第四話 青い蕾 その三

 翌日、朝。忠陽はいつものように日光を浴びて、目を覚ます。天井は白いがあの消毒はしないと思うと心が少し落ち着く。


 扉がトントンと音がする。


「陽兄、起きてよ。もう朝食の時間だよ」


 忠陽は起き上がり、扉の前へと立ち、ドアノブに手を掛けたときに、邪念を入る。もしかすると、妹もタダカゲという存在を知っていたのではないか? そう思うと、ドアノブから手が引いてしまった。


「陽兄、開けるよ?」


「起きてるよ、鏡華。後で行くから……」


「わかった。でも、私、時間だからもう行くね」


「うん、ありがとう」


「あのね、陽兄……」


 忠陽は扉越しでも分かっていた。妹は寂しそうにしている。だが、忠陽の頭から邪念は消えず、それが扉の向こうの存在を否定してしまう。


「陽兄、今日はね、今日は祝勝会……しようね」


「……ごめん、鏡華。本当に今は、気分が優れないんだ」


「……そっか。じゃあ、またにしようね。……私、行くね。体調が悪かったら無理しないで学校は休んでね」


「ありがとう……」


 扉の外では玄関に向かう足音が二つ重なっていた。その足音はどんどんと遠ざかり、そして玄関の扉が開く音がした。


「いってらっしゃいませ、鏡華様」


 鞘夏の声が聞こえ、玄関の扉が閉まる音がした。今度は忠陽の部屋へと足音が近づいてくる。その音に忠陽は心拍数を挙げていた。扉の叩く音で忠陽の胸は締め付けられた。


「陽様……」


「ごめん、鞘夏さん。今日は朝食はいらない。それと学校には行かない」


「……かしこまりました。それでは私もー」


「それは駄目だ!」


「ですが、陽様の――」


「僕は大丈夫だ! 大丈夫……だから」


「昨日から何もお食べになっていません。せめて、朝食だけでも……」


「わかったよ。後で食べるよ。だから、君は学校行ってくれ」


 鞘夏は返事をしなかった。


「頼む。これは命令だ……」


「……かしこまりました」


 忠陽は言った後に伏見の言葉が蘇る。


『彼女、君の命令なら何でも聞くやろ?』


 忠陽の中には罪悪感しかなかった。彼女に一番してはいけないことを自分はやってしまった。そう思うと足の力が抜け、扉に背を付けて、そのまま崩れていった。天井を見上げながらため息をつく。その息は天井に突き抜けるかの如く、音が鳴り響く。


 忠陽は鞘夏が学校に行った後、少し経ってから外に出るために私服に着替えた。自宅を出ると、電車に乗り、呪術研究統括庁舎へと向かう。


 呪術研究統括庁舎には忠陽の父親、忠臣が勤務している。その父親に今、自分の身に起こっていることを忠陽は問いただすつもりでいた。


 忠陽は電車に揺られながら、父親に対しての何を言うのかを考えた。だが、どうやって聞き出せばいいのかは分からない。問いただせば、自分自身の存在を否定されるようで、怖さがゆっくりと首に手を掛ける感覚に襲われる。


 中央庁舎前に近づいていく連れて、その感覚は強くなっていく。中央庁舎前駅に降り、お踊りを通って呪術研究統括庁舎へ近づいていくと、首に掛けられた手に締め付けられる感覚へと変わっていった。


 忠陽は息苦しく、呼吸が早くなった。体は普段と変わりがないのに、酸素が足りないように思え、無理に取り込もうとした。だが、むしろ息苦しさは収まらない。それが忠陽を不安にさせていく。


 忠陽は路上にあったベンチに腰掛け、息苦しさを収まるのを待った。数分経っても、戻らず、意識が遠のいていく。自然と体が傾いていくのを忠陽は感じた。


「…おい……丈夫……君……」


 忠陽はどこから声が聞こえた。だが、その前にひんやりとした感覚が頬に感じ、目の前が次第に暗闇に包まれていった。


 忠陽が目を覚ますと、白い天井が見え、消毒の臭いがした。ベットから起き上がり、カーテンの外から出ると、看護師が見えた。


「気がついたのね。もう大丈夫?」


「僕は……。ここはどこですか?」


「ここは中央病院の救急よ」


「そうですか」


「君の名前を確認するわね。お名前をお願い」


「賀茂……忠…陽」


「はい、確認しました。ゴメンなさいね。寝ている間にお財布の中を見させて頂きました」


「僕は…どうしてこんな所に居るんですか?」


「君は過換気かかんき症候群しょうこうぐんで倒れたみたいよ」


「過換気?」


「過呼吸って分かるかしら?」


「聞いたことは…」


「主には心のストレスが原因なんだけど、短時間で呼吸をしすぎって、意識障害を起こしてしまうの。今までこういったことあった?」


「いえ、今までそんなことは…」


「親御さんと連絡が取れなかったので、とりあえずは学校に連絡を取らせて貰ったわ。もうすぐで学校の先生が来てくれると思うから、それまでここで安静にしておいてね」


「いえ、もう大丈夫です。今日はこのまま家に帰ります」


「そうはいかないわ。とりあえずは学校の先生と帰りなさい」


「大丈夫です!」


 大声をあげる忠陽に看護師はのけった。


「そ、そう……」

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