呪賦ナイル YA

城山古城

第一話 父と子

 数日前、忠陽ただはるは父親に呼び出された。呪術研究都市・天谷あまや市に来いと母親伝いでの連絡である。忠陽の母親はそのことを不器用で彼らしいと言っていた。


 忠陽は父親と数年前から会っていない。忠陽の父親は、呪術研究都市で呪術研究を統括する人間である。仕事も忙しく、秋津島あきつじまの本邸に戻ってくることはほとんどない。


 忠陽の記憶の中でも、父親との会話はほとんどなかった。だから、この呼び出しに気乗りしない。


 父親とは確執があるといわけではない。親子の会話というのが、数年以上も交わしていない忠陽にとって気まずさがあった。


 その様子を母親は察してか、話せなくても会えばいいのよと言った。そういうところは父親にそっくりねと笑顔でそう言う。


 忠陽の家、賀茂かもの家は呪術師の旧家であった。古来より、大和皇国やまとこうこくの呪術師として国政に関わってきたが数百年前から呪術師としては没落し始め、今は名前のみ知られているだけだ。


 数十年前だった。祖父が呪術研究を目的とした人工島「天谷あまや」の建設を始めた。


 名ばかりでも旧家であることは変わりない。祖父は呪術師として名を残させなくても、財界には縁故があり、幅広い人脈を使って、呪術師の「夢の島」を手掛けた。


 その祖父も唐突に病に倒れ、亡くなった。その後を忠陽の父親が継ぎ、人工島「天谷」を完成させたのだ。そうして、忠陽の父親は現在の地位に就いた。


 忠陽の父親にとって「天谷」は家族よりも大切なものなのだと、忠陽は思っていた。だから、本邸にも帰って来ない。帰ってきたとしても、数時間の滞在で天谷に帰ってしまう。


 当日、忠陽を乗せた飛行機が天谷空港に到着する。忠陽は自分の荷物を取り出し、到着ロビーへと向かった。


 到着ロビーの出口に人を寄越すと聞いているが、相手が自分の事をわかるのか心配だった。本当は父親とともに天谷市に住んでいる妹を寄越せよとも思ったが、学校を休ませてまで案内させるのは、妹のためにはならないことに思考が行き着き、父親に従うことにした。ただ、この空港で待ちぼうけという状況にならないでくれと心の中で祈るばかりであった。


 到着ロビーを出て、忠陽は辺りを見回した。他の人は出迎える人がおり、お互いが手を振って、自分の居場所を知らせる。互いに久しぶりに会い、存在を確認して、喜ぶ声も聞こえる。


 忠陽にはそんな人間など居なかった。肩を落としつつ、近くの椅子に座って待とうとした時、前から一人の女性が声を掛けてきた。


「お待ち申し上げておりました、はる様」


 声と同時に、自分に頭を垂れる人物を忠陽は知らなかった。


 その女性は頭を上げた。綺麗だ。その一言に尽きる。


 長い黒髪は整っていて、艷やかだ。身長は女性にしては高く、大人の魅力が見受けられた。端正な顔で一つ一つの動きにどこか気品があり、自分の妹よりもお嬢様といったように見える。只々、言葉を失い、見とれてしまっていた。


