第五話 理由なき反抗 その一

 一


 忠陽は、昼休みに職員室に入り、伏見のところを訪れていた。


「元気そうで何よりや」


「昨日はご迷惑をお掛けしました」


 忠陽は礼をする。伏見はその忠陽の肩を二度ほど叩いた。


「何言うてんねん。こっちが悪いんや。それよりも、昨日の話―」


「はい! やります」


 顔を上げ、伏見のサングラスを見つめる。


「まず、なにから始めたらいいかと思ったんやけど……。とりあえず、君が強くなることを目指そうか」


「強くなる?」


「昨日言うたように、君のことについては、僕もはっきりせんことが多い。でも、分かってるのは、君の意識があればええちゅうことや」


「僕が気を失えば……」


「そういうことや。だから、僕が君をみっちりしごいたる。ほんまは教師が一人の生徒に肩入れするのはええことやないけど、今朝のうちに理事長には許可を取ってる。その際、君のことを少し話させて貰ったけど―」


 忠陽は少し眉を潜めたが、伏見は大丈夫やと言った。


「ここの理事長は口が堅いし、かなりの人格者や。僕の身の上を知っても、受け入れくれたんや。ちょっとやそっとのことじゃ驚かれへん、肝ったが太い婆さんや」


「婆さんって……」


「ま、ともかく、放課後に、鞘夏くんと一緒にもう一度


「どうして、鞘夏さんも?」


「確証はないんやけど、この呪いには鞘夏くんも関係してると思うねん。だから、二人して見たいんや」


「……分かりました」


 放課後になると、忠陽は鞘夏クラスへと訪れる。鞘夏は帰り支度の準備をしており、その所作がゆっくりとして、素朴で、綺麗だった。


 長い髪が左肩に垂れ下がっており、右の後ろから左肩へと落ちそうなところを鞘夏は髪をかきあげて退かす。そこから覗かせる顔が儚い美しさがあった。


 忠陽は首を振り、教室に鞘夏へと近づく。


「鞘夏さん、ちょっといいかな?」


「はい」


 クラスが変わっても、周りからの忠陽たちへのひそひそ話は止むことはない。忠陽と鞘夏の関係は周りからすれば格好の話題で確かである。


 鞘夏は伏見の助言によりクラスが変わり、今は由美子が同じクラスである。そういうこともあってか、変な噂がたち、鞘夏は浮いていた。本人はそういうことを無頓着だったが、由美子が見かねて、よく話をかけるようになっていた。周りでは彼女の庇護下にいる認識で、それが帰ってクラスメイトとの交流を阻害してもいた。


 鞘夏がカバンに荷物を入れて、二人が教室を出ようとしたときに、教室に入ってきた由美子から呼び止められた。


「忠陽くん、ちょっといいかしら?」


「いや、今日は伏見先生に――」


 由美子は人の話を聞かず、忠陽の手を強引に引張り、教室を出ていった。他の生徒はその二人を見て、黄色声を発していた。鞘夏は一瞬戸惑い、二人の後を追いかける。


 由美子に連れられて来たのは生徒会室だった。由美子は無遠慮に扉を開け、断頭台立たせるように忠陽を突き出す。


 生徒会に居た人間は苦笑いをしていた。


「連れてきました」


「神宮さん、君が意外に大雑把ざっぱな性格なのか?」


「いいえ、さっぱりとした性格です。会長」


「賀茂君、その様子だと、彼女からは何も聞かされていない、ということでいいのかな?」


 忠陽は頷いた。生徒会長はため息をついた。


「単刀直入に話すが、君と神宮さんには、海風かいふう高校の接収せっしゅうに行って貰いたいんだ」


「あの、僕はちょっと―」


「いいわよね? カ、モ、ノ、君?」


 由美子は笑顔で頼んでいたが、やけに圧力を感じる。


「神宮さん……。賀茂君、今回我々は東郷とうごう高校に勝利し、海風かいふう高校を、我が属校ぞっこうとして納めることになったんだ。私としては、一年の君たちに経験をさせて上げたいと思ってね…。どうかな?」


