第30話 星を抱きしめる
夏休み。
百宮さんからのメッセージで招集された私たちは、屋内プールへ向かっていた。
参加メンバーは、百宮奏さん、黒瀬真緒さん、虎走碧さん、太鳳美音ちゃん、大和凜華と私、与猶ともえ。前世では、勇者と魔王、魔王軍歌姫、魔王軍魔術師、勇者軍賢者、勇者軍弓兵といういかついパーティー。とてもカオス。
黒瀬さんとふたりきりで行けばいいのに、気遣いが過ぎるな、百宮さん。
黒瀬さんは、魔力が蘇っているというから、その辺りの監視も兼ねてと黒瀬さんからのお願いでもある。
空は快晴、大きな入道雲があるだけで、きっと今日もすごく暑い。お気に入りのノースリーブを着た凜華が、朝から悩みに悩みぬいた髪型の先をくるくるとしながら、アイスグリーンのワンピースに白いカーディガンを着て、膨らませたうきわを脇に抱いた美音ちゃんに、またいらぬちょっかいを出している。
「楽しみにしすぎなのよ」
「水を差すな!」
ワイワイ言うので、「凜華だって水着を5着も買ったくせに」と美音ちゃんに加勢すると、凜華がワンと鳴いた。
「素直になればいいのに」
こそりと、凜華に美音ちゃんと仲良くするよう口添えをする。
「ともえだって、百宮さんといるのつらくない?」
凜華はまだ私が百宮さんに片思いしてると思っていて、まったく。
「私は、凜華一筋だよ」
「……はいはい」
私の何気ない言葉を「口説いている」と誤解する凜華を、逆手にとって本心を告げる。心臓はバクバク鳴るけど、凜華は気付かない。
凜華の水着ファッションショーは、私が昨夜、スマホの画面越しにひとりで堪能させていただいた。録画なんてしてないよ。凜華は細いのに出るとこが出ているから、色々はみ出そうで、無難に、短パンとビキニを推した。
「な・なんで」
しかし更衣室から出てきた凜華は、胸を一周くるりと覆い囲った大きなレースのついた肩紐のないオフショルダーの白ビキニに、紺のパンツをあわせて、大きなサングラスを付けた、どこに出しても恥ずかしくないグラビアモデルのような風体で、私は思わず目を覆った。
「選んだタンキニは!?」
「やっぱ地味な気がして」
「透けたらどうするの!」
「お母さんなの!!!!」
しかもオフショルダーって!
「泳いでる時に全部出ちゃうよ!?」
「泳がないわよ!!」
「えええ!何のためのプール!?」
「海は砂でべしょべしょになるから……?」
タンクトップに短パン姿の私に、「地味」だの言いながら、更衣室を後にするけど、色々心配で、凜華の傍を離れないことを決意した。
黒瀬さんは長い黒髪をポニーテールにして、黒いタンクトップスタイルのビキニにパーカーを羽織っている。百宮さんは、キャミソールタイプのワンピース……に見えるけどちょっとおへそが出ている短パンを履いて、サンバイザーもつけている。
ふたりとも、長い手足で、スポーティでかっこいい。もしかして、本気で泳ぐ気?ふたりは一応、デートじゃないの?と心配になる。
美音ちゃんは、胸に大きなリボンが付いている、裾がヒラヒラしている紐が交差している黒のワンピースを着ていてこの中で一番キュートだ。虎走さんはオーソドックなビキニ。すべてが大きいので、大迫力だけど妙に貫禄があって、すごい、堂々としていて、慣れてる感じがした。
「虎走は昔、ほとんど紐の衣装を着こなしていたからな」
美音ちゃんが、虎走さんを指さして、すごいことを言う。前世は全身を羽毛で覆われていた歌姫だという虎走さんは、人間の体には無頓着そうだった。虎走さんはまだこちらに敵対心──、というか人間に興味がなさそうで、完全に無視だ。お気に入りの黒瀬さんと美音ちゃんにだけ、べったりと可愛い。まるでヒョウみたい。
「凜華さん、すてき!」
百宮さんが、懐いた様子で凜華に言うので、凜華は少し感動したんだろう。アルと仲直りした時のジルのように、スンと鼻を鳴らして、腕を抱くように百宮さんにすり寄った。
「色々お騒がせしたのに、仲良くしてくれて嬉しい」
