絶対に喋らない隣の席の謝花さんが可愛すぎる

灯色ひろ

第1話 あなたが好きだと、伝えたい


 俺が好きになったのは、隣の席の女の子だった。


 今でもよく覚えてる。少し大きめな制服に身を包んで登校した、中学校生活初日。

 緊張しながら教室に入って自分の席順を確認し、さぁ座ろうとしたとき。


 隣の席に、とても綺麗な女の子が座っていた。


 ひょっとしたら一目惚れというやつだったのかもしれない。いや一目じゃなくても間違いなく惚れてはいたが!

 ともかく俺は彼女に視線を奪われ、しばしぼうっとしてしまった。

 そんな俺に気付いた彼女は、ニコッと優しく笑いかけてくれると、立ち上がって一枚の手紙を手渡してくれた。


『え?』


 と驚く俺に、彼女は少し照れたように微笑む。

 可愛らしい花柄の便せんには、彼女の名前と一文が記されていた。


謝花じゃはな謡耀しようといいます

 今日からよろしくお願いします』


 ペコリと頭を下げる女の子。

 中学一年生が書いたとは思えない綺麗な字と、わざわざこんな手紙を渡してくれた事実に俺はめちゃくちゃドキっとした。もちろんそれは俺にだけ当てた特別な手紙ではなく、あとでクラス全員にも手渡していたものだったけど。それでも俺は、今でもこのとき彼女がくれた手紙を大切にとっている。

 俺にとっては、この日のすべてが特別だったから。

 何よりも、隣に彼女が座っていることが特別だったのだ。


『あ……よ、よろしくっ』


 初めて俺が彼女と話したのは、そんな緊張でどもった声だったと思う。


 そんな俺に向けてくれた彼女の笑顔は、きっと生涯忘れることはない。


 だって俺は、このときからもう謝花さんのことが好きだったから!

 そしてその日に誓ったのだ!



 ──いつか謝花さんに告白する!



 そう決意したあの日から一月が経ち……半月が経ち……一年が経ち……まるで高速道路の合流が苦手でうぎゃーと叫んでいた叔母さんのように、秒速で過ぎ去ってしまう季節を見送り三年程が経った。


 そしてあっという間に今日が来た。


 ──卒業式。


 中学生活最後の日。

 桜咲き誇る春の校庭で、俺は謝花さんと向かい合っていた。。


 この三年間──結局俺は謝花さんに想いを伝えられなかった。


 ああああこのヘタレ! だから俺ってやつはダメなんだよ!

 

 思わず己の情けなさに悶えてしまった俺の前で、謝花さんが『安澄あすみくん、大丈夫? ひょっとして体調が悪いの?』と心配してくれていそうな顔で俺を見つめていた。三年間ずっと見続けてきた人だから、表情だけで何を考えているか大体はわかるようになった。

 きっと袖を通すのは最後であろう中学の女子制服に、卒業生用のコサージュを着けた謝花さん。脇に卒業証書の収まった筒を抱えたまま、とても綺麗な瞳で俺を見てくれている。


 はあ……謝花さんは今日も可愛い……。


 指通りの良さそうなサラサラの髪も、モデル顔負けの美少女すぎる小顔も、すべてが思わず抱きしめてしまいたくなるくらいに可愛い!


「ご、ごめんね謝花さん! わざわざ卒業式終わりに来てもらったのに! え、ええっとさ、じ、実はそのっ…………あ、そうそう! 写真撮ってもらえないかな!? そ、卒業記念というか! ふ、二人で!」


 謝花さんはちょっぴり驚いた顔をして、それからすぐに笑顔でうなずいてくれた。やった!謝花さんとツーショットだ!

 慌ててスマホを取り出した俺は、慣れない自撮りの要領で不器用に写真を撮った。はぁ~~~遠慮がちピースサインの謝花さん可愛すぎる! この写真は宝物にするわ!


「ありがとう謝花さん! えっと、あっ、そういえば卒業生代表に選ばれたのすごかったね! 俺、感動しちゃったよ!」


 と言っても謝花さんが直接喋ったわけではなく、謝花さんの書いた文章を代わりに担任の先生が読んでたんだけど、先生泣いてたもんな。保護者の方々も泣いてたし。クラスメイトや俺もちょっと泣いた。

 謝花さんはちょっと照れくさそうに微笑む。普段喋らない彼女だからこその“言葉”に、きっとみんな心を打たれた。


 もう、ごまかすのはやめよう。


「あの……そ、それでね! 実は俺! 謝花さんに話したいことが……!」


 謝花さんは、少し不思議そうな顔をして俺の言葉を待った。

 けど、そこまで口に出し始めたらやたら気恥ずかしくなってきて、謝花さんの顔がまともに見られなくなってきた。遠くにはまだ他の生徒たちも残っているし、なんなら校庭の隅で俺みたいなことをしてるやつもいる。ラストチャンスを掴もうとしているのかもしれない。


 思わず賞状筒を掴む手に力が入る。

 そうだ。今日が中学ラストチャンスなのに。

 いつもそうだった。ちゃんと伝えたいのに勇気が出ない。

 ひたすらに膨らみ続けてきた謝花さんへの想いは、俺の心という風船を今にも破裂しそうなくらいパンパンにしていたのに、それを渡す勇気が出ない。

 いや、違う。

 この風船を渡すことが怖いんじゃない。渡す勇気くらいは頑張ってひねり出せるはずだ。


 俺が怖いのは、その後のことだ。


 彼女はとても優しいから、きっと受け取ってはくれる。

 でも、そのとき謝花さんがとても困った顔をしていたら。

 そんなことを想像すると、風船に針を突き刺されそうな恐怖が襲ってくる。


 けど──もう逃げるのはやめだ。


 めくるめるバラ色の高校生活を送るために、今こそが男として成長するべき時なのだ!

