第28話 豪雨
視聴覚室。連れてこられた百宮さんと凜華が、話しをしている姿を後ろから眺めた。凜華は、昨日の黒瀬さんの話を絡めて、百宮さんに正論をぶつける。百宮さんは、感情論だ。
百宮さんは、「黒瀬さんが大事で、黒瀬さんのためになら、自分がどうなってもいい」って、ずっと言ってる。
──それが恋じゃないなら、なんなんだろう?
「黒瀬もそうみたいよ」
凜華が言う。黒瀬さんが、憔悴しきった百宮さんのために、凜華に預けた結晶石を再結晶化することで、全ての記憶を失うことができるなら、それで良いと思っていると告げると、百宮さんはうつむいた。
凜華に結晶石を渡した時に、討伐されてもいいって言っているようなものだと、私はその時にようやく気付いた。
「優しいんだから」
その声は、愛おしいとも……、バカだなっていう響きにも感じた。
「もしかして、私たち、何度も転生してるんじゃないかしら」
凜華が言う。私たちには、何度も巡り合って、愛し合った記憶があること。
その都度失敗したから、今生では、愛し合う前に、最初から記憶を持っていたのではないか。
つまり、失敗を繰り返さない為に、記憶を思い出したというのか。
「平和な世界で、愛し合うために、生まれてきたのかもしれない」
凜華の言葉は、百宮さんの瞳を明るくさせた。そうだよ、戦うためでもなく出会ったのなら、それはもう、お互いを慈しみ合うためだけなのに、どうして気付かなかったんだろう。
「どうして、私の背中を押してくれるの?このまま記憶を封印出来たら、魔王討伐できたんじゃないの?」
百宮さんが、凜華に問いかけて、凜華が言いよどむ。恋を知ったからだなんて口が裂けても言わなそう。
「好きな人の為なら、ってやつだよ」
私が言うと、百宮さんは心底驚いた顔で凜華を見る。
「黒瀬さんが好きなの!?」
「黒瀬を好きなのは、百宮さんでしょ!?」
「いつから!?」
「しらないわよ!!」
そうだよね、恋なんていつ始まったかなんてわかる人、すごく少ないと思うんだ。思い返せば、あの時かなって、仮定をするぐらい。
私だってきっと、初めて逢った時から心を奪われていた。
ジルがエストを愛したことは失敗なんだと思っているから、今生では友人を選んだのかな?きっとそう。だって、あんなにいっぱいの愛を貰っておきながら、エストは何度も死をえらんでジルを捨てた。疲れ切ったんだ、ひどいって、自分でも思うもの。
「……記憶を消したくない人がいるのよ」
凜華が言う。百宮さんは、その言葉で、黒瀬さんに会いたくなったみたいで、ウズウズとしていたから、ふたりで百宮さんの背中を押した。
「いってらっしゃい」
それは、アルをディアのもとへ送り出す私たち、エストとジルのようで、百宮さんの瞳が、涙で少し揺れた気がした。百宮さんは、ようやく黒瀬さんの元へ走り出した。
私は、ふうとため息をついた。
「どうして?」
問われて、凜華に振り替える。
「なにが?」
凜華が、しめたカーテンをまた開けた。まだ夕方なのに外は、真っ暗だ
「ともえ、最近、すごくおちこんでない?」
突然の言葉に、心臓がドクンと鳴った。全然普通なつもりだった。普通を見せてた。凜華には、気付かれたくなかった。
「ぜんぜん元気だよ。凜華、それにしても相変わらず、私には何も教えてくれないよね」
結晶石の件も、何もかも。私は、頼りにされないのはわかるけど……凜華が望むなら、なんでもするのに。
いや、そういう考えがダメなのかな、自分から……なにかできるようにならなきゃ。
「もしかしてともえ」
「ん?」
「百宮さんのことを、好き?」
「は?」
あまりにも意味の分からない問いかけに、変な声が出た。
「だって、人類の存亡がかかってるのに、百宮さんの自由にって言うし、すごく気遣いが優しいし、百宮さんの前になると、私、毎回あなたに怒られてる」
ジルの時も、アルと私の仲を疑ったことを思い出して、私は思わずおなかを抱えて笑った。
「……ふふ、あはは!」
やはり気持ちは、言葉にしないと伝わる事なんて、ないんだな。
ハアとため息をついて、顔を覆った。
凜華に告白をしよう。
くすぶる思いを打ち明けたらきっと、凜華が誰を好きでも、親友としての役割もなくして、離れることになるのは、怖くて想像もしたくないけど、でも。
空を見上げた瞬間、豪雨が窓を打ち付ける。夏の雨は、激しく重く痛い。
「あー……これじゃ、中止ね」
雨は。
怒号のように降り続けて、私の決意を消していく。言うなってことなのかな。
「残念ね、ともえ」
「え!?」
「他の子達と約束してたんじゃない?」
告白のことかと思って、心臓が跳ねた。凜華が怪我をした後は、またあんなことが起きたらいやだから、極力女子達を避けている。凜華は気付いていないようだけど。
「凜華のためなら、世界だってどうでもいいよ、私は」
「……いつも我儘聞いてもらってるみたいじゃない……」
唸るように言ってから、凜華は大きな瞳をぱちりとゆっくり瞬きをした。愛してると告げているのに、まるで気付かない。猫みたい。
「たしかにそうね、わがまま放題だわ。プロデュースなんて偉そうに言っておいて、この髪も、私のわがままでもどしてもらったようなものね」
指先でわたしの髪をさすので、すこし屈むと、笑顔で髪をなでてくれた。サラサラと踊る。自分は好きじゃないけど、凜華のよく手入れされた指が通るこの髪は、好きだ。
外見は、どこまで内面に影響を及ぼしたんだろう。黒髪の私のままなら、凜華に告白なんて、考えもしなかっただろうか。
「ねえ、凜華はどうして、私をプロデュースしようって思ったの?」
問いかけると、凜華は一瞬ひるんだようになる。けれど、すぐに口を開いた。
「中学の入学式にね、ずっと目が奪われてたの。探し出したら真っ黒にされてたじゃない!?あれからずっと真っ黒なのは、ともえの意思だと思ってたんだけど」
「そうだね、言ってた」
──「黒く染まったぐらいで、あなたの内面の美しさは消えない」凜華の言葉が、もういちどめぐる。
「大好きなものってかわらないのね」
「好きじゃないって言ったくせに」
「ジルのときみたいにあなたが世界で唯一の宝物ってわけじゃないもの。今は、他に大事なものがいっぱいあるから。でも、ちゃんと好きよ」
ドキンと心臓が鳴った。
恋愛感情のない”好き”って残酷で、それでいて、性愛より純粋で、キラキラと光る、星のようで、瞬いて掴めない。
「ジルは、エストの、自分が消えればすべて解決するって感情を憎んで、そしてその気持ちごと、とても愛してた。エストが消えてなくなりたいと思う世界なら、ジルは、エストが幸せに暮らせる世界をつくりたいって思ってた。あなたしか、いらなかったの」
ドキンと鼓動が高まる。
「でもね、きっと好きっていろんな形がある」
ドキン。
「──髪を染められて傷ついているはずなのに、相手のことを思いやれるあなたが、とても美しく思えた。だから──私はきっと、何度生まれ変わっても、あなたを好きになる」
ああ、どうにかなりそう。
うすのろででくのぼうで、ぐじぐじしている私なのに。凜華だけは、私を見てくれる。笑ってくれる。やはりこの人生でも、凜華が、私の唯一の光なのかもしれない。
気付けば、凜華を胸に抱きしめていた。
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