第五話 理由なき反抗 その三
三
由美子、
対応したのは生徒副会長であり、接収のときの対応は怯えた小動物のように、こちらの一挙一動を見ては反応していた。
書類上は不備もなく、予め用意されていたかのようだった。由美子のサインと副会長のサインを記入し、お互い書類を交換し、何もなく終わった。その呆気なさに安堵したのは忠陽だった。
由美子達が立ち上がると、副会長は勇気を振り絞った声で呼び止める。
「なにか?」
由美子の意図はしない冷たい声が副会長を怯えさせた。
「それ、止めてくれませんか? 私達は何も貴方達に圧力を掛けてる訳ではないのです。失礼ですよ」
「
「何よ、私達はライオンか、蛇みたい思われてるのよ」
たぶん、それは由美子の不機嫌な対応を見れば、誰でもそう思うと、忠陽は心の中で言った。
副会長は、か細い声で何かを発していた。
「はっきり言いなさい!」
由美子の言葉で副会長は再び怯えた。
「だから、神宮さん……」
忠陽は由美子の腕を掴み、引っ張る。由美子はその手を引き剥がそうとし、小競り合いが始まった。その中に鞘夏が、忠陽を守ろうと入ろうとしていたが、そのタイミングが掴めないでいた。
「かか、会長は! どど、どうなるのでしょうか?」
副会長の言葉に三人は動きを止めた。
由美子が、自分の腕を掴む忠陽の手をそっと取り外すと、副会長へと体を向き直す。
「申し訳ないのですが、私には分かりませんとしか、言い様がありません」
「ですが、
「だから、法を曲げろと?」
それまで一生懸命に振り絞った声で果敢に意見を述べた副会長は、由美子の言葉で、顔を上げた。由美子の冷たい鋭い視線は副会長を黙らせた。
「そ、そんな―」
「貴方は、我が一族の力で、法を曲げろと言っているのです。呪術師は人の身でありながら、人の理から外れた存在です。例えそうであったとしても、人間である以上、人として秩序を守らなければならない。あの生徒会長がどのような経緯であのようになったかは知りません。あなた方の境遇を考えれば、ああしなければ自分たちの学校を守れないと思うのは無理からぬことかもしれない」
副会長は何かを言いかけようとしたが、それすら由美子の言葉は遮る。
「ですが、人の命を脅かしておいて
副会長は顔を伏せてしまった。
由美子は席を立ち上がる。それを見て、忠陽と鞘夏も立ち上がった。
「もし、生徒会の学校運営でなにかお困りがあったら、箇条書きでも良いので文章作成の上、私宛でも良いので提出してください。我が校の生徒会に、今後の統治について、議題に挙げさせて頂きます」
由美子はそう言い、生徒会室を出ていった。忠陽達もその後を追う。校舎を出たところで、由美子は抑えていた怒りを忠陽にぶつける。
「なによ、あれ! ふざけてるの!?」
「まあまあ、落ち着いて」
忠陽は何故か自然と落ち着いていた。
「神宮って名前で何でもできると思って!」
「忠陽様に当たらないでください」
鞘夏が由美子を押さえつける。
「あんな事して許されると思ってるのが不思議なくらいよ」
「そうだね。由美子さんの言ってることは正しいよ」
「あなただって、怒ってもいいくらいなのよ」
「僕が?」
「そうよ、あなたも怒りなさい!」
「それは何か違うような……」
「なんでよ!」
「でも、神宮さん、格好よかったよ。
由美子は怒るのを止めた。長い髪を掻き分けて、忠陽たちに背を見せた。
「べ、別に。ほ、褒めても何もしてあげないんだからね!」
その姿を忠陽は妹の鏡華に重ねた。
その後、由美子は昨日のこともあり、送迎車が海風高校の前まで来ていたため、忠陽達とは別れて、帰宅した。忠陽達も一緒にと誘われたが、今回は遠慮した。その時の由美子の表情は少し寂しそうにしていた。
遠慮したのは、忠陽が家柄に深入りしたくないということもあったが、送迎車というのが好きになれないというのが一番だった。
送迎車で帰る由美子とそれをエスコートする老人を見て、普段は勝ち気で、歯に衣着せぬ言動が多い人だが、本物のご令嬢なのだと悟った。
由美子と別れた後、忠陽を呼ぶ声が学校の方から聞こえた。その声の主を見ると典子だった。
