第一話 悪童
二人は庁舎を出ると、研究都市を見て回った。まずは中央部。そこには各行政庁舎が点在し、この都市の全ての管理を行う場所である。また、行政庁舎とは少し離れた所に繁華街があった。平日昼間だというのに人が溢れかえっている。
その中には高校生らしき人間を見かける。
鞘夏はこの繁華街の説明は端的に話した。その説明で彼女はこういう場所にはあまりに来ないことは何となく分かった。
「鏡華とはここには来ないんですか?」
「鏡華様はお一人でお越しになるみたいです」
「今の時間で高校生らしき人達が多いけど、ここはそういう場所なのかな」
「いいえ。ただ、学校によってカリキュラムが違いますので、お答えすることができかねます」
「そうですか。それより、なんだかお腹すきましたね。この辺で食べませんか?」
「……かしこまりました。ですが、私はこの辺りの事は、あまり存じ上げませんので、忠陽様のお口合うようなお店を…」
「そういうのは大丈夫ですよ。僕は
「ですが……」
「そうだ! もう少し歩いてみましょう。それで最初に見つけたファミレスに入りましょう」
鞘夏はかしこまりましたと言うだけであった。
数十メートルも歩かない内にジョイマックスというファミレスを見つけ、二人はそこに入った。
ジョイマックスは皇国内にチェーン店を出しているファミレスであるが、秋津島では数店舗しか進出していないところであった。
いつもとは違うファミレスに戸惑いつつも、メニューを頼み、数分後には配膳された。出されたご飯に対して話すこともなく、二人は食べることに集中し、会話がなく食べ終わってしまった。忠陽は流石に気まずくなり、料理の感想述べた。
「ここのハンバーグ、美味しかったですね」
「はい」
「…コーヒー、いりますか?」
「私が持って参ります」
二人の会話は二言三言。忠陽は鞘夏との会話が長く続かないのに戸惑った。どうすれば彼女とのもう少し会話ができるのか。その思案を遮るかのように鞘夏は次の場所へ移りましょうと提案をしてきた。忠陽はその提案を受け入れた。
店の外に出ると野次馬ができていた。野次馬達は四人の男達を中心に囲んでいる。忠陽も気になってその群衆の中に入る。
そこには三対一のケンカの真っ最中だった。四人とも素行の悪そうな青年だった。その中でチンピラと表現が似つかわしいのは三人の方である。もう一人は黒髪だったが、制服の着こなしが不良そのものだった。
「よう、てめぇ。ぶつかって謝りもしねぇのかよ」
「マジ、肩脱臼だわ。チョー痛ぇ、マジ痛ぇ」
「こりゃ慰謝料レベルってか。速く出したほうが良いじゃない?」
対する一人の男は面倒くさそうに聞いていた。
「ってか、何か答えろうよ」
「黙ってれば、許されると思ってんの?」
「ああああああん!」
「おい、ゴミクズ、さっさと掛かって来いよ」
「てめぇ、何様? もしかして、俺様ってか?」
三人は顔を見合わせて笑いあった。
「俺らを誰だと思ってんだよ?」
「泣く子も黙る
「
「
「で?」
男は
「でって、お、俺達の事、知らないのか?」
「あー、なんとか松だろ?」
「キッサマー。俺たちを、
三連松が男に飛びかかろうとした時、男は足首の爪先で二度ほど叩いた。
すると炎が男に纏わりつき、その炎は三連松の顔面を掠めた。
三連松は辺りにゴキブリのように散り散りになっていった。
「どうした? やらないのか?」
「お、お、覚えてろう!」
三連末は慌ててその場を逃げていった。
野次馬はそれを見て、笑い声を上げながら散り散りになっていた。
その時、その野次馬の隙間を縫うように、男の方に少女が近寄って行き、何か口論を始めた。
「こういう事って多いんですか?」
「あまり見たことはありません」
忠陽は見たことがないと言うよりは、こういった場所に来ることがないのだろうと思った。忠陽がその場を離れようとしたときに、背中に硬い何かがぶつかってきた。
「
忠陽はとっさに地面に手を出して、四つん這いになって体を支えた。