「今日はちょっと、伏見先生に用事があって……」


 由美子はあんなと言いかけて、声の音程を一段階上げて笑顔で言い始めた。


「伏見先生の件は、別に明日でいいじゃない?」


 生徒会の面々は作り笑いをしていた。その中で生徒会長は淡々と話を進めようとしていた。


「私としてもお願いしたいんだが。伏見先生には、私から掛け合っておこう」


 生徒会一同の同調圧力に忠陽は圧され負けた。


「……分かりました」


 海風高校は都市の南側にある。この高校は寺院が学校法人であり、生徒たちは真言を必修としている。ゆえに呪術という呪いではなく、まさに仏の奇跡の一端とする力を学ぶ。


 この学校に最近、札付きの不良が入ったという噂があった。なんでも、学戦前に学戦に参加しないこの不良生徒を、海風高校生徒会が力付くで言うことを聞かせようとしたが、返り討ちにされてしまったらしい。


 海風高校生徒会は東郷とうごう高校に助力を求めるも、東郷高校の生徒会の連中もほとほと手を焼いたため、その生徒には関与しないことにした。


「つまりは、僕らは厄介払いされた高校の接収せっしゅうに行くんだ……」


 由美子からのあらましを聞いて、忠陽は項垂れる。


「最悪よね。面倒なことを一年生に押し付けて……。あの生徒会長、覚えておきなさい」


「神宮さん、それじゃあ、敵を作るだけじゃない?」


「なんか、私達だけ損をした気分じゃない」


「でも、なんで僕なんかが指名されたんだ?」


 由美子は小悪魔のような笑顔だった。その笑顔は、妹の鏡華がいたずらしたときに似ていため、忠陽は聞くまでもなかったのかなと考えた。


「それは、私が推薦しといたからよ」


 忠陽はため息をつく。


「僕は、道連れか……」


「何言ってるの? 私に誘われたのよ? 誇りに思いなさい」


「その自信がどこから出てくるのか、知りたいよ」


 二人の後ろを鞘夏は二歩下がって歩いていた。


「真堂さん、怪我の具合はどう?」


「ご心配ありがとうございます。もう大丈夫です」


「そう? 無理はしないでね」


「はい、ありがとうございます」


 忠陽はその場で立ち止まって、由美子に頭を下げていた。


「この前の学戦の件、色々とごめん」


 急なことに由美子も立ち止まり、慌てふためいた。


「な、なによ? いきなりどうしたの?」


「その、謝るのが遅れたけど、神宮さんを危険な目に合わせたから」


「ああ、まぁ、私もあの陰険男の口車に乗ったらから、あなたに謝られると困るんだけど……」


 由美子はバツが悪そうにしていた。


「でも、僕が自分のことをしっかり把握できていれば――」


 由美子は真剣な顔をして、忠陽の言葉を止めた。


「ちょっと待って。そういうたらればは、なしにしましょう。貴方達も、それで、苦しい思いをしてるんだし……」


「ありがとう、神宮さん」


 由美子は顔を逸しながら、片手で忠陽の顔を覆った。


「やめてよ。お礼を言われる覚えはないわ」


 海部高校に着くと、まず三人は生徒会室を訪れ、海風高校の生徒会長と話した。海風高校の生徒会長は気弱なメガネ君であり、不良生徒の仕返しを恐れているようだった。


 問答がいくつか続くも、埒が明かないと思った由美子は、直接その生徒に会いに行くといい、不良生徒の居場所を問い詰めた。


「もう学校にはいないと思う。彼は学校に来ないときもあるし」


「だったら、問題ないじゃないですか」


 神宮の言葉には苛立ちを含んでいた。


「だが、風紀としては――」


「それは貴校の問題でしょ? 私としては、学戦で貴校が参加しないのであれば、問題として取り上げますが、一個人が参加しないというのは、別にどうだっていいことです」


「いや待ってください! 彼は、我が校の学戦参加を邪魔しているのです! どうか、わが校を助けてください!」


「本当でしょうね?」


「天地神明にかけて!」


「でも、どこにいるのか分からないなら、話のしようがないです」


 海風高校の生徒会長が椅子から立ち上がった。


「分かりました! 明日の放課後、奴を、学校の校庭に呼び出します。そこで、話をしようではないですか?」


「そんなに簡単に呼び出させるなら、今日はできないんですか?」


「か、彼はもう帰ってると思うし。あ、明日でなければ無理だと思います」


 由美子は怪しんでいたが、海風高校の生徒会長の要領の悪さから、その日は引き下がることにした。


 翌日の放課後、また三人は海風高校を訪れ、そして約束通りの校庭に向かった。そこには黒の短い短ランに赤いTシャツに黒のボンタン、金髪と黒髪が混ざったパーマ、耳はピアスつけた男が立っていた。誰が見ても不良生徒であった。


「大地君!」


 そう言って忠陽は大地に近寄った。由美子は目を細めて、様子を伺っていた。


「おお、ボンじゃねぇか! その後は大丈夫なのか?」


「大地君のおかげでね。ここ、大地君の高校だったんだ」


「まぁな。お前、どうしてここに来たんだ?」


「僕は、学戦の後処理みたいなことかな……」


「学戦? まぁ、なんか大変そうだな」


「大地君は、こんな所で何してるの?」


「いや、今日学校に来たら、果たし状を靴箱に入れられてて、漢として売られた喧嘩は買わないわけにはいかないだろう? それになんか他校からみたいだから面白そうだし。そいや、ボン。お前、翼志館だったよな?」