「今日もどうしたの? うちの学校に来て」
「接収の件で、手続きをしに来たんだ」
「ああ、そういうこと。よかったら、途中まで、一緒に帰らない?」
忠陽は頷いた。三人は駅まで向かって歩き出す。
「あのね、大ちゃんのことだけど…」
忠陽は典子を見た。俯く典子は足を止めた。それを見て、忠陽も足を止めた。
「嫌いにならないでほしいの!」
「急にどうしたの?」
「大地って、あの見た目どおり、不良と呼ばれることはあるけど、それには色々理由があって……。賀茂君と昨日は仲よさそうしてたけど、大地の性格はひねくれてるし、頑固で我が儘だし……。だから、だから……」
典子は忠陽を真剣に見つめる。
「嫌いにはなれないよ。むしろ、僕を助けてくれた。僕が悩んでるときに、一緒に悩んでくれた。そんな友達は中々作れない」
典子は嬉しそうな顔をした。忠陽は昨日の一件でもそうだが、典子が大地の事を好きなのが分かる。
「典子さんと大地くんって、お似合いだなって」
典子は顔を赤らめさせ、首を横に振る。
「わわ、私たちは、付き合ってない! だだ大ちゃんは幼馴染みというか、なんというか、世話の掛かる弟みたいなもんなの!」
忠陽はその圧力に屈し、そういうことにしようと考えた。
「大体、いつも心配させるだから。昨日の果たし合いの件とか、普段の喧嘩とか。強くなりたいっていう気持ちは分かるけど、だからって大地が傷つくのはちょっと……」
「強く、なりたい?」
典子は首を縦に振る。
「お父さんから聞いたけど、大地が闘う理由って、自分の力を制御するようにするためみたいなんだ」
「それは、この前、大地くんから聞きました」
「でも、それ、私のせいだと思う」
典子は忠陽たちに背中を向け、制服の緩ませた。
「背中、見て欲しいんだけど」
「えっ?」
忠陽は慌てふためく。鞘夏は忠陽の制服の袖を掴んでいた。
中々見ない二人を察し、典子は二人を見ると、二人の中で何か攻防戦が始まっているように見えた。
「ごめん。最近知り合ったのに、それはないよね」
典子の笑いは枯れていた。忠陽は冷静さを取り戻し、典子に尋ねた。
「背中には何があるの?」
「大地がつけた火傷の跡」
「火傷?」
「うん。大地が炎を使えるようになったのって、小学校ぐらいだったかな。その時に炎の制御が上手くできなくて、それを止めようと大地に抱きついた私の背中を炎で攻撃しちゃったの」
「それで、火傷の跡が……」
「そう。大地はそれを見て、強くなりたいって思うようになり始めたんだって……」
「そっか。人のためっていうところが大地くんらしい」
「私は、別に、こんな傷のために強くならなくてもいいと思ってる。できれば止めて欲しいんだけど、あの性格だからね……」
典子と忠陽はお互いの顔を見て、苦笑いした。
「だから、誤解しないでほしいの。大地があんなに仲良くしてるの久々だから」
典子は素敵な笑顔を見せていた。
それで忠陽は、典子が大地くんのこと本当に好きなんだと理解した。
それから、忠陽と典子は、駅までたわいない話をした。
駅に着くと、典子が
「バン君、元気? 久しぶりだね」
「懐かしいね、その
男の白い肌が、太陽に透けているかのように見え、そして笑う顔は美しかった。
男は、典子の後ろに居た忠陽達に気づく。
「この二人は-」
「知ってる。
忠陽は男に
「僕の名は
忠陽は黙って握手をした。その手は、見た目どおりか細く、冷たいものだった。
「賀茂君って、そんなにすごいの?」
「すごいも何も、この前の学戦で、一年の中で、あの
「ごめん。よく分かんないや」
「そっか。そうだな……。小学生時代の大地みたいにすごいって言えば分かるかな?」
「ああ、それなら大体分かる」
忠陽にはよく分からなかった。
「相変わらずだね、典ちゃんは。大地のことなら分かるところ」
「まあ、弟みたいなもんだからね。バン君はお兄ちゃんだけど」
「そう言われると嬉しいな」
「で、今日は三人でどうしたの?」
「今、私は学校から帰るところで、二人はうちの高校に用があって……」
「接収の件か……。昼休みに生徒会がごたついてたけど、何かあったの?」
「色々と……」
忠陽はお茶を
