第五話 理由なき反抗 その五

 薬売りの生徒の噂は、たちまち翼志館よくしかんにも伝わった。生徒会は岐湊ぎそうとの関係悪化を懸念し、薬売りの生徒を探すことにした。


 昼休み、忠陽は機嫌の悪い由美子に連れられ、生徒会へおもむく。中に入ると、いつもとは違う緊迫した雰囲気だった。凹の字に机を並び組まれ、各委員長を含め、生徒会面々が勢揃いしていた。それだけ憂慮ゆうりょしていることが分かった。


 生徒会長は、忠陽と由美子を、全員から視線を浴びる真ん中に立つように指示した。


「君たちには、薬売りの生徒を探して――」


「お断りします」


 由美子は生徒会長の言葉を遮った。机に座る面々は凍り付いた。


「神宮さん、最後まで――」


「お断りしますと言っているのです」


 高圧的な物言いは、固まった生徒を熱くさせ始めた。


 生徒会長は溜め息をついた。


「まあ、まずは話を聞いてくれ」


「厄介ごとを頼むのでしょう? 私達は便利屋ではありません。ましてや、呪捜局の仕事を我々生徒がやる必要はないです」


 机を叩く音がした。叩いた男は、いかにも体育会系の男であり、由美子を睨み付けていた。


「なんだ、その物言いは!? 我々、生徒総会で決まった議決を断る権利などない!」


 生徒会長は体育会系の男をなだめようとした。


「学生がやることではないことをですか?」


 体育会系の男に対しての由美子の冷たい声と、凍てつく目に忠陽は背筋に鳥肌が立つ。


「そそ、それは総会で決まった議決は絶対だからだ。家柄が良いからといって、調子に乗るな!」


 由美子は鼻で笑った。


「家柄? もし、私が家の権力でものを言うのなら……」


 由美子は生徒会長を睨みつける。


「貴方方は、そこに座っていない」


 生徒会室にいた面々には、それが冗談ではないことを理解した。体育会系の男は撃沈した。


 由美子は咳払いをした。その咳の音で、全員の視線を集める。その中で生徒会長だけ口元が綻ぶ。


「さすがは神宮さん。一先ずは、我々の負けのようだ」


 由美子は怪訝けげんな顔をした。


 生徒会長は席を立ち上が利、近くの窓に行き、外の景色を見る。


「君たちに、薬売りの捜索をさせるのは、諦めよう。そこでだ。今日一日だけ、中央街の様子を見てきてほしい」


「どうしてですか?」


 生徒会長は振り返り、由美子を見た。


「今回の総会で、中央街の見回りは決定したのだが、今日は人を集めるのは無理だろう?」


 生徒会長は平然としていた。由美子はその顔を疑う。


「そう邪険にするのは止めてくれ。今日だけでいいんだ」


 生徒会長は再び外の景色を見る。


「忠陽君は、どうなの?」


 忠陽は、生徒会長を見る。その雰囲気がどことなく伏見に似ている。


「僕は構いません。神宮さんさえ良ければ……」


 由美子は男らしくないと忠陽にも聞こえないくらい呟いた。忠陽はその微かな音に反応をし、由美子を見るも平然としていた。


「タダでは行きません。それに、荒事になるようなら、それ相応のものを頂きます」


 生徒会長はこちらを向き、快く承諾した。


「会長!」


 副会長が立ち上がった。生徒会長はそれを手で止める。副会長は渋々座った。


「何がご所望かな? といっても、私が君に用意できるのは、次年度の生徒会長の席ぐらいだけど」


「気に入らないですね」


 生徒会長は由美子をじっと見つめる。


「どうして? 君には必要なはずだ」


「私は与えられるより勝ち取る方が好きなんです」


 忠陽はこの二人に見えない攻防が見えた。


「じゃあ、何がいいのかな?」


「そうですね。あなたの生徒会長の退任で、どうですか?」