「こちらこそだよ!」
にこりとほほ笑み合うふたりは、とても愛らしかった。
「聞いて、ともえったらひどいのよ、褒める前に透けるって怒るの」
「心配してるんだよ~、凜華さん素敵だから、誰にも見せたくないんじゃない?」
「そうなの?ともえ」
「……しらない」
「照れてる、ともえさん、耳の色が赤くなってるもん」
「そうなの?ともえ、みせて!」
「……!や!やだ!!!」
「かがんでみせて!」
百宮さんは目がいい。なんだか最強タッグができつつある気が。
「ねえともえ、あなたの趣味にぴったりの衣装ね、百宮さん」
はいはい。凜華が百宮さんに片思いしてるらしいと疑ってるのも、まあもういいよと思う。だって凜華に、よい友人ができそう。それはちょっと嬉しいかもしれない。
「黒瀬さん、お騒がせしてごめんね」
謝ると、黒瀬さんはニッコリと素敵な笑顔で手を振った。
「お茶とか持ってきてるから、適当にとってね」
色々な飴やお菓子もある。ちょっと引率の先生みたいになってて、デートッポイ感じが無くて不憫になった。
「黒瀬さんとふたりきりにさせてあげようよ」
凜華に耳打ちをする。百宮さんとべったりだった凜華は、ハッとして「でも」と少し不安そうにしながら、「魔王の魔力が暑苦しいし……百宮さん大丈夫かな」凜華が小さな声で言う。見えるんだっけ。もしかして、好きな人の水着姿に、動揺してたり?まさかね。少し心配しつつ、無理やり凜華を引っ張って離れた。
こっそりふりかえると、黒瀬さんと百宮さんが手をつないでいる。かわいい。
「ちょっと」
「だってデートなのに、可哀想でしょ」
「あれって……もう、お付き合いしてるのかな?」
凜華が首をかしげる。まあ、ちょっと確かに、お付き合いLv.1って感じだ。
「たぶん。でもさ、世界征服とか、企んでる人が具合が悪くなった人用の塩飴を用意したりしないでしょ」
お茶と一緒に置いてあった飴を思い出して、凜華に言う。
「もう絶対にないよ。もしも百宮さんに不幸があったら、人間滅ぼすくらいはするかもだけど」
「こっわ」
凜華がわらう。うーん……かわいい。
私の恋心は、やはり消えるつもりはないようで、くすぶるキラキラした星の光は健在だ。
「美音ちゃんといっしょにいなくてよかったの?」
「楽しそうにしてる太鳳が見れただけで、いいの。だっていつもつまらなそうなあの子が、あんなに変わったんだもの……そう、そういうことにしたの」
「ふうん」
「あなただって叶わない恋をしてるんだもの、残り物同士、楽しみましょ」
私は、嬉しいけど……。それは、黙っていようと思ったけど、辺りの雰囲気と、湿気、それに、人混みの振動。そんな中、凜華が人に押されて、私にしがみ付いてきて、手を握った衝撃で口にだしてしまう。
「私は、凜華と一緒にいられて幸せ」
「……」
凜華の沈黙。口に出してしまってから、どうせ届かない気持ちなら、伝えるぐらいは良いだろうと思った。
「はいはい」
「水着だって本当は一番かわいいって思ってた。でも魅力的すぎるから」
「……なんか……むずむずする」
「なに」
「だって!……あなた、その、口を開くと口説く癖を直してよ」
「ねえ、凜華は、口説かれてるって思うんだ?」
「……っ」
歯切れ悪い凜華をじっと見つめる。人工のヤシの木の下で、立ち止まって、首をかしげると、凜華がそっち側から目をそらすので凜華の顔の向くほうに、顔を寄せる。
「どうなの?口説かれているように、いつもおもうの?」
「だって」
「凜華、かわいいね」
「やあだ、ふざけないで」
くすくすと笑いだす凜華に、ときめいてしまう。かわいいな。美音ちゃんのために選んだ水着なのに、占領しちゃって申し訳ない。
「だって、エストの時は、そんなこと言ったことなかったのに。でもともえは言うのよね、うんうん」
「だってエストとは違うから。凜華だってジルじゃないでしょ」
「……うん」
「エストも、ジルのことすごく愛してたよ」
「……うそ」
