第五話 理由なき反抗 その四

 四


 大地は寺の御堂みどうの中で外を見ながら横になっている。そこから地平線へと沈む夕陽を、大地は朧気に見ていた。


 学校に行っても退屈な日々。それを過ごすことが苦痛であった。


 大地は御堂みどうを見回す。この御堂みどうは、修行でも使えば、典子の父の説法でも使われる。嫌な思い出も多いが、この島の中で一番落ち着く場所だった。


「大ちゃん、やっぱりここに居た!」


 幼馴染みの顔を見て、ほうけた顔が少し整う。


「なんだよ、居ちゃ悪いか?」


「いや、別に悪くないけど……」


 大地は典子の顔を見て、活力が少しだけ沸いてきた。体を起こし、御堂みどう縁側えんがわまで出てきて、座った。


 それを典子はじっと見ていた。大地の顔が夕陽に照らされ、高揚したように見える褐色の肌が格好よく思えた。


「なんだよ、人の顔を見て」


「なんか悪い?」


 と典子はそっぽを向く。


「別に悪くねぇよ」


 典子はその言葉が妙に嬉しかった。


「あのさ、昨日ね、バン君と会った」


「洸太と?」


「元気してるみたい。ちょっとやつれてたみたいだけど」


 大地は無気力に答えた。


「でね、今度、忠陽君たちと遊ぼうって約束してきた」


「なんでボンが出てくるんだよ」


 大地は典子を見る。


「学校でさ、たまたま会ったんだよ」


「そっか」


「大地も行くよね?」


「なんで、俺が?」


「大地、忠陽くんのこと気に入ってるでしょ?」


「まあな」


「せっかく、バン君とも会えたし、皆で親睦を――」


「余計なことすんなよ」


「別にいいんじゃん」


 典子は頬を膨らませて、夕陽を見た。


「いつだよ?」


「まだ決まってない」


「なんだよ、それ」


「どうせ、いつも暇でしょう?」


 大地は苦虫をかみつぶしたよう顔をした。


 次の日、大地は中央街のアーケード通りを歩いていた。この通りは、昼間はまだ眠っている。夜の喧噪とした場所だが、朝から昼間は森にいるような静けさに感じてしまう。


 そんな昼間には大人たちではなく、学生が集まってくる。学生の多くは授業を受けない素行の悪い人間が多かった。そのため、昔はここは昼間から夕方まで学生の喧嘩が多い所でもあった。


 この通りが最初に静かになったのは、警察と呪捜局が取締りを始めてからだった。呪術での私闘を行われることが多かったことから、近隣の被害も多く、呪捜局は私闘をする学生の補導、そして学校側は学校運営の問題になる者には退学勧告を出すようになった。


 退学させられた生徒たちは、大半この島から離れるが、一部には当てもなくこの島に住み着く人間もいた。そういった人間は夜のきな臭い連中から仕事を貰い、生計を立てていく。


 チンピラと成り果てた元学生は、現学生を誘惑し、自分たちの仲間を作るために同じ境遇を与えるようになった。その手口が法律に触れないため、警察と呪捜局は手をこまねいていた所に、学生自身がそのチンピラに対抗するチームを作り始めた。そのおかげで、この中央街のアーケード通りは今日のように静かになったのである。


 たまにその趣旨を理解できない不良も中にはいる。自らのプライドを掛けた輩は、自分が気に入らないものに喧嘩を売る。その一例が大地の目の前に現れていた。


「ようよう! 太平洋!」


 三連松さんれんまつ一松いちまつがライムに乗せて、大地に投げかける。大地は面倒くさそうにしていた。


「ここで会ったが、百億光年!」


 二松にまつがポーズを取りながら言った。


「日々のハラミを晴らさでおくべきか!」


 大地は耳に小指をツッコミ、その小指についたゴミを吐息で吹き飛ばした。


「てめえ、聞いてんのか!」


 三松さんまつが大地に大声で発した。


「どうやってハラミを見せてくれんだよ。スーパーで買ってくんのか?」


「ハラミを見せるとは、あっ、笑止千万!」


 見得みえをしながらそう言う三松に、二松が小さな声で指摘した。


「三松、ハラミじゃなくてウラミだ」


 三松は見得みえを解き、二松に向く。


「何? ウラミは肉じゃないのか? 一松、どうなんだ?」


 一松は口に出た唾を飲み込んだ。


「どちらも肉だ」


「邪魔だ、どけ」


 三連松を一蹴する男が現れた。男を見て、三連松はアニキと声を揃えて、大声を出す。


 アニキと呼ばれたこの男、名は松島成実しげざねという。髪は側頭部、後頭部は刈り上げており、残りの髪をオールバックにしている。大地と同じく短ランとボンタンに薄青の色眼鏡を付けていた。身長は一七〇後半くらいあり、その見た目は硬派と呼べるものだった。


