第二話 陰の存在 その二
昼休みなり、忠陽は一人で食べようとしていた
鞘夏が作った昼のお弁当は色鮮で栄養と好きな食べものを把握していた。特に彼女が作った卵焼きは出汁もしっかりとあり、ご飯にも合う。まさに絶品と言ってもいいものだった。
二人は話すということもなく、はたから見ると熟年の夫婦のようにも感じられる。二人の存在はこのクラスでは異質に見えていた。主従関係というのが分からない生徒たちには、二人は付き合っているのか? と思わせるようでもあった。
二人と別に目がつくのが
「
「はい」
「僕らとは格が違うというか……」
「そんなことありません。
「慣れない?」
「はい」
「でも、学校で様付けはなんか変だから、我慢してください」
学校に行く前に忠陽は鞘夏に様付けをやめるようにお願いした。鞘夏は頑として断ったが、鏡華のアドバイスにより命令として言いつけたのである。鞘夏は命令に対しては忠実だと聞いた時、忠陽はどんな嫌なことでもやってのけるのではないのか心配した。
「慣れるように努力致します」
放課後になると、忠陽が鞘夏を誘う形で下校をした。
この行動は周りの生徒たちに、二人は付き合っている、そういう関係なのだということを決定的にさせたものであった。入学当初から鞘夏は少なからずとも人気があった。綺麗な黒髪と大人のような雰囲気が同学年の男子生徒の心を擽り、お近づきになりたいという欲望を沸き立たせていたからだ。学校内の同学年男子の落胆ぶりすごいものだった。
ある日、二人は生徒指導員でもある伏見に呼び出された。
忠陽は気乗りしなかった。それは呼び出されたのがあの伏見だからだ。得体も知れない、そして関わり合いをあまり持ちたくないと思う人物からの呼び出しが気乗りするはずもない。
「君等は付き合っているんか?」
伏見から他の教員が居る職員室の中で、どストレートに聞いてきた。周りはその言葉にぽかんとしていた。
「えっ?」
状況が掴めない忠陽は疑問符を残しながらも、次第に慌てだした。たしかに鞘夏は綺麗だし、女性としての魅力もあり、家庭的でもある。だけど、彼女との関係は主従関係であって、そういった感情は……という考えを巡らせているときに伏見は再度質問した。
「だから、二人はお付き合いをしているのって聞いとんや」
「いえ、そんなことはありません」
鞘夏はすぐに即答だった。
「せやけど、二人はいつも一緒に昼食を食べて、いつも下校しているって聞いとるで」
「いや、それは、あの……」
「私は
こういう時の鞘夏はなぜか頼もしい。
「使用人? なんやそういうことか。だけど、学校にそんなものを持ってくれでや。ここはそういうことは似つかわしくない。社会への学びの場であって、お貴族様の価値観なんて必要ないんや」
「それは分かっています。なるべく、そんなことがないようにさせています」
「そのさせていますっていうのがもうダメや。彼女には人権があって、彼女に自立をさせる機会を与えてるのが学校や」
妙に教師らしいことをいう伏見に忠陽は
「鞘夏くん、君は家以外では忠陽くんとの関係を頑張ってもらうで。今更やけど、君はクラス替えをしてもらう」
「そんな横暴な!」
忠陽は激高していた。
「ここは教育の場や。そんな旧世代の仕来りなんぞ、必要あらへん。鞘夏くん、君は教室に戻りなさい。忠陽くんは、まだ、ちいと話しようか」
鞘夏は不安そうな顔していたが、他の教師に促されるように職員室から出た。
「忠陽くん、君たちは周りからどう思われているか知ってるか?」
「いえ、知りません」
「周りからは二人は交際してると思われてる。そうなれば、教員は眼を光らせるのは当たり前やし、自ずと悪い噂しか聞かへんようなる」
「そんなのって……」
「主従関係であることを知ったら、余計にややこしくなることは目に見えとる。これは君のためである。だけど、一番気になるのは鞘夏くんや」
「なんでですか?」
「彼女、君の命令なら何でも聞くやろ?」
「……多分そうです」
「彼女、綺麗な人形のような眼をしてんな」
「どういう意味ですか?」
「自分ちゅーもんが無いように見えんねん」
それは忠陽も危惧していたものだ。
「ここは学校や。それに先生はお節介な生きもんでな、ああいう目のした子は助けようとする。何故だから分かるか」
「……………自分が無いからですか?」
「半分ハズレや。ああいう子は命を粗末にする。だから、教師である僕らが助けてやらなきゃいけない。旧世代前の仕来りがあったとしても、ここでは等しく同じ命や。そこのことを君には分かってほしい」
伏見の意図に気づいた時、忠陽はなにかに打ちのめされたような気がした。
「忠陽君、君には悪いけど、学校内だけでは僕らに協力してくれへんか? お願いします」
そうやって、簡単に頭を下げられるこの教師がすごい。最初は得体のしれない人間のかもしれないと思ったが、こうやって生徒のことを考えてくれる。忠陽の答えは一つだった。
「いえ、僕の方こそ協力させてください」
忠陽は深々と頭を下げた。
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