 あの、という声で忠陽は我に返った。よく見ると学生服を着ていた。


「すいません、人違いと思います。僕の名前は忠陽ですから……」


 女の子は俯き、唇を噛んだように見えた。直ぐに忠陽の顔を見直し、柔らかい口調で答えた。


「失礼致しました。賀茂かもの忠陽ただはる様。お父上、賀茂かもの忠臣ただおみ様から案内を仰せつかっております。こちらへ」


 忠陽は黙って、彼女の後を付いて行った。


 本邸にも使用人は二人居たが、彼女のような使用人がいたことは知らなかった。


 空港からタクシーに乗り、目的地へと向かった。忠陽は乗った後に、今からどこに行くのかと案内役の女の子に尋ねた。


「今から向かいます所は、この人工島の呪術研究統括庁舎です。ご存知だとは思いますが、忠臣ただおみ様はそこで、この人工島すべての呪術研究の統括を行っております」


「父さんがそんな事をやっているなんて知らなかった……」


「ご存知では、なかったのですか?」


「はい、父とはここ数年は会っていないんです。父が何をしているかなんて知りませんでした」


「左様で、ございますか……」


「そうなんです。あなたに言うのは何ですが、今から会うっていうのに、父とどう話せばいいのか、わからないんです」


「差し出がましいと思いますが、あるがままにお話されては如何でしょうか? 忠臣ただおみ様は必ず答えてくれると思います」


 女の子は頭を下げ、目線を合わせることなく言った。


 忠陽は彼女が父の良き理解者なのだろうと思った。


 そこからは二人とも無言が続き、庁舎に着くまでは一言も交わさなかった。言葉はなかったが、何故か、彼女といると、居心地がよかった。今までの憂鬱が消えるようだった。


 庁舎に着くと、統括部長室という部屋に案内された。中は想像しているより狭かった。一度、学校の校長室に入った事があるが、それに近い。入り口に近い所に応対をするための机と革張りのソファーが二つ。その奥には事務処理を行うための机がある。忠陽の父親はそこに居た。


「忠臣様、忠陽様をお連れ致しました」


「そうか。忠陽、そこに座っていろ」


 書類に何か書きつつ、冷淡に言った。


 忠陽は革張りのソファーに腰掛けた。腰をかけると沈み具合が柔らかった。案内をしてくれた彼女は忠陽の後ろに回り、立っていた。


 十数分ほど、忠臣が事務処理をするペンの音が聞こえた。忠陽はその雰囲気が居づらいと思わなかった。これはいつもの事なのだ。無機質な雰囲気、感情は無く、機械のように動く。それが自分の父親である。


 ペンを置く音がすると、忠臣は忠陽とは反対側の席に座り、相対した。


「来年、お前は高校生となる。学校はもう決まっている。この島にある翼志館よくしかん高等学校だ」


「はい」


 忠陽はここに来るまで話の一つとして想定していた。自分の意志とは関係なく、親の都合で道が決められている。そんな状況はいつものことだ。


「この都市は呪術研究の一環として、学校間呪術戦対抗試合、通称、学戦というものがある。学戦の狙いは優れた呪術者を育成するためものだ。お前もそれに参加しろ」


「分かりました」


「それだけだ。中学校を卒業したら、こっちに来い」


 忠陽は無言で頷いた。


「住まいは用意している。今は鏡華きょうかがそこに住んでいる。お前も同じ所に住んだらいいだろう」


 忠臣は事務的な連絡を一方的に話していた。それも感情が無いかのように淡々と。


「何か質問はあるか?」


「……父さん。僕には、呪術の才能はありません。父さんもそれはよく分かっているはずだと思います。それでも僕を、この島の学校に、入れるのですか?」


 忠陽には呪術の才能はなかった。使えるといっても妹の鏡華きょうかほどではなく、人並みである。


「とりあえず、三年間やってみろ」


 忠陽はえっと驚いた。


「それで芽が出なければ、お前には才能がなかったのだろう。その時は、また道を考えろ」


 言葉が帰ってきたことに忠陽は驚いた。


「聞きたいことは、それだけか?」


「はい」


 そうかと言い、忠臣は視線を忠陽の後ろに居た案内してくれた女の子に目を向けた。


「覚えているかどうかはわからないが、後ろに居るのは真堂しんどう鞘夏さやかだ。この島に来てからは鞘夏さやかが身の回りの世話をする」


 鞘夏さやかはおじきをして、よろしくお願いしますと言った。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 忠陽は手を差し伸べる。しかし、その手を鞘夏は握ろうとはしなかった。


「鞘夏、この街について案内しろ」


 鞘夏は無機質に、かしこまりましたと頭を下げた。

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