がりだったときの虚しさが……。所詮、僕は井の中の蛙だ。でも、あの薬は僕らを助けてくれた。マジックブーストは僕らの魔力を底上げしてくれる。成りたい自分に成れるんだ。お前にだって負けやしない。あの薬を使う人間はその劣等感から解放されたんだ。それのどこが悪い? 自ら進んで廃人になることを選んだのさ」


「そんなもん悪いに決まってる。強くなりたいなら強くなるために壁を越えなきゃいけねぇんだ」


 大地の周りに火が立つ。


「だから、お前には分からないんだよ」


 伴の周りに氷結した矢が現れた。大地はそれを見て、マジックブーストの効力を知る。


「ああ。わかんねぇよ。だけどな、俺には俺のケリのつけ方があるんでな!」


 銃声が鳴る。大地の足下に離れた銃弾は跳ねて、どこかに飛んでいった。


「水を差さないでくださいよ、井上さん」


 突如として木の陰から出てきた井上をとものは睨む。井上の後にその仲間たちが二十人ほど出てきた。


「てめえもそろそろ潮時だと思ってな。友達と一緒に始末してやるよ」


 井上の笑い声と共にその一派が笑う。


「そうですか。その判断、遅すぎですよ。アンタのボスの方がよっぽど頭が良いですね。アンタも殺されないように逃げたらどうですか?」


 井上は頭の温度が沸いたのか、怒声を張り上げた。


「アンタに言い忘れたけど、この島には、この島のルールがあるんですよ。それは警察や呪捜局が決めたことじゃない。俺たち学生が、決めたルールなんですけどね」


 大地の後ろから、岐湊高校の連中がぞろぞろと出てきた。その先頭には、夜にも輝く金色のライオン頭。


 玉嗣の後に続くガタイの良い二人が、BGMのように音楽を口で奏でていた。


「いつの世も悪は絶えない。学生の中で、エーメンという特別集団を設立した男がいた。凶悪な大人の群れを容赦なく叩きのめすためである。独自の機動性を与えられた、そのエーメンのプリンスこそが星玉嗣。人呼んで星のプリンスである」


 玉嗣は決めポーズを取った。


「なんだ、てめえらは!?」


 玉嗣は井上を無視して、大地に近づき、肩に手を乗せる。そうして、とものを挑発するような顔をした。


「バンちゃん、なんだ分かってんじゃ~ん。でも、君の相手はこの島の炎魔えんまちゃんだから、今日は手出さないけど~」


 伴は鼻で笑う。


「この野郎、無視すんじゃね!」


「あのさ、外野は黙っててくれる? これは漢同士の戦いなんだから」


 金髪のライオン頭の獲物を見る目で、井上は怯んだ。


「つぅーかさぁ、あんたら雑魚を捕まえても何の意味ないんだよね」


「て、てめえ!」


「ねぇ、ささっと、ヘッドの居場所を教えてよ」


「や、野郎ども掛かりやがれ!」


「あのさ、チンピラ風情の能なしに、この島の学生が負けると思ってるの? お前ら、声を上げろ!」


 その瞬間、公園の周りで威嚇するような声が猛々しく上がる。張り上げた鬨の声は乱れはなく、重なった声と声が互いを増幅させていた。そして、声は中央街を通り越し、島の全体へと響き渡る。