鞘夏はすぐに掛けより、手を差し伸べた。忠陽を立ち上がらせると同時に、後ろから押し倒した男を睨みつけた。
「あー、わりぃ……」
その声はさっきの喧嘩をしていた男だ。あまり関わり合いたくないから忠陽は穏便に済ませようとした。
「
「なんだよ! 俺だけが悪いのか? 元はと言えば、お前が……」
押し倒された人間を無視して、また二人は喧嘩をし始めている。忠陽は呆れていた。
鞘夏が差し伸べた手を取り、忠陽は起き上がった。
「
「てめぇ、怒るからだろうが!」
鞘夏は二人を睨みつけるように警戒していた。その視線を感じて、二人は謝った。
「いえ、こっちには怪我はないし、大丈夫です」
「本当にごめんなさい。
「だから、それは違うだろう。お前が俺を責めるから」
「それは喧嘩しないって約束を破ったからでしょう?」
「お二方!」
いままで聞いたこともない鞘夏の怒気を含んだ声に忠陽は驚いた。
二人共素直に謝っていた。
「そういや、あんたら学生だろ? どこの人?」
「僕は
男はそう聞くと急に肩を組み、距離を縮める。
「なんだタメなんじゃん! 俺、
「人に指ささない! よろしくね」
関わりたくないのに逃げられそうにない。絡み方が不良そのものだった。
「そういうや、
「大ちゃん!」
聞き方もかなりのソレなのだった。
「僕、お金なんて持ってないですよ。飛んだほうがいいです?」
「何言ってんだ、バーカ!」
言葉より先に手が出ていた。忠陽はものすごく頭に痛みを感じた。
「大ちゃんっ!」
「あー悪リィ、悪リィ! でもよ、なんでこんな所に来るんだ? 秋津島のほうが呪術の勉強がしやすくないのか?」
忠陽は彼が聞きたかったのは呪術師としての話だったのかと悟った。
「僕には呪術の才能はないんです。ここに来るのも、親からの命令というか……」
「なんだそれ。つまんねぇ奴だな」
大地は一気に冷めたように呟く。
「大地!」
「ワリィー。つい口に出ちまった。秋津島って言えば、名だたる呪術師の家系がいる場所だろう? 少しは期待してたのによ」
「でも、そんな僕に父さんは機会をくれました。ここで三年間やってみろって。だから、それには答えてみたいと思います」
大地はニヤリと笑った。
「へぇ、てめぇ、以外に面白いやつだな。名前は? 一応覚えておかないと」
「
「かもの? なんだ、お前。本当にボンボンじゃないか。来年からよろしくな。勢力は違うけど、俺は誰でも喧嘩を買ってやるつもりだから、頼むぜ、ボン!」
「君の期待には答えられるか分からないけど」
大地は、はにかんだいい笑顔をすると、アーケード街を歩いていった。
「ごめんなさい。ああいう性格だから敵を作りやすいんだけど、根は本当にいい人だから!」
典子は忠陽にそう言い残し、大地を追いかける。典子が追いついた後、なにかまた言い合いをしていたが、すぐに収まった。そして、忠陽に背中を見せながら手を振った。その姿は義侠の人に見え、カッコ良かった。
二人の姿が見えなくなった後、鞘夏はおもむろに口を開いた。
「
「そんなにすごい人なんだ」
「忠陽様!」
「僕はあの人、いい人だと思うよ。不良なのは間違いないと思うけど」
「でしたら、あの者とは関わり合いになるべきではないと思います」
「不良の友達なら、秋津島でも居たよ。なんか、その友達と同じ感じなんだ。正義の人、みたいな」
「忠陽様……」
その心配そうな顔を見て、忠陽は一瞬脳裏に痛みとともに何かがよぎった。鞘夏を幼くし、同じように心配した眼差しを向けていた。
「忠陽様!」
「大丈夫、ちょっとさっきの背中の痛みが頭に来てるのかも」
「それは一大事です!」
「ああ、すいません。さっきのは言葉の綾です。心配しないでください」
この都市を一通り回っていたら時間は夕暮れ時となっていた。
「もう夕暮れなので、ご自宅へご案内致します」
自宅とは忠陽の妹、鏡華が住んでいるマンションである。忠臣の話では鞘夏はそこに一緒に住んでいるらしい。
来年から自宅になるマンションは閑静な住宅街にあった。
