第二話 陰の存在 その四

忠陽が目を覚ますと、無機質な天井が見えた。自分が何故ここにいるのかが判然としない。だが、どうやら自分はベットの上にいることは間違いない。


「お気づきなられましたか?」


 声の主を探すように首を振ると、そこには鞘夏がいた。体起こそうとすると、痛みが走った。


「まだ、安静にしてください。お体に触ります」


「大丈夫、すこし痛いだけだから」


 鞘夏の手を借りように忠陽は上半身を起こした。


「ここは保健室?」


「はい」


「僕は、どうしてここに居るんだ?」


「覚えて……いらっしゃらないのですか?」


「うん。なんかよく分からないんだ。呪術勝負はしていたことは覚えているけど」


 閉じられていたカーテンが開いた。そこから伏見が現れた。


「気いついたか?」


「伏見先生……」


「悪いな。手加減したつもりやけど、やり過ぎたかもしれへん」


「神宮さんがですか? 僕、一体何で気を失ったんだろ……」


「君、覚えてへんのか?」


「ええ、全然」


「そうか。覚えてへんのか。まぁ強いショックを与えたさかい。そうや、鞘夏くん、さくら先生呼んできてくれへんか?」


「ですが……」


「頼む」


 鞘夏は忠陽を観るも、忠陽からもお願いされ、しぶしぶ保健室から出た。


「さて、忠陽くん、君にいくつか聞きたいことがある」


 鞘夏を出て行かせたときからこうなることは予想していた。


「君、ほんとうに記憶がないんか?」


「ありません。呪術勝負はどうなってんですか?」


「呪術勝負は有耶無耶うやむやや。少々厄介なことになっとる」


「どうしてですか?」


「君が姫を殺せるほどの呪術を使うたからや。それで僕が、姫を助けるために水の呪術で君を押し流した」


「僕がですか?」


「ああ、君がや。すごい威力やったでえ。あれには僕も驚いた。君が姫からの魔力弾を受けて、キレたと思ってたんやけどな」


 伏見はニコニコと笑っているが、忠陽は実感がなかった。


「君、家ではどの程度呪術を習ってたん?」


「僕は呪術の才能がなかったので、基礎までしか教わってないです。五行でも触りぐらいしか」


「ちゅうことは、君は炎なんてうまく使えんっていうわけか?」


「はい。式付をつかったとしても炎を起こせるぐらいで制御はあまり」


「君、式付なしで空間に印を書きよった。あれは相当なレベルやった」


「えっ?」


「覚えてへんということは無意識に使えたってちゅうことかな? まぁ、いまはその辺はええよ」


 自分でも呪術のレベルは分かっている。そんな式付なしで炎を生み出すなんてできるはずがない。忠陽は困惑し始めた。


「最後に、忠陰ただかげって名前は知ってるか?」


「誰ですか? その人?」


「そうか。知らんかったらええんや。忠陽くん、今回の件はちょっと口合わせしようか」


 伏見は今回の一見は予め、伏見が持っていた式付を使って、炎を出した。そして、神宮由美子を驚かせるために伏見に協力したということにしたいらしい。忠陽自身、今の自分の状況がどの様になっているのかが分かっていなかった。ただ、伏見が言ったことには従ったほうが良さそうだったので口合わせをすることにした。


 放課後になり、忠陽は家にまっすぐ帰ることにした。伏見からも今日は寄り道をせず帰宅するようにとの厳命もあったが、自身の中で今日の出来事に整理がついていないこともあった。


「忠……陽様」


 鞘夏は心配そうに忠陽の名前を呼ぶ。


「鞘夏さん、心配掛けてごめんね」


「いえ、私こそ何の役にも立てず、申し訳ございません」


「鞘夏さんが謝ることじゃないよ」


 鞘夏の様子は明らかにおかしかった。自責の念というのもあるだろうが、いつもの彼女のそういった感情ではなく、何かに怯えているようにも見えた。

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