第五話 理由なき反抗 その二

 二


 学校側は言い逃れができないと思ったのか、事情聴取に素直に応じ、忠陽ただはる、由美子、鞘夏さやか、大地、典子、海風かいふう高校の生徒会長の六名は、後に来た呪術捜査局、通称、呪捜局に任意同行で連行された。


 呪捜局では、忠陽らはすぐに事情聴取は終わるも、夜になっても残されていた。


 さすがに、いつも凜とした鞘夏の顔にも、疲れが見えていた。


 連行された六人の中で、由美子だけは、事情聴取の後にすぐに帰宅を許され、使用人とともに呪捜局から出ていた。


 それと入れ違いに伏見が呪捜局を訪れた。災難やったな、とクタクタと笑いながら、奥に用があるといい、去っていった。


 それから数時間後、大地は一人の男を見かけると、呼び止めた。


室戸むろとのおっさん!」


 中年太りのごま塩頭、その双眸そうぼうは、警察には不似合いなやる気のない目。スーツはいつクリーニング出したか分からないほど、ヨボヨボ。万年平止まりかと思われる人だった。


 室戸は大地に近づくと、いきなり自分の拳を、大地の頭に叩きつけた。


 その痛みに大地は悶絶する。


「殴ることはねぇだろ!」


「バカ野郎。こんだけ騒ぎを大きくしやがって」


 忠陽はあっけらかんと見ていた。


「俺達のせいじゃねえよ!」


「そんなことは分かってんだよ」


「だったら、殴ることねえだろ」


「いいか! この街でな、学生の呪術の私闘は禁じてるんだ。果し合いなんて、やって良いわけねえだろ!」


「いや、それはこいつらの高校が…」


 大地はもう一度殴られる。


「お前の脳みそはノミ並みか? あちらさんは違うと言ってたんだろう? 何故、聞かなかった!」


 大地は口籠もった。


「お前のせいで、余計な圧力を掛けられ、書かなくてもいい書類を書かなくちゃいけなくなったんだよ」


 忠陽は圧力というのがどこからなのか想像でき、由美子だけが解放された理由を察する。


「あの……。僕らは、いつ帰れるのでしょうか?」


 忠陽は室戸に聞いていた。


「悪いね。君ら二人は本来も解放してもいいんだが、身元引受人である君たちの先生には、我々の捜査に協力して貰っていてね、もう少し待ってくれないか?」


 忠陽は伏見に少し怒り感じた。それならそうと言ってくれればいいのにと。


 忠陽は鞘夏の顔を見た。普段あまり、表情に出ない鞘夏だが、疲労を隠せないでいた。


「鞘夏さん、大丈夫?」


「私のことは。それよりは忠陽様は大丈夫ですか?」


「僕は大丈夫だよ」


「なんだ、熟年夫婦みたいだな」


 忠陽は大地の言葉に赤面し、焦った。


「茶化さない!」


 典子は大地の後頭部にチョップする。


「なんだよ、叩くことないだろう?」


「ノミ頭にはショックを与えるのが効果的だから」


「ノミはないだろ? せめて、人間扱いはしろよ」


「大ちゃんは、本能で動くから譲っても、犬かな」


「典子、てめえこの野郎」


 大地が典子の脇を擽る。典子は脇を守り、笑顔で止めてよと言った。


「これじゃあ、どっちが熟年夫婦だか分かんねぇなあ」


 室戸は口を開けて笑っていた。それに釣られて、忠陽も笑う。


 典子は恥ずかしそうにし、大地はばつが悪そうにしていた。


「てめえも笑ってんじゃねぇ!」


 大地は忠陽の頭を叩いていた。すぐに鞘夏は身を乗り出そうとしたが、忠陽の手で止められた。


「大ちゃん、叩いちゃダメだよ」


「そうだ、暴行罪で逮捕するぞ」


「このぐらいで暴行罪になるかよ」


 典子は忠陽を見て、謝った。


「ごめんね、根は悪い人じゃないから」


 忠陽は知ってますと返答していた。


「そういえば、君、一昨日、うちにいたよね?」


「ええ、まあ」


 鞘夏は忠陽を見た。


「こんなところで自己紹介するのも変だけど、私、高畑典子」


「僕は賀茂かもの忠陽。というより、一度自己紹介してるんだけどね」


「えっ!? そうだっけ?」


 大地が典子に去年の冬の話を説明した。


