第三話 学校間呪術戦対抗試合 その三

 低層ビル群が並ぶ廃墟の演習場に始まりのサイレンが鳴り響く。

 ここは運営委員会が用意した場所であり、呪術を使用しても周りに被害が及ばないために作ったものであった。だが、人の出入りが極端に少ないためか、ビル群の風化は速く、廃墟化している。


 忠陽ただはる鞘夏さやかは由美子の指示の下、ビルの屋上を飛び渡る。身体強化は魔術でも基礎であり、一般人よりも遥かな跳躍力を生み出すことができる。指定のポイントに到達すると、足を止め、屋上の物陰に隠れた。


 由美子は無言で忠陽ただはるを見ると、忠陽は式付しきふを取り出し、呪力を流し込む。すると、式付が呪力で形成されたからすに変化し、飛び立った。この鴉は忠陽の呪力によって形成された式紙しきがみであり、視覚、聴覚を忠陽と共有をしている。その共有情報は膨大であり、忠陽の力では二羽の処理するのがやっとだった。


「どう? 見つけた?」


「まだ、見つからない」


 忠陽が放った鴉は、空を勢いよく飛ぶ。辺りの闇に紛れて、鴉かもどうか分からない。まさに空で自由を得たような感覚を忠陽は体験していた。これは式紙との共有感覚によってもたらされるものだが、呪術師としてはその感覚に飲み込まれてはいけないといういましめを持ちながら操作をしていた。


 暗闇の中で淡い明かりが見えた。忠陽はそこへと近づけさせると、人の気配を感じた。鴉の目を使い、人間では近くできない暗闇から人の姿をくっきりと捉えることができた。


「見つけた!」


「どこ?」


「西の方角、距離は五百メートルくらい。人が多いわけではなさそうだね」


「相手の本拠地の可能性はある?」


「分からない。そのへん、本拠地であることがわかるような目印とかあるの?」


「ルール上はないわ。だから、わざわざ本拠地を敵にさらすようなマネはしないでしょうね」


 忠陽は式紙で探索を続けるも、相手の隠蔽いんぺいや妨害の呪術は見当たらない。


「相手の生徒会長は見当たらないようだね」


「そう簡単に見つからないようにしてるはずよ。賀茂くん、一旦、式紙を戻しなさい」


 忠陽は式紙を戻るように命じ、鴉たちとの共有感覚を遮断した。忠陽は一瞬目眩がし、体を崩すも鞘夏が体を支えた。


「大丈夫ですか?」


 心配をする鞘夏をよそに由美子は高飛車たかびしゃに言った。


「その位、できて当然よ。本部に連絡を取ってくれない?」


 忠陽は別の式付を取り出し、本部に連絡を取る。式付で行う理由は、無線であれば傍受する手立てがあるため、このやり方なら盗聴される心配が少ないためだ。


 由美子は生徒会長に偵察内容を報告した。


「西の方角か。他の部隊からの連絡はまだ来ていないが、僕らの第一拠点がもう接敵している」


「思ったよりも速いですね」


「それが困ったことに数が多いです。多分、今回は数で押して早期に優勢を取る狙いだ。できれば、本拠地を奇襲して、相手の動揺を誘いたいところなんだが……。そこは本拠地の可能性はあるかな?」


「今の情報だけでは分かりません。拠点に攻撃してみて、様子を見るのが良いかもしれません。本拠地なら人を増員するでしょうし」


「君たちだけで可能か?」


「私だけで十分です」


 自信満々な由美子は誰が見ても頼もしい。


「分かった。神宮さん、頼んだよ。でも、無理はしないくれたまえ」


 生徒会長は優しく答え、通話を切った。


「神宮さん、相手の拠点にどうやって攻撃するの?」


「狙撃よ」


「狙撃!? だって、ここから五百メートルはあるんだよ?」


「正確には狙えないけど、近くに当てることは出来るわ」


「そういうことを言ってるんじゃなくて・・・。五百メートルはあるんだよ」


 由美子はムッとした顔をして、忠陽に近づいた。


「あのね、賀茂くん! 私は出来ることをやるだけよ! 出来ないと言ってないでしょ?」


「……ごめん」


 由美子は深呼吸をして、目を閉じ、気持ちを整える。目を開けた後、見据えた先は西の方だった。左手を差し出すと、淡い光が現れ、弓を形成していく。右手は光の矢が生成された。