「そうだけど」


「果たし状をくれたのは、お前らの高校みたいなんだよ。誰か知ってるか?」


「果たし状だなんて、そんな古臭いことなんてする人、居ないと思うよ」


 忠陽は笑っていたが、由美子はその事を聞いて、状況を理解した。


「その果たし状、誰から渡されたの?」


「冴えないメガネだったかな? ってか、お前ら誰だよ」


 忠陽が二人を紹介しようとしたときに、校舎側から海風高校の生徒会長が現れ、大声を上げた。


「み、み、宮袋みやぶくろ君! そ、そいつらが果たし状を、僕に渡してきた奴らだ! ぼ、僕らの、高校を守ってくれ!」


 大地は生徒会長を見ると、怪訝けげんそうな顔をした。


「おい、ボン。お前らがこの果たし状を送ったのか?」


「神宮さん、まさか……」


「なに勘違いしてるのよ、バカ! 私がそんなマネをするわけないでしょ!」


「でも、神宮さんなら……」


「はい……」


真堂しんどうさん、貴方まで!?」


 大地の周辺に炎が巻き起こる。


「女と戦うのは、性分に合わないんだが、売られた喧嘩は、買うぜ?」


 大地は戦闘態勢に入っていた。


「ちょっと、待ちなさい! 私達は話し合いに来ただけで……」


「ああ、そんなこと書いていたな。古風だが、拳と拳で語り合おうってな。嫌いじゃねぇぜ!」


 大地は炎で由美子を薙ぎ払ったが、由美子は三歩ほど飛び退いた。


「へぇ、やるじゃん」


「あのね、私の話、聞く気ある?」


「いいや」


「そう」


 由美子の冷淡な笑顔は美しいが、それが忠陽の背筋を寒からしめた。


 由美子が手を大地へと向け、緑色に視認できる風の刃を放った。


 大地はその高速に放たれた風の刃を認識するのが一瞬遅れたが、炎の壁を作り受けきった。


「放つのがはぇー。へへ、楽しくなってきたぜ」


 周りは次第に人だかりができ始めた。若い純粋な心は闘争本能により、二人の戦いに歓喜の声を上げる。


 由美子はそれを見て、内心、低俗と呟く。


 大地は前に出ようとした。しかし、由美子が作り出した風の短槍を見て、動きを止めた。


 大地はほくそ笑み、由美子が風の短槍を投げるのを待つ構えだった。それが由美子の癪に障ったようで更に眉間にしわを寄せ、睨みつける。


「勝負だ!」


 大地は不格好な炎の槍をみたいなものを由美子に投げつけた。その後に、由美子は悠然と風の短槍を投げつけた。


 互いの槍は衝突する。一瞬にして炎は霧散し、風の短槍に纏わり付いた。短槍は衝突の影響で軌道を逸らし、地面に突き刺さり、爆散した。


「スゲーな!」


 大地がもう一度構えようとしたとき、遠くから大地を呼ぶ怒声が聞こえた。大地は、校舎側から聞こえるその声の主を見ると、構えを解き、頭を搔いた。


 忠陽は、そのよく通る声の主を見ると、昨日金剛寺で見た典子の姿だった。