「おいおい、隠すなよ。大体のことは分かってるんだから。大変だったな」
「まぁね。私も昨日は警察沙汰になるとは思わなかったよ」
典子はすんなりと話していた。
「警察沙汰? 怪我はなかった?」
「うん、えっと……神宮さんのおかげで大丈夫だった」
「高畑さん」
「それにね、うちの生徒会長があんな人だとは思わなかったよ」
「あんなって?」
「なんか、呂律が回ってないというか-」
「高畑さん!」
典子は忠陽を見る。忠陽は少し焦った顔をしていた。
「なんだよ。俺にも教えてくれてもいいじゃない」
「この話って、
忠陽は頷いた。
「バン君、いつもにみたいに
典子は
「ごめん、ごめん。でも、相変わらず正直だな」
「ごめんな。ちょっとクセでね」
「いえ、たぶん先輩には後で分かることだと思いますが…」
「そう怒るなよ。これも初歩的な呪術だろ?」
忠陽は否定はしなかった。
「バン君はね、大地と同じように呪術師としての才能があるんだよ」
「それは持ち上げ過ぎだよ。俺には呪術の才能はない。それは、
忠陽は二人から視線を逸らし、拳に力を入れた。
「学戦のときは、神宮さんのおかげです。僕は、なにもしてません」
「おいおい、そんなに謙遜するなよ。君は名家の生まれだ。エリートには、俺みたいなことは分からないかもしれないけど、それでも戦えたんだろう? それは凄いことなんだよ」
その空気を察して、典子はわざとらしい声を上げた。
「今度さあ、大地を入れて、皆で遊ばない?」
「良いね、それ」
伴がすぐに同調した。
「じゃあ、大地に話してみるよ。久々にバン君に会えて、大地も喜ぶよ!」
二人が笑う中で、忠陽も愛想笑いをしていた。
その後、忠陽達は二人と別れて帰宅した。
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夜の中央街は明るい。赤提灯もあればネオンもある。大人たちの娯楽は存在した。そのビルの一角に入る少年がいた。肌は白く、女のような顔つきと華奢な体。それは伴だった。
ビルの一室に入ると、そこは
その奥に行くと、椅子に座りながら、机に両足を乗せた男が待っていた。
「よう、景気はどうだ?」
「そこそこですかね」
伴は男に金を渡した。男は足を下げ、金を数え始めた。
「薬、貰えますか?」
「そこそこしか売れてないんだから、まだあるだろ?」
「俺の分も必要ですから。そういう話でしょう?」
男は鼻で笑い、引き出しから薬を取りだし、
「井上さん、海風高校の生徒会長が、呪捜局に連れて行かれました」
「だから、どうしたてんだ?」
「いえ、一応、報告しただけです」
井上は鼻でまた笑った。
「心配だから報告しましたってか? 優等生だな」
伴は虚ろのまま返事をしなかった。
井上は金を数え終えると、元のように机に足を乗せた。
「なんだ、まだ居たのか? 何か言いたいことがあんのか?」
「いえ、なにも」
「その言い方、気にくわねぇな」
井上は立ち上がり、伴の顔に自分の顔を近づける。
「てめえ、俺に
「いえ」
「だったら、何だってんだ?」
「この前より、薬の量が少ないなって思って」
井上は舌打ちをした。
「上の連中が寄こさねえんだよ。あのクソ中山、慎重になりやがって。どうやらお前がお気に召さないようだ」
伴は気持ち悪い笑いをした。
「井上さんも、その人に嫌われてるんですね」
井上は伴の胸ぐらを掴む。
「てめえ……」
「でも、井上さんのやり方が普通でしょう? ヤクザだってそうしますよ。俺らは使い捨てですから」
井上は伴の胸から手を離した。
「よく分かってるじゃねえか。中山のやり方じゃあ稼げるものも稼げねえよ。お前らみたいな奴らを上手く使わなきゃ、薬は広まられね。それをアイツは分かってないんだよ」
「井上さんも大変ですね」
伴はビルの外に出て、家の近くの公園と着く。そこで子供頃、大地と典子と遊んでいる自分の幻影を見た。それを見て、笑い始めた。
「バッカ-じゃねぇの。普通、学生を売り子にするか?」
伴はそう呟いた。
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