@misaki21

第1話 運

「おう、もうそんな時期か」

 強さを増した午後の日差しの照る縁側で、染みだらけの老人が潰れた声で怒鳴った。碁盤を挟んだ向かいで腕を組む頭の禿げた老人が「ああ?」と、やはり大声で返す。染みだらけの老人は夕刊をめくり『第四十二回サマーチャンス宝くじ』とある見出しを突付いた。

「うむ、チャンスくじか。しかし、わしはな、運なんぞ若い時分に使い切ってしもうたわい」

 二人はお互いの顔を見合うと、金の総入れ歯をぎらつかせて、がははと笑った。

 禿げた老人が、碁仲間の染みだらけの老人の芳しくない容体を聞きつけたのは、それから一週間後の夕食時であった。鰓(えら)の張った嫁の日課である井戸端会議のお披露目で、禿げた老人はそれを知った。

「あのおじいちゃん、まだ九九歳よ。まだこれからって時なのに、ねえ?」

 鰓の張った嫁に対し無愛想な夫は「んん」とだけ返した。禿げた老人はかびた寝具に潜り込み、隙間から差し込む明かりを頼りに、一枚の紙切れを眺めていた。先日の対局の帰りに、なけなしの小遣いで一枚だけ購入したチャンスくじである。

 一月後、染みだらけの老人が他界し、それを追う様に禿げた老人は発作的な心筋梗塞で倒れた。

 事切れる直前、禿げた老人は駆け付けた夫婦に向け握り締めたくじを突き出して「……ど! どうじゃ?」と軋るように叫んだ。夫婦は小刻みに首を振り、滑るように病室を後にした。ドアが閉まると同時に禿げた老人はひゅーと息を吐き、それが彼の遺言となった。

「……順番待ちは五万人、診察を受けられるのは十二年先だそうよ」

 鰓の張った嫁の独り言に無愛想な夫は「んん」とだけ返した。

『第四十二回サマーチャンス宝くじ。一等「治療」はなんと五本! 組違い「診察」は二十本――』


――おわり

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