「こんな所で何してんのよ! まさか喧嘩じゃないでしょうね!?」


 典子の背後に炎が燃えさかる錯覚が、忠陽には遠くから見えていた。


「ちげーよ。ちょっと、鍛練に付き合って貰ってたんだよ」


「鍛練? 果たし合いって聞いたわよ!」


 校舎側からグランドの中心に近づこうとする。その背後から不審な動きをする。海風高校の生徒会長を見て、忠陽は叫んだ。


「危ない!」


 典子は一瞬、動きを止めた。生徒会長は典子の背後に回り、片腕で首を絞め、もう片方の腕でナイフを取りだし、顔に突きつける。


 人だかりから悲鳴が発せられ、集団は恐慌状態に陥り、逃げ惑うものも居れば、その場に座り込む者もいた。


「典子ッ!」


 大地は典子の元へ走ろうとする。


「ううう、動くな! うう動いたら、ここコイツを殺す!」


「てめえ!」


 大地はこらえて、動きを止めた。それを見ると、生徒会長は吃音きつおん混じりで笑う。


「そそそいつらを闘え!」


 生徒会長は由美子たちを指していた。


「巫山戯んな! 典子を離せ!」


「ゆゆゆ言うことを聞かないと、こここの女を、ここ殺す!」


「はぁ? 何言ってんだ!?」


「ももう、沢山だ! ぼぼ僕らだけの学校だ! 他校のももものじゃない!」


 生徒会長の瞳孔は開き、呼吸も荒い。誰からの目でも錯乱しているように見えた。


「良いわよ」


 大地は不敵にそう言う由美子を睨む。


「でも、まずはあなたがそこから動くな」


「ああ当たり前だ!」


 そう言うと、生徒会長は石のように固まり、ナイフを落とした。


 その様子を見た典子は、生徒会長の腕をどかし、大地の元へ駆け出した。大地は典子を力強く抱きしめる。典子は大地の胸の中ですすり泣き始めた。


「もう大丈夫だ」


 典子は首を縦に振る。


 由美子は自分の体から力が抜けていくのを感じた。何とか意識を保とうとしたが、膝から崩れ落ちる。


 その異変に気づいた忠陽は、由美子には近づき、支えた。


「ごめん。ちょっと、魔力を使いすぎた」


「使いすぎたって、あの生徒会長さんが動きを止めたのって…」


「言霊よ。ぶっつけ本番だし、成功するかどうか分からなかったけどね」


 忠陽は豪胆だなと苦笑いした。


「でも、使うもんじゃないわ。かなり魔力を使ったわ。私はいいから生徒会長さんを拘束して」


 忠陽は、由美子を鞘夏に任せ、周りの学生に縄か何か縛るものはないかと探し始めた。生徒が学校からビニール紐を持ってきて、海風高校の生徒会長の腕を縛り、拘束した。


 学校の教師達が事態を察知してか、グランドに現れ、収拾を行い始めた。十数分後には、生徒の一人が警察に通報をしたらしく、交番勤務の警察官が現れた。

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