第29話 星と金平糖
雨の音も何も聞こえない。自分の心臓の音で眩暈がした。
小さな凜華を胸に抱いていて、ハッと気づいて、離れた。
「びっ……くりしたあ」
凜華が声を上げた。気持ちがあふれてしまった気がして、私の心臓はいつもより100億倍ぐらい早く動いている。
「なに?なんのおと!?」
「え?」
「今!外からすごい音がした!」
抱きしめたことなど、欠片も気にも留めない様子で、凜華は窓越しに空を見上げた。
そうだ、好きが伝わるのは、同じ感情じゃないと。私はいっそ心臓が止まりそうなほどドキドキしながら、なにも気付いていない凜華と同じように空を見上げた。
真っ白な雲の真ん中に、ぽっかりと大きな穴が開いて、そこから、三日月が見えていた。窓を打ち付けていた豪雨はすっかりと晴れ上がり、校庭では炎が踊っていた。
星空を眺めていると、エストの気持ちがよぎった。
星座にジルを思い浮かべる。なにもかもなくなっても、ジルだけは生きていてほしいと、胸に眠るジルの髪を撫でた。
あんなに死に救いを求めていたのに、ジルだけは、と思うなんて、傲慢だと思いながら、それってやっぱり愛なんじゃない?と、苦笑してしまう。
校舎に残っていた生徒たちが続々と校庭に集まっていく。ワイワイと騒ぐ声、歌い出すようなにぎやかな声が、校舎を包み込んだ。そんなことが出来るのは、魔王の魔力しかなさそうだけど、私たちは、なぜか、ホッとしていた。
「幸せな火」
凜華が窓越しに呟く。学生たちがワイワイとはしゃいでいてお祭りのよう。
「ほんとだ、だから、恐ろしくないのか……」
「黒瀬はもしかして、魔王の身ではありえない、幸せな光景を、夢見たのかもね」
凜華とほほ笑み合う。雨がやみ、星が瞬いている。この奇跡みたいな出来事は、黒瀬さんが魔王としての力を得たってことだろうし、心配ではあるけど、世界征服や人類滅亡を企んだのなら、とっくに、学校は火の海になっているはず。黒瀬さんのそばに百宮さんがいるなら、そんなことは起こらない気がした。
「あーあ、もしかして。あとであやまらなきゃなかんじ?」
「うん、凜華、暴走してたよ。美音ちゃんのためとはいえ」
「わんわん!!!」
ぽかぽかとポメラニアンに背中を殴られたが、痛くもない。むしろ心地よい、ああそこそこ、もっと左なんて言うと、凜華が拗ねて横を向く。かわいい。
──もうこの恋に、決着をつけなきゃ。
「美音ちゃんが好き?」
問うと、凜華はハッとこちらに向いたあと、コクンと頷いた。可愛い。
「でもね、気付いただけなの。太鳳が魔王軍で、すごく不安なままなのは変わらないのに……あの子が、嬉しそうだと私も嬉しいだけ。好き度で言えば、ともえのほうがよほど!」
「自覚しただけなんだね」
好きの重さを聞きたくない気がして、凜華の声を途中で止めた。
「にゃー!」
凜華が、今度はアビシニアンになってまたポスポスと私を叩く。
私も気づいた。凜華への恋は、世界が崩壊しても消えることがない。
「そういえば、美音ちゃんに金平糖は渡せたの?」
「え?いつの話よ、とっくに食べちゃった」
結局渡せずに、ひとりで食べたことを伝えて凜華は笑う。あの金平糖はすっかり凜華の中に消えていた。
「ちょっと太ったのよ」
「次は、一緒に食べてあげるよ」
未練がましい言葉を言った気がして、心の中で懺悔する。
「ううん、次こそ、自分で渡す」
決意の凜華は、出会ったあの日より、美しい笑顔が、月明かりに輝く。
そばにいても、手に入ることはない甘い星は、凜華のよう。夕日に星に、ポメラニアンだってさ、美しいものは、全部、凜華だ。
ずっと好きだ。凜華が私を見てくれる日が来なくても、たぶん。
──ジルは、こんな気持ちだったのかもしれない。
なんて、感傷的すぎるかな。
エストの、愛情を受け止める部分の穴の開いた底を、私の代で補修したんだ、きっと。いつかの時代に、また君に逢って恋をしてもらえる日が来たら、愛し、愛されるよう大切に育てよう。
「焚き火、見に行く?」
感傷に浸る私に、凜華の笑顔が振り向いた。いつの間にか髪をポニーテールにしてる。かわいい。
「キャンプファイヤーね、いいよここで、ここのほうがよく見える気がするし」
「それもそうか。校庭、雨でぬかるんでそうだし」
「たしかに」
「久しぶりに、ともえとふたりっきりもいいものだし」
なんてかわいいことを言うから、好きだなと思ってしまうのは許してほしい。
「凜華が素敵にプロデュースしちゃうからでしょ」
「ほんとそう、失敗したかも!?ともえは、ともえのままで、さいっこうなのに!」
ぶーっと膨れる凜華は、すごくかわいい。ありがたいな、本当に心の底からそう思う。
「ううん、失敗じゃなかった。最初に凜華が言った通り、大掃除してもらった気分。うすのろなのは変わらないけど、いつか、自分が憧れる人になれたらと思えた。出来ることが増えて、自分の気持ちと向き合ったりできた。弓道も楽しいし、色々」
「ほんと?」
不安そうに見上げる凜華に微笑むと、凜華が私の袖をつかむ。
「気が向いたら、そのいろいろも、聞かせて、ともえ。私って、甘えられるの大好きなんだから」
ふざけたように、にやりと笑って、腕を組む凜華の柔らかさに笑う。
「いつか、聞いてね。凜華。それとね」
「ん?」
「私、凜華がだいすきだ」
ドキドキとつま先まで、血が巡る気がした。パチパチ目の前が弾けて、「私も好きよ」なんて笑う凜華には、絶対に伝わらない。泣きそうだと思ったけど、すごく可愛く見えて、気付いたら抱きしめていた。
当たり前みたいにぴったりと重なって、アハハと笑いあう。
「あとは、朝起きれるようになれば、最高」
「それはムリ、生まれ変わっても、むり!!」
「凜華が決めることじゃないでしょ!?」
凜華は、私の──好きな人。
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