 金髪のライオン頭は声に合わせて踊り出していた。


 井上たちはその光景に萎縮してしまった。ガキと侮った者たちのこの一糸乱れぬ有り様、気迫だけで相手の力量を計れたからだ。


 玉嗣が腕を上げ、開いた手を閉じると、威嚇の声は止んだ。玉嗣は指揮棒振るように再度手を上げると、エーメンたちは歌い出す。それは凱歌がいかのようだった。


 我らはエーメン。我が同胞を仇なす敵を撃て。

 その拳は敵の血を浴びて。その手で仲間の手を取るために。

 凶悪な大人どもの声に耳をかすな。我が友の声はハープの音色と思え。

 心を安らげる同士達よ。今、ときの声を上げて、凱歌がいかを謳わん。

 エーメン、エーメン、エーメン。

 アーーメン。


 エーメンが歌い終わると、玉嗣はその余韻に浸っていた。


「お前たち! やぁぁぁぁって、おしまい!」


 エーメンたちは雄叫びを上げて、井上たちに突撃した。辺りは乱戦模様となった。


 その中で大地と伴は走り出す。お互いに距離を取りつつ、相手の間合いに入らないようにしていた。


 初めに仕掛けたのは大地だった。大地は足に炎を纏いながら、蹴りを繰り出す。それは冷静に伴にかわされ、空を切る。


 伴は氷の矢を放つも、大地は炎を自分の周りに発生させ、溶かした。


 伴の頬の筋肉はあがり、歯を覗かせる。大地も同じだった。


 大地は手に炎を出し、伴に目がけて薙ぎ払った。伴も同じ量の水刃を放つ。両者はぶつかり合い、白い霧が発生させながら消えた。


 その霧の中から大地は走り出てきた。咄嗟のことに、伴は呪術で応戦できず、大地の近接戦に後手を取る。


 大地の大きく振りかぶった一撃を顔面にもらい、伴は地面に倒れ込んだ。


「立て!」


 大地の呼びかけに、伴はゆっくりと足を震わせながら立ち上がる。立ち上がったと同時に、呪術で、水を自身に纏わせるように円形に発生させる。水は立ち上がり、鋭い槍となって、大地を襲う。


 大地は水の槍から逃げるように走り出す。それを追いかけるように伴も走り出した。


 二人は乱戦の中を抜け出し、人気ひとけのない広い場所とたどり着き、そこで大地は足を止める。お互いに肩を上下に揺らしながら、睨み合う。


「追いかけっこは、終わりか?」


 息を切らしながら、伴は言った。


「ああ、そうだな!」


 大地はこれまで以上に炎を立ち上がらせる。炎はビルの四階以上に立ち上がり、自身から数メートルの地面を焦がした。


「大地、それだよ。僕が欲しかったモノは!」


 伴も負けじと大量の水を生成した。これはマジックブーストの、術者のリミッターを外し、無理矢理に呪力量を上げる効果だけではなかった。この国の呪術者でも一瞬で大量の水を生成するのは至難の業であり、純粋な呪力量があるかといってそう易々できるものではない。伴の生来的に持った器用さとマジックブーストのおかげである。


 しかし、伴にとって通常の使える呪力量はとうに超えることを意味し、脳と体はその負荷に耐えられず、伴の業は自らの命を縮める行為であった。


 たが、二人にはそんなことは関係なかった。純粋に相手を負かしたい。その思いが、お互いに力勝負を選択した。


 離れた火と水はぶつかり合い、霧散していく。それでも、お互いに攻撃をやめなかった。意地の張り合いは互いの精神と体を削っていった。


 元来、水は火に強い。これは五行相剋と呼ばれる思想の一つである。同程度の呪力で同程度の量であれば水は火を克ってしまう。


 その通りに大地の火は水に圧されつつあった。大地は地に踏ん張り、力を上げるも、水が徐々に火を浸食する。声を上げ、体にある全ての呪力を動員した。


 その時、伴はポケットから薬を取りだし、数錠を噛み砕き、飲み込んだ。この薬がこれほど広まった理由としてその利点にあった。その利点は速効性と、錠数に比例して呪力量が上がることだった。その薬を使用した事で伴の魔力は格段に上がった。