「世界で一番好きな人間だったよ」
「……うそでしょ?」
「本人が言うんだから、信じてよ」
凜華の表情が、どんどんと曇って来て、真っ青になった。
「エストは、そんなこと、いわない」
パッと走り去る凜華を、愚図な私はすぐに追いかけられなかった。すぐに人ごみに消えてしまって、立ち往生した。
「凜華」
名前を呼んだけど、凜華はいないまま。
しばらくさがした後、集合場所へ戻ったけど、凜華の姿はなかった。
フードコートへ行くと、美音ちゃんと虎走ちゃんがちょっとした人だかりの中、フードファイトみたいになっていた。凜華の件を聞いてみたけど、見てないという。
「ともえさん、凜華が迷惑をかけてすまない」
「ううん、見かけたら連絡して」
美音ちゃんも一緒に探してくれるというので、集合場所に1時間後と約束して、私も別の場所へ探しに出た。もしかしたら彼女たちは、魔法で凜華の居場所がすぐにわかるかもだけど、なんとなく自分の足で、凜華を見つけ出したかった。
「凜華」
声を出してみるけど、いない。
また変な輩に絡まれていて、今度は連れ去られたらどうしよう。心臓がドキンと不穏に揺れた。大人数で抱えられてしまったら、小さな凜華は攻撃力も低い。
「凜華!!」
さっきよりも、大きな声を出す。走っていると、人にぶつかりそうになるけれど、潜り抜けて、一度離れた場所へもう一度向かった。人工ヤシの木が生えているフリースペースで、もう一度凜華を呼んだ。
「凜華!!!」
ドン。
背中に違和感を覚えて、立ち止まる。あたたかな柔らかさ。
「そんなに大きな声を出さなくても、聞こえてる!」
斜に構えたような、声。凜華だ。ホッとして、心臓が動き出した。
「びっくりした、ずっとここにいたの?」
振り向こうとするけど、凜華がぎゅうっと背中に抱き着いてて、姿を確認できない。
「いたわよ、柱の影に!あなた、反対に走り出すから、動くに動けなくなって」
「なんだ、ホッとした、美音ちゃんに連絡しなきゃ」
そういうが、凜華が放してくれないので、スマホを操作できない。
「凜華?」
「……、変なこと言ってごめんなさい」
「なにが?」
「……おぼえてないなら、いい」
エストはそんなこと言わないってことかな?と思ったけど、永遠の片思いだと思っていたジルが、エストからそう言われたら──私が凜華から、「愛してる」と言われたら──きっと逃げるだろうと共感した私は黙り込んだ。沈黙は、きっと私にとってすごく価値がある。
「私がいなくなったら、いや?」
ほら、凜華がすぐに答えを用意してくれるから。私は、それに応えるだけでいい。甘えてほしいと望む凜華に、甘えてしまうのはやっぱりちょっと、ズルい気もするんだけど。
「怖いよ。それに、すごくさみしい」
「ふうん、そう……」
凜華が離れる。美音ちゃんに連絡するスマホを操作する前に、凜華の肩を抱いた。
「ちょ」
「またどっかいかれると困るから、ここにいて」
「ここって、あなた!ねえ!」
膝に座らせて、椅子に腰を掛けた。美音ちゃんに連絡すると、向こうからは「もう一緒にいることがわかってるぞ!」となにやら、含みのある返信が来た。もしかして、こちらの映像が見えてたりしないよね?魔力っていろいろできそうだな。人間は矮小だ。
「おろして!」
凜華が言ってるけど、おろす気はない。
「やっぱりここが定位置な感じがするのは、前世のせいなのかな」
「なんなのよもう、ジルは大人しくいたでしょうけど、私は違うんだからね」
「そうだね、凜華は違う。でも、もう少しだけ、心配かけた分だけ」
「んもう!」
もう少しだけ。
でもその数秒後、私は、抱きしめている凜華が、ほとんど裸みたいな布面積だってことに気付いて、凜華を膝からおろすことになるんだけど。
あと少しだけ、つかめない星を抱きしめていた。
星と金平糖 梶井スパナ @kaziisupana
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