 典子はそれを聞いて思い出したようだったが、念のため鞘夏にも尋ねていた。


 鞘夏は忠陽を見る。忠陽は紹介するように促す。


「真堂……鞘夏です」


 典子は笑顔で改めて宜しくと伝えていた。


「賀茂と言えば、名家じゃないか。お父さんはこの島の呪術統括部長だ」


 室戸が言った。


「ああ、だから大ちゃんがボンって…」


「間違っちゃいねえだろ?」


「でも、あんまり良くないよ、それ」


「まぁ、名家と言えば、やっぱり神宮じんぐうだな」


 室戸の言葉には忠陽は頷く。


「忠陽君だっけ、君はいいね。神宮じんぐうのご令嬢とお近づきができて」


「はぁ? もしかして、あの気の強い女がか?」


 大地が飛び起き、忠陽に迫る。忠陽は縦に首を振った。


翼志館よくしかんには居るって聞いてたけど、俺は、もっと、おしとやかな人間だと思ってた」


 大地は肩を落としながら座った。


「それはしようが無い。相手は一族を背負う人間だ。どっかの、喧嘩バカとは、気の強さの中身が大違いよ」


「なんだよ、それ」


「いいか、あの子に肩に乗っかってるのは、この国なんだよ。勝ち負けじゃない。相手に弱気な姿勢を見せれば舐められるんだよ、お貴族様ってのは」


「それじゃあ、俺達と変わらないじゃないか」


「全然違うさ。スケールがな。てめえらは言った言葉に責任はないが、あのご令嬢は違う。家と国の品位を問われる」


 忠陽は由美子の実像を見ているから苦笑いをした。


「そう思うと、健気けなげじゃないの。周りに監視されながら、立ち回らなければいけない。お前、できるか?」


「そんな死んでも嫌だね」


「だったら、優しくしてやれ」


 室戸は手で椅子に座っている大地の頭をワシャっと触る。大地はその触る手を退けた。


「へっ、偉ぶった奴は嫌いだぜ」


「何言ってんだよ。相手は神祇公じんぎこうの娘だ。後を継ぐに決まってるだろ。そのうち、お前を顎で使うんだよ」


「なんでそう決まってんだよ」


神祇公じんぎこうは代々世襲せしゅうだからだよ。大和皇国やまとこうこくじゃあ、神祇公になれるのは神宮家だけなんだよ」


「そうなのか!?」


 大地は忠陽に聞いていた。忠陽はそうだねとだけ答えた。


「アイツ、スゲーな」


「ですが、神宮家には長男が居たはず……」


 鞘夏が口を開いていた。


「ああ。長男は父親との確執があってな、家出してるらしい」


「おっちゃん、何でも知ってんな」


「この界隈では有名な話さ。そういう意味でもあのご令嬢は大変なのさ。まあ、俺達みたいな下っ端には縁遠い存在だ。俺達もお前みたいに顎で扱き使われるんだよ」


「おっちゃんは、警察だろ? そのジンギスコウと関係ないだろう」


 室戸と典子は溜め息をついた。


「坊主、俺たちは正確に言えば警察じゃない」


「そうなのか!」


「だが、警察ってのは何をするところだ」


「悪い奴を捕まえる所だろ?」


「まぁ、そうだな。その悪い奴ってのは誰が決めんだ?」


 大地は少し考えた。


「おっちゃん!」


「バーカ。これが悪い、あれが悪いって決まりが法律だ。呪術の法律に関して言えば、神祇府ってとこが決めんだよ。そこの一番偉い人が神祇公だ」


「ってことは、アイツが将来、決まりを作るってことか! 冗談じゃねぇ」


「冗談じゃあねぇんだよ。呪術捜査局ってのは、管轄が法務省でなくて、神祇府ってとこなんだよ」


「おっちゃんはアイツの手下ってわけかよ」


「まあ、そうなるかね。そういうことなら、お前を捕まえないとな」


「おっちゃん、俺より弱いじゃん。捕まえられるの?」


「呪捜局はな、呪力じゃなくてここなんだよ」


 室戸は自分の頭をトントンと指した。


「荒事を専門とするのは祓魔局だ。呪捜局は、呪術による犯罪を取り締まったり、そうならないように指導するのが役目なんだよ。それにいつも言ってるだろう。呪術ってのはな、一般社会には毒みたいなもんだ。そんな毒に近づかせないために、俺達みたいな呪捜局の連中がいるんだよ」


