第三話 学校間呪術戦対抗試合 その二

 学戦当日、時刻は午後七時を過ぎていた。忠陽は演習場に着き、入り口の前で生徒会からの訓示くんじを受け、生徒は各方面へと散らばっていく。


 忠陽たちが前線へと向かおうとした時、陣中じんちゅう見舞みまいという顔をした伏見が忠陽たちを呼び止めた。伏見の後ろにはもう一人、女性の教師が同伴だった。


「いや~、忠陽くん。緊張してないか?」


 この張り詰めた空気の中、この教師だけ別の世界にいるのではないかと思った。


「ちょっと、伏見先生!」


「なんや、生徒の緊張を解してあげるのも僕らの役目やろ? 日那乃ひなのくん」


 日那乃ひなのと呼ばれた女性教師はまだ若く、新米にも見えた。グラマラスな体は着ているパンツのラインからでも分かり、綺麗な脚線を描いている。ただ、ポニーテールが幼さを感じさせた。


 その女教師はなぜか頬を赤らめて、伏見に怒っていた。


「生徒の前で、名前で呼ぶのは辞めてください!」


「君が名前で呼べっていったんやないか」


「私は公私混同しません」


「はぁー。生徒の頃の君はものすごく柔軟やったのにな。今はこんな堅物になってしもうて」


「ちょっと、何を言ってるんですか!」


夫婦めおと漫才まんざいをやりたいなら、他でやってもらえます?」


 由美子は冷たくあしらった。女性教師は違うと由美子に抗議をするものの、由美子はそれを聞いていなかった。


「なんや、姫は緊張せいへんのやな」


「あなたの顔を見て、吐き気がするわ」


「そりゃ、ええ心持ちや。気いつけや。神宮のブランドを、汚さないようにせいへんと」


 由美子への完全なる挑発。由美子はそんなのは慣れているようにだった。


「ええ、忠告通りそうならないようにするわ。賀茂君、私、先に行っているわ」


 由美子は演習場の入り口の方へと歩いていった。


「可愛げない奴やな」


「伏見先生が意地悪すぎるんですよ」


「そないなことないで。姫も僕の生徒や」


「なら、もう少し接し方を考えたほうがいいじゃないですか?」


 女性教師は伏見に詰め寄るようにして、注意していた。


「先生は、伏見先生の教え子なんですか?」


「えっ、私? まぁ、そうよ。一番弟子かな……」


 忠陽の質問に女性教師は何か恥ずかしそうに答えた。


「自己紹介がまだやったな、ふじ日那乃ひなのくん。君たちの先輩や。まぁ、学生の頃は結構やんちゃしてて、手がつけられんかったわ」


「そういう伏見先生は今と違って、冷酷れいこくな男だったじゃないですか! この人ね、初対面で私を引っ叩いのよ? 先生としてありえないでしょ」


「それは、若気の至りやがな。ほんま堪忍かんにん


 一方的に藤が昔の話を引き合いに、伏見を責め始めた。伏見にこんなにも親しい人物がいたことには驚きだった。ただ、気になることがひとつあった。


「藤先生って、うちの学校の教員ですか?」


 藤は伏見を責めるのを止めて、忠陽に答えた。


「ああ、私は東郷とうごう高校よ」


「あの、こんな所に居て良いんですか?」


「教員は、学戦のとき、運営委員をすることになるの。私と伏見先生は、学戦の中では危険な呪術を使用していないか、監視する役目。ほら、このおじさんは、呪術のこと、だけは、エキスパートだから」


 だけっていうのは余計だと小言で伏見は言った。


「危険な呪術って使われることなんてあるんですか?」


「そらあるよ。それだけ学生も本気なんや。呪術は呪いや。人を殺すためにある。だけど、君等の本分は呪術を学ぶことや。人を殺すことやない。だから、それを未然に止めるのが僕ら、運営委員の役目や」


 伏見はこういう事は誤魔化さない。呪術の本質は人を殺すための手段であること。それを思い出させる。


 藤はそんな言い方を咎めたが、忠陽の中ではすっと落ち着いてしまった。彼の言い方が直接的であっても、自分たちが何を使っているかを思い出せるのはやはり彼の役目だろう。


「まぁ、君たち学生には呪術を学ばせておいて、殺すことはダメやって言うのは矛盾しているけど、最近、僕は、呪術は人を守るためにもあるんやなと思う時がある。それは君たちの生徒おかげやで」


「京介……」


「忠陽くん。学戦は生徒が一番成長する場所でもある。だけど、気をつけや。出る杭は叩かれる」


「はい、気をつけます」

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