 周囲が再び騒然とする中、生徒会長だけは笑みを崩していなかった。


「それはいい話だ。それで行こう」


 由美子はさすがに動揺する。


「どうしたんだ。君が望んだものだろう?」


 由美子は奥歯を強く噛んだ。


「では、放課後に中央街の見回りを頼むよ。それでは、これで総会を終了とする。生徒会のメンバーは残るように」


 椅子の音が鳴り響くなか、由美子は手を握しめ、そして生徒会室を後にする。その後を忠陽は追ったが、由美子は黙ったまま昼休み終了のチャイムが鳴る。


 放課後、忠陽と由美子は、生徒会長との約束通り中央街に来ていた。


 忠陽は由美子の顔を仕切に見ていた。由美子は生徒会室の一件などは気にしていないのか、平静な顔だった。


「なに? 私の顔に何か付いているの?」


「いや、そうじゃないよ……」


「だったら、何よ?」


「えっと……元気かなって……」


 由美子は忠陽をさげすむ目で見ていた。


「なにそれ、気持ち悪いんだけど」


 忠陽は意気消沈した。


 由美子は忠陽と別の方向の空を見て、何かを呟いた。


 忠陽は呟いたこと気づき、由美子を見る。


「何か言った?」


「言ってない!」


 二人は中央街のアーケードに来ていた。夕方もあって人が集まりだしていた。ただ、異様に岐湊ぎそう高校の制服を着た男子生徒が多い。そして、岐湊高校の面々は忠陽達を睨んでいた。


「神宮さん」


「分かってるわ。平然を装いなさい。そうすれば、手を出してこないわ」


 忠陽たちの進行方向を、小粋なヒップホップのリズムを鳴らしながら、三人の不良学生が現れた。彼らはリズムに乗せ、三人で円陣を作りながら、そこを回り始めた。一松がリズムに乗りながら歌い始めた。


「ヨウ、ヨウ。俺たち岐湊の一松、二松、三松、三連松。俺たち極悪非道、お前らの刺客の薬売りを待つ」


 一松は円陣を回り始め、次に二松が歌い始める。


「お前ら、翼志館! 卑怯な手口で、俺たちを弱体化。良薬口に苦し、ではなくて、毒薬口に甘し」


 二松も円陣を回り、次に三松が歌い始める。


「貴様らが怒らせたエーメン! マジでヤバくてアーメン! 奴らは俺らの中でギャング、それ喧嘩を売るなんて、それってなんのギャグ?」


 再び一松が歌い始める。


「俺たち闘う理由は、仲間がやられた、それだけで充分! 貴様ら、倒して、反撃の印を挙げて、今呼び起こせ、正義の印!」


 三人は一列になり、各々ポーズを取る。


 忠陽たちは唖然とみていた。


「よう、ブラザー、反撃は狼煙じゃないか?」


 二松がいう。


「よう、ブラザー、最後は印だから反撃の印でいいんだよ」


 三松がいう。


「ブラザーたち、ラップっていうのはな、格好よければなんでもいいんだよ!」


 そう言って、一松は忠陽たちに飛びかかる。二松、三松も続けて襲い掛かる。


 由美子は冷静に手をかざし、広域に風圧を放った。三本松は数メートル先に吹き飛んだ。


「神宮さん……」


「ごめん。なんかよく分かんなくて、苛ついて、つい……」


 由美子と忠陽は、辺りの岐湊高校の生徒たちの視線を集めてしまった。岐湊高校の生徒は、徐々に距離を詰めるような動きをしていた。


「やめろ」


 その声で岐湊高校の生徒は動きを止めた。三連松が倒れている奥から短ラン、ボンタンのオールバック、青い色眼鏡をした高身長の男、松島が現れた。


 忠陽はその姿を見て、いかにも不良のボスであり、どこか近寄りがたいものを感じた。それが忠陽たちを自然と構えさせていた。


 岐湊高校の一人が松島の隙を見て、忠陽たちに走り出そうとする。それに気づいた松島はその生徒を睨みつける。生徒は動きを止め、松島はその生徒に詰め寄った。生徒は苦笑いをして、その場から逃げ去った。


