第2話 謝花さんと入学式
──私立清華学園高等学校。
その立派すぎる校舎の門前には、『入学式会場』の案内看板が立つ。
門をくぐる前に一度足を止めた俺。新品の制服は真っ新な緊張感を呼び起こし、あの日、中学の入学式のことを思い出した。期待と不安が半々くらいだった気がする。
けれど今は、あのときとは明確に違う“高揚”がある。
ポケットからスマホを取り出し、LINEを確認した。
『安澄くん、おはよう』
『今日からまた、よろしくお願いします♪』
謝花さんから今朝届いたメッセージを見返して、思わずにんまりと頬が緩む。最後に押された可愛いゆるキャラのスタンプがまたポイント高い。
──そう、今の俺には好きな人がいる。
そして、好きな人も同じ高校に来ている!
これからの3年間を夢見れば、胸が高鳴るのも自然ってもんだろう。
本当に登校中とかこの辺りで偶然謝花さんと顔を会わせて、一緒に入学式会場の講堂へ行く──なんて想像もしていたが、そう上手いことはいかなかった。しっかり者の謝花さんのことだから、きっともっと早く来ているだろうしな。
また彼女に会える。それだけでこの足はずっと軽くなる。
「よし……それじゃあ行くか……!」
同級生と思われる面々と共に学園の正門をくぐり、ついに俺の高校生活がスタートした!
広い講堂は歴史を感じさせる重厚な作りで、なんだかテレビ中継で見る国会議事堂みたいに厳かな雰囲気を持っていた。
入学パンフレットによると清華学園は創立100年を超える由緒正しい学舎で、元はミッションスクールとして始まった学園らしい。今でも校内には教会があるようで、それを知っていると立派な校舎や講堂もなるほどな、という気がしてくる。特の女子の制服がシスター服みたいな感じなのもそういうことなんだろう。
そんな講堂の雰囲気にみんなも緊張しているのか、お喋りをしているようなやつはまったくいない。ちょっと息が詰まりそうな空気の中、ようやく入学式が始まって少しホッとする。
──開会の言葉。学園長や来賓の挨拶。それから担任の先生方や職員の方々の挨拶もあったのだが、中には本物のシスターさんたちもいてちょっとテンションが上がった。
それから在校生代表として生徒会の人が立派な挨拶をしてくれたのだが、ここでふと、中学のときの謝花さんの卒業生代表挨拶を思い出した。
拍手をしながら周囲を見渡す。そういえば謝花さん、どこにも見当たらないんだよな。まぁこれだけ新入生がいるわけだし、たまたま俺の見えないところにいるんだとは思うけど、少し寂しい気持ちになる。
『それでは続きまして、新入生代表の挨拶となります』
こんな緊張する場で挨拶しなきゃいけない新入生って、ホント一番大変だよな。
そんな他人事と思いながら拍手をしていると、壇上の上手から現れた代表の姿に俺は我が目を疑った。
「──え? じゃ、謝花さん……っ!?」
思わず身を乗り出すように声が漏れ出てしまい、隣の生徒たちに「?」という顔をされた。すぐに口を塞いで「すんません!」と落ち着きを取り戻す。
いやまぁこういう挨拶って試験の成績が優秀な人とかが選ばれるらしいから謝花さんが代表になるのも納得ではあるけど。実際中学のときだってやってたわけだし。
でも、謝花さんは……!
中学卒業式のときは事情を知ってる先生が代読してくれて、生徒たちだってみんな謝花さんのことを知ってるから何も問題なかったけど、この場でそれをやって大丈夫なんだろうか? なんだあいつ、と変な色眼鏡で謝花さんを見られてしまわないだろうか!?
普段の授業中や学校生活でなら俺がいくらでもサポート出来るけど、この場ではそれが出来ない。
自身の無力さをなんだか悔しく思っていると、ふと、演台前に立った謝花さんと目が合ったような気がした。
すると謝花さんは、『大丈夫だよ』、と言ってるかのように微笑む。
ただの俺の勘違いだったかもしれないけど、それでも、俺の不安はそれだけで飛んでいった。
それから謝花さんは、その場でタブレット端末を操作し始めた。そばにいた先生がマイクのセッティングを手伝い、すぐに挨拶が始まる。
『皆様、初めまして。
この度僭越ながら新入生代表を努めさせていただきます、謝花謡耀と申します。
諸事情あり、このような形でのご挨拶となりますことをご容赦ください』
タブレットから流れてきたのはもちろん謝花さんの肉声ではなく──ボカロみたいな、いわゆるAIボイスというやつだった。
これにはさすがに一瞬ざわつく場内。しかし、その反応もすぐに落ち着く。
『春の暖かな日差しの中、この良き日に、伝統ある清華学園の学舎へ迎え入れていただけたことを大変嬉しく思います。まずは先生方やご来賓の皆様よりいただきました心からの祝辞に、新入生を代表いたしまして御礼申し上げます』
きっと謝花さんが真剣に考えたのであろう挨拶は、在校生のそれにもひけを取らないほどとてもしっかりとしていたし、よく調整されているAIボイスはまるで本当に目の前で人が喋っているようなリアルさがあった。
そして何よりも、そこにはちゃんと謝花さんの“言葉”が宿っていた。
いつもそうだ。謝花さんは口を開いて喋ることはしないけれど、手紙で、筆談で、スマホのメモ帳やLINEで、そして表情で、しっかりと気持ちを届けてくれる。
だから皆しっかりと聞き入っていたし、すべてが終わったときには自然と盛大な拍手が起きた。
謝花さんは礼儀正しく頭を下げて、その役目を立派に果たした。最後にまた、一瞬だけ目があったような気がした。
はは、やっぱり謝花さんはすごいな……!
俺の心配なんて杞憂だった。きっと謝花さんならここでも上手くやっていけるはずだ。
好きな人の立派な姿を見送りながら、俺はなんだか自分まで誇らしくなってしまった。
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