 忠陽は室戸の言葉に説得力を感じた。


「よく分かんねぇなあ」


 大地は頭を搔いていた。


「まぁ、今はそれでいい」


「なぁ。例えばの話、呪捜局って所に俺みたいに強い奴が居て、そいつが犯罪を犯したら、祓魔局ってのが捕まえるのか?」


「そういう仕事は公安がやるのさ」


「公安? おっちゃんと何が違うのさ」


「公安ってのは、公安警察のことで、公共の安全と秩序を守る警察組織だ。それは、神祇府とは別の公共機関なんだよ」


「別?」


「身内だと、どうしても甘えが出るからさ。だから、外部の人間が遠慮なく捕まえるようにしてるんだよ」


 室戸は忠陽と鞘夏を見た。


「俺は、君たちの先生がその協力員に見えるがね」


 忠陽は苦笑いをした。


「なんや、面白いこと話してますね」


 伏見がもう一人、黒いスーツを着た堅物そうな男を連れてやってきた。


 黒いスーツの男は高身長で、伏見とは違い、体つきがしっかりしていた。仏頂面づらに、眉間にしわ寄せ、自ら話をしようと思う人ではなそうだった。


「いや、ちょっと……」


「室戸さん、今日は、野山君の取り調べは中断します。彼らを帰してください」


 野太い声が、室戸に丁寧に指示をしていた。


「はい。分かりました」


「僕の生徒は、僕が送り届けますんで」


 伏見は室戸に言った。


「ほな、帰ろうか」


 伏見は忠陽たちに言った。忠陽達は立ち上がった。


「先輩」


 堅物そうな男が伏見を止める。


「例の件、本格的にお願いします」


「ああ、わかっとる。あのババアからも言われてるしな。それに……」


 伏見は忠陽を見て、急に口を閉じた。


「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。また何かあったら相談しいや。安くしとくさかい」


「学校の教師が副業するのは禁止では?」


「何言うとんねん。僕んところは私立やから、オッケーや」


 伏見は、忠陽達に外へ出るように促し、呪捜局から出た。


 警察署を出ると、目の前にはタクシーが着いており、忠陽たちは後部座席に乗った。伏見は助手席には乗り込んだ。


 伏見は忠陽に住所を聞き、そこへ向かうように運転手に指示をした。


「先生、あの黒いスーツの方とお知り合いなんですか?」


 暗い道路を走る車の中、忠陽は伏見に聞いた。


「急にどうしたんや?」


「いえ、なんとなく。先輩って言ってたから」


「ははーん。もしかして、僕が元呪捜局の人間かと思ったんか?」


「そうじゃないですけど……」


「公安か?」


 忠陽は黙ってしまった。伏見は、その間に、笑った。


「全部、不正解や。こんな身なりやから、そう思ってしまうのはしかたないけどな」


 忠陽は言葉に詰まる。


「館山は僕の学生時代の後輩や」


「学校の後輩?」


「そうや。そりゃ僕かて、学校に行ってた時期ぐらいあるよ。あないな強面な顔してるけど、結構気弱なところがあるんやで」


「気弱?」


 忠陽は館山という男にそういう一面があることを想像できなかった。


「安心し。僕が学生時代で良い奴と一番押せる奴や。君が悪いことをしない限り助けてくれる。なんせ、僕の生徒やからな」


 気が弱いというのは伏見は限定ではと忠陽は思う。


「学生時代、家柄と呪力自慢だけの奴はいっぱい居た。その中で館山は呪術師ではなく、人間として生きようとした。その結果、学生時代にあいつ、かなり浮いてて面白かったで」


「それって……」


 忠陽は呪術師という生き物がエリート思考を持っていることを知っている。だから、その中で普通の人であろうと思うのは、精神的に辛いと言葉が出かけた。


「そういう生き方、僕はなんか好感持てたな」


「先生は呪力を持ってる人間は、選ばれた人間とは思わなかったんですか?」


「そないなことあるかい」


 伏見は助手席の窓から夜の街を見る。


「僕の場合、本物の化け物を速うに知っとったからな。その自慢くさるガキどもが家畜のように見えたわ」


 忠陽は苦笑いをした。


「アイツがこの島の所長になったのは、良いことやと思うで。前任者みたいな何の役にもたたないエリート思考なんかよりも、島の生徒や、研究者や島民には良い判断をしてくる。それに……」


「それに?」


「僕の生徒に何かあってももみ消せるしな。僕のお願いやったら何でも聞いてくれるからほんま助かるわ」


 伏見は高笑いをする。それに忠陽はただ引いていた。


 お願いというのは何となく命令という言葉が後に続くのでは? と忠陽は思ってしまう。

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