 伴の纏う呪力が可視化され禍々しい波動を放つ。伴はさらに水を大量に出す。


「大地ぃぃぃ!」


「洸太ぁぁぁ!」


 二人が互いの名前を呼び合うとき、互いの攻力撃は最大になった。


 水は火を飲み込み、大地ごと押し流し、その濁流に呑み込まれた。水が静まると、辺りは静けさを取り戻した。


 大地は息を切らし、天井を見上げる。そこには美しい夜空があった。


 伴は足を引きずり、大地に近づき、側で立ったまま見下ろした。


「はは、俺の勝ちだな……」


「ああ。俺の負けだ。もう立てやしない」


「あれから……また強く、なったんだな……」


 大地は鼻で笑った。


「でも、お前には負けた。そういや、俺はお前に、勝ったことがなかったけな」


「いいや、お前はもう、俺には勝ってるよ」


 伴は急に苦しみだした。体中の血管が浮き上がり、地面に倒れ込み、のたうち回る。


 大地は精一杯の力を振り絞り、上半身を起こす。


「おい! しっかりしろ!」


 大地は転がり回る伴を押さえつけた。


「どうなってるんだ……。洸太、しっかりしやがれ!」


 革靴が地面に着く音がする。その音は次第に近づいてきた。隻腕、白髪のサングラス、その不敵な笑みに大地はこの時ほどこの男に恐怖したことはない。


「なんや、もう末期やな」


「てめえ、なんでここに居やがる」


 この公園の周りはエーメンの奴らが誰も入らないように取り囲んでいる。部外者が入れるはずはない。


「取り囲んだ連中が中に入れてくれた。素直な、良い子らやったで」


 大地は伏見が噓をついていると分かった。エーメンの奴らは玉嗣か仲間の言うことしか聞かない。


「警察や、呪捜局も通してもろうたから、あっち側もそろそろ終わるやろう」


 伏見は伴の側に座り込んだ。


「君は彼を抑えとき、僕は彼に話しがあるんや」


 大地は黙ったまま伴の体を抑えた。


「さて、伴くん。僕の忠告、破ってしまったな。助かりたいか?」


 伴はうめき声を上げる中で「だれが」と口にする。


「洸太、てめえ! このまま勝ち逃げは許さねえぞ!」


「君は黙っとき。伴くん、君がその薬物を与えて、苦しんだ生徒と同じ痛みを君は味わっとる。苦しいか? 痛いか?」


 伴は大きな声を上げた。


「何してんだよ、あんた助けねぇのかよ!?」


「僕は君を助けるつもりはない。この前、その機会を断った。やから、君には呪いを与えようと思っている」


 大地は伏見を殴りかかろうとしたが、伴が大地の服の袖を掴み、静止する。


「……大地、いい……」


 伏見は不敵に笑う。


「簡単に死ねると思ってくれるな。その呪いを背負い、君の未来を代価に生きていき。世間の冷たい視線や、後ろ指を指されながら、今以上の苦しみや痛みに藻搔き、自分にできる事を探していくんや」


「あんた……」


 大地の口から言葉が漏れていた。


「君に、拒否権はない」


 伏見は簡易注射キットを取りだし、伴の首筋に刺した。それと同時に伴は咆哮にも似た声を上げ、体を痙攣起こす。伏見は大地に納まるまで体を押さえておくように指示した。


 伏見は立ち上がった。視線は奥の公園の方だった。奥の影から玉嗣を先頭にエーメンの連中がぞろぞろと歩いてきた。エーメンの連中の後ろには、館山を先頭に武装をした機動隊、呪捜局の連中がいた。


 玉嗣の服と顔、拳には血がべっとりと付いていた。それでも笑みを絶やさない。玉嗣は大地を見つけるとその場に近づき、しゃがみ込んだ。


「なんだ、終わってんじゃん。大ちゃん、どっちが勝ったの?」


「今は、それどころじゃねえ!」


「こっちはさ、井上って奴に逃げられるし、呪捜局の連中が間にはいってくるわでさ、最悪だよ。なに、プロレスやってんの? 手伝おうか?」


「違―よ!」


 玉嗣はあっそうと言いながら立ち上がり、伏見に近づく。


「また、あんたの仕業か。うちの仲間の心を弄んじゃって.……タダじゃ置かないぞー」


 笑み浮かべた玉嗣は血のりがついた拳を伏見の胸元につける。


「おい!」


 館山が怒鳴りつけた。


「ごめんチャイナ!」


 玉嗣は拳法のポーズを取った。ポーズを止めると、再び伏見の顔に自身の顔を近づけ、睨む。


「でも、今度は許さないから」


「そいつは大変やな。でも、君みたいな猿にはよう効くで」


 伏見はいつもの不敵な笑みだった。


 館山が玉嗣を無理矢理引き剥がし、放り投げる。


 地面に尻餅をつき、痛~いと甘えた言葉を発する玉嗣にエーメンの連中は集まり、いつでも戦えるように構えた。


 それに反応するかのように機動隊や呪捜局の連中も構えた。


「はいはい、やめやめ。さっきも言ったでしょ。あんな雑魚でお前らがパクられるのは、ダメ、ダメ、ダメ! いや、ダメよダメダメ? ダメ絶対領域!」


「お前ら、勘違いするな。今回は呪術統括部の依頼でお前たちを保護するためにやったんだ。その内、お前らみたいな学生は一掃する」


 呪捜局の捜査員がエーメンに吠えた。


「うわー、恐―い。これは脅迫だわ。PTA、PTA、PTA!」


 玉嗣のコールにエーメンの連中が呼応する。


 館山がエーメンの玉嗣の前に立つ。


「今日は速く帰れ。なんなら、このまま補導でも構わないぞ」


 玉嗣は館山を睨む。館山は涼しげな顔で受けていた。


「嫌な顔。俺が嫌いな大人の顔」


 そう呟き、玉嗣はエーメンに撤収を指示した。

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