マンションは大きく、百世帯ぐらいはあるように見える。外見は真新しく、三年前に作られたものだった。外壁は暗い中でも高級志向なものがはっきりと分かる。鏡華と鞘夏のような子供が住むような場所ではなかった。
忠陽が後で聞いた話になるが、初めは忠臣の統括部長専用の邸宅に住むことになっていたのだが、世間体を気にした鏡華がそこに住むことを拒絶したため、このマンションを借りることになったという。忠陽にしてみればこのマンションと統括部長専用の邸宅も同じように感じられた。
マンションの入口は暗証番号が必要なタイプらしい。鞘夏は間違えることなく打ち込み、ドアが開いた。中に入ると広々としたエントランスが出迎えた。装飾品はどれも傷をつけたら高そうなものばかりで、天井には大きなシャンデリアが吊るされている。もしかすると、秋津島の本邸よりも豪邸かもしれない。エレベーターに乗り、地上八階辺りで止まった。家の前はまで行くと表札には賀茂という苗字だけ表記されていた。
家に入ると、中は意外と綺麗にされていた。妹の鏡華だけが住んでいるのであれば、こんなに綺麗な感じではなかっただろうと忠陽は考えた。使用人として鞘夏の姿は想像に難くない。リビングに入ると、学校から帰って制服から着替えることもせず、ソファーに寝そべりながら間抜け面でテレビを見ている妹がそこに居た。
「只今戻りました、鏡華様」
「あ、そう」
冷たく挨拶をする鏡華。
「ご飯は?」
リモコンを取り、チャンネルを変えながら尋ねた妹の姿は何だかやるせない気持ちだった。
「今から支度しますので、七時には出来ると思います」
「ふーん。そう」
「鏡華! お前、はしたないぞ!」
鏡華はその声を聞き、サッと振り返った。
「
ソファーからすぐに起き上がり、身だしなみを整えた。
「ど、ど、どうして
鏡華はおろおろと慌て不ためている。
「父さんに呼ばれたからだ。それよりもなんだ? その格好は! 母さんが見たら泣き出すぞ!」
「別に母さんは関係無じゃない! それよりも陽兄こそ来るなら来るって連絡よこしなさいよ!」
「それは悪かったよ。でも、それとこれは別だからな!」
兄としての責任というのが忠陽に帯びていた。さっきまでの忠陽との違いに鞘夏は驚いた。
「これは、その……。別にいいじゃない、これくらい!」
「いいわけないだろう! お前は父さんと住んでいないからって、そんな調子でどうするんだ? まさか、お前、家事とか全部、鞘夏さんに任せているんじゃないだろうな? それに鞘夏さんにはいつも冷たい態度なのか?」
鏡華はそれはと言いつつ、目を逸らした。
「お前な……」
「忠陽様、それ以上お叱りになるはお止めくださいませ。私は自分で家事全般をやらせて頂けないかとお頼み致しました。私は使用人としての責務を全うしているだけです」
「そ、そうよ。鞘夏が自分からやらせてくださいと言ったから私は……」
忠陽はそれ以上言うなと鏡華を睨めつける。鏡華は開けた口をすぐに閉じだ。
「鞘夏さん、父さんから身の回りの世話をさせるとは聞いていましたが、それとこれとは別です。今の妹はだらけているだけです。あなたの仕事を奪う気持ちはありませんが、妹をこのままにしておくわけにはいかない」
「鏡華様はだらけてなどおりません。ただ、今日はたまたまだけで……」
今日一日、
「わかりました。鞘夏さんがそう言うのならそういうことにしておきます。ただ、僕がこっちに住むようになったら、そういうわけにいきません」
「うわぁー、
「なにか言ったか?」
「ううん、何でもなーい」
「いいですね、鞘夏さん?」
「は、はい」
忠陽の兄としての威厳は妹の鏡華、使用人の鞘夏には絶大なものを誇っていた。この男の強さを誇示できたのは、この場所、この時であろう。夕食には優しき兄に戻り、そして次の日に妹がウンザリするほどの心配性な兄へと変わり、秋津島へ帰っていった。
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