 そこからは綺麗な射法の一連動作が始まった。矢を弦に掛け、弓と矢を頭上に掲げたときは一つの絵を見ているようだった。ちょうど、綺麗な会が描かれたとき、不意に絵に黒い影を移す。


 忠陽が由美子の名前を呼ぶ。だが、会に入っているため、それをとっさに崩すことは出来なかった。


 忠陽は由美子を守るように黒い影との間に式付を放ち、土の壁を作り出す。黒い影は土の壁を壊し、由美子に対して迫ってきた。その一瞬に態勢を整えた由美子は矢を黒い影へ放っていた。至近距離で放たれた矢を黒い影は避けながら、後方へと逃げていた。


 影は月明かりに照らされ、その姿を顕にする。東郷高校の制服を着た女子生徒だった。黒いボブヘアが風になびく。その優しい風と真逆にその瞳は冷徹だった。手には短鞭を持っていた。


 由美子は射法を解かずに女子生徒に話しかけた。


「いい反射神経しているわね。あんな近距離で避けられるなんて」


 女子生徒は話す気はないのか、無言のままだった。


「それによくここが分かったわね」


 やはり女性生徒は答えようとはしなかった。むしろ、身構えて、由美子に襲いかかるつもりでいる。


「鴉かしら?」


 由美子の問に女子生徒は冷徹な顔のままだったが、由美子は微妙な空気を流れを感じ取った。


「賀茂くん、あなたの式紙、見破られているわよ」


「自分で言うのは何だけど、この夜であの鴉を式紙だなんて見極めるのは難しいよ」


「そうよね」


 忠陽はハッとなり、式付を取り出し、警戒心を強めた。


朝子あさこ~」


 遠くから誰かを探している声がした。


「そう、朝子さんっていうの」


 由美子の余裕の表情になのか、自分の名前を教えた声の主に対して分からないが、朝子は苛立った表情に変わった。自分を探している人間の気配を感じると、戦闘態勢を一旦解いた。


 息を切らして、ようやく朝子に追いついてきた女子生徒は現場の雰囲気を見て、呟いた。


「あれ、なんかちょっとマズった?」


「ええ、あんたのせいで名前を知られたわ。よう


「あはは、それはごめん」


「手、出さない方が良いわよ」


「わかった」


 葉は大人しく朝子の後ろに立った。


 朝子は肉食動物が獲物を狙うかのように体を低くした。左では地面に接し、右手には短鞭を持っている。その構えから一瞬にして間合いを迫ってくるのは由美子にも理解できた。


 由美子は弓と矢を空中に投げ捨てる。弓と矢は空中に霧散した。そこから腰に付けていた短い棒を取り出し、振り回すと棒が伸び、長い棒となった。それを由美子は両手で握りしめ、迎撃態勢を取る。


 朝子の口元は笑っていた。朝子の体が縮まったかのように見えた瞬間に、その場から飛んでいた。その速さが忠陽には矢や弾丸よりも速く感じた。朝子の直線的な攻撃は由美子の間合いに入った瞬間に薙ぎ払われる。その薙ぎ払いを短鞭で受けつつ、朝子は薙ぎ払われた方へと後退しつつも前へと突進してくる。


 8合受け流した後に朝子の動きは変わった。薙ぎ払いを受け流し始め、軌道は蛇のように由美子の長棒を縫いって前に進む。由美子は長棒の端の方を持っていたのを真ん中に変えて使い始めた。


 忠陽の目にはどう見ても近距離では由美子が不利になっていくのが分かった。彼女たちの動きに自身の思考回路が間に合わず、手をこまねいた。その間にも状況は刻々と変わっていく。由美子は押され続け、このままで危ないと分かったときに、忠陽は反射的に式付を放っていた。放たれた式付が圧縮された風圧を放出する。それに気づいた朝子は由美子から離れた。


 由美子はその動きを逃さなかった。自分と朝子の間を風圧が通り過ぎると同時に、長棒を端に持ち替え、間合いを一気に詰める。相手はまだ地面に接していないところを薙ぎ払う。