 そうだろ安澄ゆう! 中学時代謝花さんに彼氏が出来なかっただけで奇跡なんだぞ!

 こんな聖母かってくらい優しくて女神みたいに綺麗で可愛すぎる謝花さんなんだから高校に行ったら絶対に欲深い男子どもから狙われてしまう! 謝花さんが運動部のイケメン先輩やフラフラ遊んでるどっかの大学生なんかにとられてしまう未来なんて俺には耐えられんうわあああああ絶対イヤだあああああああああ!


 ──ってハァッ!!

 また謝花さんにめちゃくちゃ不安そうな顔をさせてしまった!


「いやごめん違うんだ大丈夫! つい未来に絶望しかけちゃっただけ! えっと、えっと、あのさっ! 俺……じゃ、謝花さんに伝えたいことがあって!」


 すると謝花さんは、少し驚いたように目を大きく開いた。見間違いかもしれないが、ほんのり頬が赤らんだような気もする。


 もう彼女から目をそらさない。

 謝花さんの透き通るような瞳は、俺にとっては宝石なんかよりもずっと綺麗に輝いて見える。


 伝えよう。

 たとえ俺の風船が破れたっていいから。

 大事なのはきっと、ちゃんと想いを伝えることだ!


「謝花さん! 俺──」


 そうしてついに想いを伝えようとしたとき。

 俺の声は、自然と止まってしまった。



 謝花さんの目から、涙がこぼれていたからだ。



「……え?」



 思わず、呆然とした声が漏れ出る。

 ……謝花さん? なんで泣いてるんだ? 

 え? 俺まだ何も言ってないよな!? っていやいやそんな場合じゃないだろ!


「じゃ、謝花さん!? どうしたのっ? な、なんで泣いてるのっ!? 俺、なにかした!?」


 好きな子が泣いているところなんて初めてで、俺はどうしていいのかもわからずただうろたえるしかなかった。

 謝花さんは指で涙を拭いながらふるふると首を横に振って、少し慌てた様子でスマホを懸命に操作した。

 ぽにょん、とLINEの通知音が鳴る。

 彼女の“言葉”が届いていた。


『ごめんなさい!』

『泣いてしまったのは安澄くんのせいじゃないんです』

『ただ、この三年間のことを思い出してしまって』


「え──」


 しばらく待って、またぽにょんと可愛い音がした。

 続けて、何度か音がした。


『喋れない私をいつも助けてくれて、ありがとう』

『安澄くんと一緒に過ごせたこの三年間、とってもとっても楽しかったです』

『私にとって、すごく大切な思い出でいっぱいです』

『もう、安澄くんには会えなくなってしまうのかもしれないけれど』

『安澄くんが、これからもずっと元気で過ごせるように心から願っています』


 謝花さんが丁寧に紡いでくれた“言葉”は、ハッキリと彼女の声となって俺の中に届いた。

 あんまり嬉しくてつい泣きそうになったとき、謝花さんに“誤解”をさせてしまっているのだと気付いて俺は慌てて答えた。


「あっ、いや待って謝花さん! 違うんだっ! 実は俺──清華せいか学園に行くんだ! 同じとこ! 謝花さんと同じ高校行くんだ! だからこれからも会えるよ!」


 すると謝花さんは。

 ものすごく驚いたように呆然として、小さく口を開けたまま固まっていた。


 やがてゆっくりうつむくと……その色白な顔が、じわじわと真っ赤に染まっていった。


「うわーごめん謝花さんッ! 言うのが遅かったよねホントごめん! けど俺みたいのがまさか謝花さんと同じ高校行くなんて知っちゃったら謝花さんが引くんじゃないかなとか! もしも変に受け取られちゃったらとか考えたらなかなか言えなくてああああホントごめん恥かかせちゃったよねごめんなさいマジごめんんん!」


 いやもうホント何やってんだよ俺の馬鹿野郎~~~~~~!

 謝花さんに勘違いさせてしまったことをひたすらに申し訳ない気持ちで謝るしかなく、そうなるともはや告白なんてしている場合ではなくなってしまった。


 とにかくこの場をどうにかするために、俺は言葉をひねり出した。


「でも俺! すげー嬉しかった! 謝花さんと同じ高校受かってめっちゃ嬉しかったんだ! だってこれからも謝花さんと一緒にいられるって思って──」


 ──あれ?

 いやいや待てよ。これもう半分告白みたいなもんじゃね!?



 そんなことを思ったとき──謝花さんがうつむいていた顔を上げた。



 目が合う。


 少しだけ濡れた瞳で、謝花さんはその頬を赤らめたままじっと俺を見上げ。


 ゆっくりと、その唇を動かした。



『私も』



 心臓が、大きく跳ねた。


 謝花さんは、照れたようにまた赤くなっていく。


 彼女の声が聞こえたわけじゃない。

 もちろん俺に読心術なんて心得はない。

 でも、俺には確かにそう聞こえたのだ。


 そして確信した。

 俺の風船は、きっとまだまだ大きくなるのだろう。


「謝花さん。卒業おめでとう!」


『安澄くん。卒業おめでとう♪』


 彼女のスマホから綴られた“言葉”は、いつも俺の心を明るくしてくれる。


 大好きな彼女に、いつか絶対にこの気持ちを伝えよう。


 あなたのことが好きです──!

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