 松島は倒れている三連松に近寄り、一人一人蹴った。


「いつまでも倒れてんじゃねぇ。通行の邪魔だ」


 痛みで苦しむどころか、気付け薬のように三連松は起き上がる。大きな声で、声を揃えてアニキと叫んだ。


 忠陽はその言葉に引きりながら笑った。


「悪いな。岐湊高校の連中は気が立ってるんだ」


 由美子は松島を警戒していた。独特な雰囲気をかもし出すこの男は、大地のような無邪気さはなく、冷徹さを兼ね備えた存在だった。


「そう、身構えんな。闘うんならとっくにヤッてる」


「じゃあ、何のために?」


 由美子は相手を威嚇するように問うた。


「エーメンの奴らは仲間がやられると、血に登る奴らが多くてな……どうも手が早い。俺はお宅らの言い分を聞いておかないと、筋を通せねえと思ってな」


「古風なのね。嫌いじゃないわ」


 言葉と裏腹に由美子は警戒心を解いていなかった。その姿に松島の口が緩む。


「理由も分からずだと嫌だろ? で、今回の件はどうなんだ。薬を売っているのはお宅らの差し金か?」


「そいつらがやったに決まってる!」


 それまで、黙っていた岐湊高校の男子生徒が声を張り上げた。松島はゆっくりとその男を睨みつける。


「だまれ。俺が聞いてるのは、そこのお嬢さんだ」


 睨みつけるときに今までにない気迫が、一瞬にして、忠陽達の背中に、鋭く刺さる。睨まれた男はその場でへたり込んだが、忠陽も直に睨まれたらどうなっていたかと唾をのむ。


 松島は由美子の方へ向き直したときはその気迫は消していた。


「邪魔が入って悪いな。で、どうなんだ?」


 由美子はその気迫に負けじと答えた。


「翼志館が意図的にそういう事をした事実はないわ。生徒会は、私達に犯人探しを依頼してきたし」


「そうか。だが、生徒会の自作自演という可能性はあるな」


「その可能性はあるかもね」


 忠陽は咄嗟に神宮さんと言っていた。


「なによ。あの生徒会長ならやりかねないわ」


「でも……」


「平気な顔して、会長の座を簡単に手放す奴よ。裏で何をやってるか分からないでしょ!?」


 松島は大声で笑っていた。


「すまんな。その考えはあながち間違いじゃないんでな」


「あの人の事、知ってるの?」


「一応はな。だが、会長の座を手放すということは可能性が低いな」


「どうして?」


「漢が自らの職を辞するというのは簡単なものじゃない」


 由美子はその言葉に同意しかねていた。


「お前らの目的は?」


「見回りよ」


「見回り?」


「あなたたちみたいな武闘派から生徒を守るためじゃないの?」


「オーケー、大体は分かった。翼志館に意図的な敵対行動はないんだな」


 三連松がアニキと言い、側に寄る。


「てめえら、黙っとけ」


 三連松は大人しく引き下がった。


 そこへ丁度着信音が鳴った。着信音は演歌であり、激しいこぶしの効いた歌声だった。周りの人は誰だと辺りを見回していた。


 携帯をポケットから取り出し、通話をしたのは松島だった。


 周りはその古風さに唖然とした。


「なんだ、てめえか。ちょうどいい、てめえらの部下を中央街から引かせろや、ゴラッ。……あん?」


 松島は電話の相手と話を聞いているかのようだったが、急にケンカ口調が変わり、終いには言い争いをしていた。言い争いから松島は一方的に電話をブツ切りしていた。携帯をポケットにしまうと、周りの人間から着信音が鳴る。短い音だったことからメールだろうと忠陽は考えた。


「今さっき、エーメンのボスから薬売りの面が割れたって連絡が来た」


 松島は近くの岐湊高校の生徒を呼び出し、携帯を出すように促した。その携帯を奪い、由美子の元へと歩く。


「こいつが、その薬売りらしい」


 松島は携帯の画像を由美子に見せた。


「見覚えは?」


「知らないわ。忠陽君……」


 忠陽はその画像を見た瞬間、凍り付いた。その画像にはとものが写っていた。


「知ってるか?」


「いえ、よく見たら違う人でした」


 忠陽は笑っていた。


 松島はそうかというと、携帯を所有者に投げ返した。


「そういや、お前らの名前聞いてなかったな。俺は松島成実しげざね


 二人は自分の名前を言った。


「あんたが神宮のご令嬢だったのか。成る程ね」


「な、何よ?」


「いや、気の強くていい女だなと思ってな」


 由美子の耳が赤くなった。


「さて、賀茂かものと言ったか……。今日は俺に付き合ってくれるよな?」


 松島は忠陽の目を見ていた。忠陽はその威圧的な目が、伏見とは違う虚実を見抜く目だということに気づいた。


「はあ? どうしてそうなるの」


 由美子は激しく松島に抗議した。


「今はコイツに興味があってな。お嬢に悪いが、コイツを借りていく。お前らッ!」


 三連松がすっと動き、乱れず「はい! アニキッ!」と叫ぶ。


「このお嬢さんを死んでも守れ」


「はい! アニキッ!」


「傷つけたら、殺す」


 三連松は一瞬黙り込み、気弱に「はい、アニキ」と返事した。


「ちょっと! 私は忠陽君と行動するわ」


「分かったよ、お嬢。で、賀茂。どうする?」


 忠陽は数秒間考えた。


「金剛寺に行きたい、です」


「忠陽君。ここを離れるの!?」


 忠陽君は頷いた。


「そこで何をしに行く?」


「僕らよりも知って欲しい人がいるんです」


 忠陽は松島の眼力に負けじと、真っ直ぐに見つめた。松島はその面構えを見て、口を緩ませた。

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