 朝子はそれを空中で撃ち落とし、由美子の力の反動を使って、体を回転させながら地面に降りる。その動きに由美子は奥歯を噛みしめる。


 忠陽は無我夢中でもう一枚、式付を放っていた。式付からは石礫が現れ、朝子を襲う。そのときに忠陽を襲う影が現れた。さっきまで大人しくしていた葉だった。不味いと忠陽が思った瞬間、鉄鞭で襲いかかる葉の攻撃を防いだのは鞘夏だった。


 鞘夏は無言のまま、相手の鉄鞭を警棒で弾き返し、格闘戦に持ち込み始めた。次第に葉は忠陽から遠ざかり、忠陽は由美子の助成に専念できた。


「へー。やるじゃん。朝子、この子ら強いよ」


 葉は離れている朝子に言葉を発するも、何の返事も返さなかった。


 朝子は防戦の中でも見ていたのは二人の連携だった。由美子と忠陽の連携は機能をしていない。それが不規則な攻撃の要因にもなっているが、隙が見える。由美子の攻撃というよりは自分を守るためにあるようで攻めには物足りず、そして忠陽は無我夢中で攻撃をしているようにも見える。それが未だに自分を追い詰めるには至っていないのだと判断をした瞬間に動き始めた。


 朝子は忠陽の術の隙があるところで、持っていた鉄鞭を大きく振りかぶり、形状が伸び、長い鞭へと変化し、由美子の長棒をはたき落とした。そこから地面を勢いよく蹴り、由美子を蹴り飛ばした。


 由美子はその蹴りを防ぐことは出来たが、ビル一つ分の距離を離されることになってしまった。


 朝子はそれを見ると目標を忠陽に変えた。忠陽の術を鞭ではたき落としながら距離を詰める。最後の一間合いで長い鞭を短鞭へと変え、全身に魔力を纏い、忠陽に一点集中の突きを放った。突きは忠陽の腹に直撃し、忠陽はビルの屋上建屋に叩きつけられ、そのまま倒れてしまった。


 それに気づいた鞘夏は葉との闘いを止めて、すぐに駆けつける。


「陽様!」


 由美子は忠陽の様子を黙ってみていた。


「あーあ。朝子、それはやり過ぎだって」


 葉は朝子の下に駆けつける。


「別に。ただの突きじゃない」


「あんたの突きは人を殺せると思うんだよね。救護班呼ばないと。ねぇ、そこのあんた。一旦休戦しない?」


 葉は由美子の視線が忠陽に向いているのに気づいた。


「朝子」


「分かってる」


 倒れた忠陽に介抱をする鞘夏の手が払いのけられた。忠陽の口から血がポタポタと落ちる。その口元は笑っていた。赤い唾を吐き捨て、忠陽はヨロヨロと立ち上がろうとしていた。


「良いもんくれんじゃねぇか。クソアマ!」


 忠陽の口調はあのときと同じように変わっていた。


「ったく、いつも逃げやがって……。おい、女! タダで帰れると思ってんじゃないだろうな!?」


 忠陽は朝子に対して威圧するも、表情は変えなかった。


 朝子はまた肉食動物のように低い姿勢を取ると、忠陽の間合いを一気に詰めた。鉄鞭で突こうとした時、鞘夏に撃ち落とされていた。朝子は鞘夏の顔をまじまじと見ていた。


 朝子が鞘夏に気を取れた一瞬に、忠陽は手には炎を呼び出していた。その炎で鞘夏もろとも焼き尽くそうとしていた。そこに一音とともに一本の矢が忠陽の地面を揺らす。忠陽は炎を消し去り、その場から離れた。


「あの時、女……」


「あなたには借りがあったわね。私、貸し借りは嫌いなの。返しても、いいかしら?」


「最近の女ってのは漬け上がりやがる。上等だ!」


 忠陽は式付を破り捨て、息を吹きかけ、空中にばら撒いた。ばら撒かれた式付はビルに漂い、忠陽が一拍の短手をする。忠陽の周囲以外のビルは揺れはじめ、屋上の地面のコンクリートが円錐状に隆起する。辺りは針の筵のようになっていた。そこには由美子たちの姿は見えなかった。


「ちっ。逃げられたか。鞘夏、探せ!」


「はい、陰様」

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