第五話 理由なき反抗 その七

 大地はいつも自分の気持ちを整理するとき、何も考えたくないときは、金剛寺の御堂に居る。そこで横たわり、そこから見える景色を見て、物思いに耽る。その癖はこの寺の住人は分かっていた。だから、行儀の悪さには文句は言えど、追い出そうとはしない。


 御堂から見える景色は季節によって違う。最近、その移ろいが風流と呼ばれる者だろうと思い始めた。新緑の葉が澄み切った水色の空に溶け、揺れ動く様が水面に揺れる葉のように見える。それがなんとも心地よい。それから時間が経つに連れて、斜陽の空に変わる。空が水色から茜色に変わるこの時が大地にとって、一番心地よい。空も葉は茜色に燃ゆり、自らの心も浄化させる。どんな嫌なことがあっても、太陽が沈む輝きはそれを消し去ってくれた。


 でも、今日は違った。茜色の心に小さな黒いもやが残る。そのもやからうっすらと見える顔は幼馴染みの顔だ。


 その顔が見えたときに新しい友達の声が聞こえた。夕陽で顔に影が差していたが、ハッキリ見えなくてもその輪郭でここへ来た理由が想像できる。その後に続いて、この前のお嬢と松島の顔が見えたときに確信した。


 大地は御堂の縁側まで出た。


「なんだよ? ボン。そんな真面目な顔をして……」


「落ち着いて聞いて欲しいんだ」


 大地は顔を逸らして、空を見た。


「俺は落ち着いてるぜ。まずは、お前が落ち着け」


とものさんって大地くんの友達だよね?」


 大地は縁側から、境内に出て、忠陽と向き合う。


洸太こうたが岐湊の連中に薬売ってたんだろ?」


 忠陽は唖然とした。


「松島さん、約束……今回はなしでいいっすわ」


 松島は自分の色眼鏡の位置を戻すために触った。


「どういう意味だ?」


「その代わりに、コイツに手を出さないで欲しいんです」


 大地は松島に頭を垂れていた。


「……そいつは構わない。玉嗣おうじをどうする?」


 大地を頭を上げると、真面目な顔をしていた。


「俺が……ケリをつける」


 由美子が鼻で笑った。


「ケリをつける? どうやって?」


 大地は由美子の態度に苛立ちを覚える。


「てめえには関係ねぇだろ!」


「私も賀茂くんも、そいつのせいで、色々振り回されてるの。でもね、私達がどうこうできる話ではないわ」


「だったら、黙ってろよ」


「ここに居る誰もが彼を裁く権利はないの。どうして、あなたが裁くことができるの?」


「コイツは俺のダチだ……。幼馴染みで、昔から知ってる。ダチが困ったときに助けてやるのがダチじゃないのか? 道を外したらを殴ってでも止めるのが本当の親友だろう!」


「それを否定をしないわ。でも、犯罪に手を染めた時点で私達、未成年に、私人に、彼を裁ける理由はないの」


「うるせぇ! これは俺の戦いだ!」


 大地が由美子の胸ぐらを掴もうとしたとき、松島がその腕を掴んでいた。その力は強く、大地は痛みを感じていた。


 大地は腕を外そうと引き払うも、外れなかった。


「放せよ……」


 大地は松島を睨む。松島は涼しい顔をしていた。


「女の子に、暴力は良くない」


「こいつがそういう玉かよ」


「だとしてもだ。俺の前では特にな」


 二人の睨み合いが数秒間続いたが、大地が引き下がった。


「あんたはそういう女が好みなんだな」


「ああそうだ」


 由美子と忠陽は松島を凝視した。


「俺は、お前のやり方は間違っちゃいねえと思う」


「だったら、なんで邪魔すんだ」


「お前は、このお嬢さんの真っ当な意見に答えられてねえからだ」


「意味分かんなねぇよ」


「さっき、お前は自分の戦いたとかほざいたな。だったら、なんでここに居る?」


「気持ちの整理をしてたんだよ!」


「ビビってんだろう?」


 大地は頭の中が急激に沸騰し、松島の胸ぐらを掴もうとした瞬間、松島の拳が大地の頬を捉え、吹っ飛ばした。大地は受け身を取れず、地面に横たわった。


 そのあまりにも速い拳速に、忠陽と由美子は驚いた。


 松島は倒れている大地に歩いて近づき、見上げている大地の顔に、自身の顔を近づけた。


「ちっとあ、気合いが入ったか?」


 松島の呼びかけに大地は黙っていた。


「お前、自分の大切なものを失いたくねえから裁きたくねえと思ってたんだろ? だから、ここで悩んでた。違うか?」


 大地は松島の顔からそっぽを向いた


「だがよ、俺らには俺らの流儀がある。未成年? 関係ねえ。私人? 関係ねえ。呪捜局や警察どもが何を言おうとも、ここは俺たちのシマだ。俺たちの流儀がある」


 大地は松島の顔を再び見る。


「漢にはな、例え、大切なものを失ったとしても、けじめをつけなきゃいけねえことがあるんだよ。……それに、俺らには、あのお嬢さんとは違って、そういう時間がまだ許されている」


「ちょっと!」


 由美子が松島を静止しようとするが、逆に松島の手に止められた。松島は由美子に近づいた。


「お嬢さん、悪いな。俺は基本こっち側なんでな。今回は俺に貸しを作ると思って、許してくれないか?」


 頭を下げる松島に由美子は眉間に皺を寄せる。しかし、すぐに顔を背けた。


「別に私は私の立場で言っただけよ! あなた達のことなんて知らないわ! さっ、帰りましょう、賀茂君」


「ありがとう、お嬢さん」


 朗らかな笑顔を見せる松島に由美子は動揺し、境内から足早に出ていった。


「大地くん……」


「行けよ、ボン。もう大丈夫だよ」


 大地はふて腐れながらも答えた。忠陽はその答えに安心し、境内から出ようとしたときに、大地に呼び止められた。


「ボン、ありがとな」


「僕も君の友達だから」


 大地は人差し指で鼻の下を摩る。忠陽は由美子を追うように境内から出ていった。


「松島さん、ありがとうございます」


「ああ」


 松島はゆっくりと境内を出ていた。


 大地は携帯を取りだし、電話を掛ける。


「はい、もしも~し。あなたのラブリープリンセスだぞ~」


「気持ち悪ぃだよ」


「どうしたの、やけにスッキリしたじゃん。トイレで踏ん張った?」


「違―よ。松島さんに気合いを入れて貰った」


「ナルちゃんに? そりゃ痛そう~。で、どうすんの?」


「俺がケリをつける」


「オッケー。じゃあ、寺から出てきて、車で待ってるから」


「なんだよ、答えが分かってんじゃねえか。松島さんはお前の差し金か?」


「ナルちゃんがぼくちんの言うこときてくれると思う?」


「まあ、ねーわな」


「そういうことー。まあ、取りあえずは車で話そうよ」


 大地は電話を切ると境内から出ていった。

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