 この男はタイマンを好み、闘ったものと友情を育む特殊な人物だった。まわりの暴力系会社からも一目置き、勧誘があると噂がある。


 近づく松島に大地は虚勢を張る。


「あんたか。助かるよ」


「悪いな。いつも遊んでもらって」


「あんたが俺に用って、タダ事じゃないな……」


 松島が大地にグッと近づく。大地は拳に力を入れた。


「最近、ここら辺で学生に薬を売ってる奴らがいる。どうも、そいつが学生なんだ。知ってるか?」


「知らねえな」


「そうか。特徴は確か……。なんだけって、お前ら」


 三連松は綺麗に整列して、一松から順に言い始めた。


「か細い体!」


「青白い顔!」


男女おとこおんな!………女男おんなおとこ?」


「どっちだ?」


 松島は三松を睨む。


「お、女のような男!」


 松島は大地をもう一度見た。


「どうだ、知らないか?」


「いや、よくわかんねえよ」


 大地は半笑いしながら言った。


「そっか。邪魔したな」


「おい! 待てよ。それだけかよ?」


「ああ、それだけだ」


「つまんねえな」


「悪ぃな。今はお前を相手にしてらんねぇんだわ」


「その薬を売ってるヤツを見つけ出せば、相手にしてくれんのか?」


 松島は色眼鏡の下ろし、自分の目で大地の目を見る。大地は負けじと睨みつける。


「いいぜ、出来たらな」


 大地は小さく拳を握り、喜ぶ。


「急げよ、エーメンが動いてる」


「マジかっ!」


 エーメンとは岐湊の最大武闘派集団であり、この街の学生の良し悪しごとの多くは彼らが取り締まっていた。情報収集能力は呪捜局よりも高く、岐湊の勢力圏外であったとしても、大人の対抗力として、彼らに力を貸す生徒は多い。


 大地が頭を抱えている間に、松島はその場を去っていく。その後を三連松が追いかけた。大地はそれには気づき、手を伸ばすが、途中で止めた。


 エーメンや松島より先に見つけ出せば、あの松島と戦える。この約束が、大地に気合を入れる。大地の炎が少し漏れ出した。


 大地はふと気づく。か細い体、青白い顔、女の男を探すにはどうすればいいか。


「ま、いっか。薬を売ってるんだ。クラブで誰かに聞けば分かるだろう」


 クラブはディスコクラブの事であり、DJ、ディスクジョッキーが掛けた音楽に合わせて、踊る場所のことだ。週末には年齢関係なく、人々が訪れる。平日は時間限定として学生にも開放しており、学生にとって、貯まった鬱憤うっぷんを晴らす場所にもなっていた。多くの人が訪れるため、情報交換の場や、取引の場所に使われる場合もあった。


 大地はクラブまで行くと、その前で検問官のように、岐湊ぎそう高校の制服を着た男と女が、一人ずつ居た。男は男子学生を、女は女子学生を舐め回すように見て、次と言って、見た学生を入れては同じことを繰り返していた。


 大地と同じく、それを遠目で見ていた岐湊高校の男子生徒が大地に気づき、近づいてきた。


「よお。お前も薬売りを探してくれるんだってな」


 大地は男子生徒を見ず、検問官が見ている人を見ていた。男子生徒は舌打ちをした。


「松島さんの頼みや、プリンスの命令でなければ、ここでのしてやったのによ。まあいい。メールアドレス教えろ」


「何でだよ」


「情報を流してやれって、プリンス直々の命令だよ。そうでなければ、誰がてめえに教えてやるか!」


「なら、玉嗣おうじから送ってくれればいいだろう? アイツ、俺のメアド知ってんだし」


 男子生徒は大地の胸ぐらを掴む。大地は無言で男子生徒の目を見る。男子生徒の怒りの炎は瞳孔から放れたように見えた。大地はそれを蔑むように見ていた。男子生徒は暫くして、手を離した。


 大地は澄ました顔をして、その場を放れた。

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