第27話 どうするの

 何年かぶりに復活した、校内キャンプファイヤー当日。

 衣替えをしたばかりの生徒の多くが、遅くまで学校に残っているざわめきはあるのに、夕暮れの時間にもなると、校舎中が、ひんやりしている気がした。


 黒瀬さんが会長になったのは、キャンプファイヤーを復活させる為だったらしい。奔走している姿をよく見た。さすが前世、一国をおさめていただけある。

 

 空はあいにくの曇り空。

 凜華の腕はいつの間にか治っていた。美音ちゃんが治してくれたのかも。魔力って万能だな。


「今日こそ、百宮さんと話をする!」


 元気な凜華が言う。


 あれから、百宮さんは黒瀬さんを避け続けていて、いつでも人助けをしているような明るく朗らかな百宮さんだったのに、どこかに隠れてしまうようになった。


 私も、凜華の恋バナを少し、いや全面的に避けてた。

 今までのように「美音ちゃんが好きなんでしょ」なんてこちらがつつけば、白状するに決まっていた。


 百宮さんを探して校舎を歩く、凜華のゆれる髪をみた。


 そういえば、凜華……じゃない、ジルは探し物が得意だった。まるでゲームのように、希死念慮に囚われて、出奔してしまうエストをすぐに探し出し、死の淵から救い出していた。


 一度など、エストの無尽蔵な体力で二度と戻れない山頂で、雪に埋もれていたのに、秒で見つけられたことがあった。

 暖かな毛布にくるんで、私──エストを見つめるジル。「この天才ジル様にかかれば」などとふざけた言葉とは正反対に、瞳が濡れている。夏服のままのジルの唇が青くなっていく。


「ジルにはわからないよ、恵まれた人生を歩んでるんだから」

 エストは言う。ジルの愛情に包まれているから、ジルを傷つけるようなことを言っても平気だと思っている。

「綺麗な色」

 ジルが、エストの瞳をじっと見つめて、心の底からの愛を伝える。エストは、訳も分からず泣いた。愛の種類を知らなかったから。

 ──今なら、わかるのに。


 校舎裏の大きな木の中に、百宮さんはいた。私には、登ることはできない。

「ほら、いた、私、探し物得意なのよ」

 凜華が偉そうに言うので「知ってる」と呟く。


「ねえ百宮さん」

「……」

 暗い顔をした百宮さんはこちらをちらりとも見ない。もうかたくなに、こちらを拒んでいる目だ。


「百宮さんが、黒瀬さんのために離れるって決めたこと、わかるよ。でも、縁が離れてほんとうにいいの?」


 以前と同じことを言う。この言葉が届かないことは、知っている。百宮さんは、世界より勇者の称号よりも、黒瀬さんを選んだ。その決断を強固にするための言葉だ。

前世の時のように、どこか、一緒に滅んでしまっても良いと思っているのか、言葉がそれ以上出てこない。


「記憶を消すことが、できるかもしれないの」

 凜華が言う。

 百宮さんが、ハッとして顔を上げた。こちらを眺めると、木の上から一瞬で飛び降りてきた。瞬発力がすごい。


「どういうこと?」

「……ここではなんだから、場所を移動するわ」


 凜華が、言いよどんで、後ろを見ると、私の名前を呼ぶ女の子達がいて、申し訳ない気持ちになった。


 :::::::::::::::


 昨日にさかのぼる。


 校庭でキャンプファイヤーの準備を手伝っていた私と凜華、それに美音ちゃん。いつものように、凜華と美音ちゃんが言い争っていて、どっちが強いかみたいな話になった。

「魔王様が強い!!」

「なによ、討たれたくせに!」


 それを聞いていた黒瀬さんが、駆けつけて、私たちは生徒会室で、魔王軍と勇者軍として初めて話をすることになった。


 黒瀬さんは、愛し合ったアリューシャを殺した記憶を持っていることが分かった。全く逆、鏡合わせの記憶だ。私たちの記憶が、錯綜する。


 もしかして、何度も、生まれ変わっているということ?そのたびに魔物と人類。どちらかの存亡をかけて殺し合っているんだとしたら、確かに、今生でも──と思わないでもない。


「記憶を消せれば」


 黒瀬さんが思わずというように呟いた。百宮さんの憔悴ぶりに、一番傷ついているのは、黒瀬さんだと思った。お互いに、自分を殺した後の、最愛の恋人の状態を知ってしまったんだ。

 確かに記憶を消せたら、いつもの百宮さんに戻れる希望が見えた気がした。けれど、魔力はどうなるの?結局記憶を消したって、魔力の封印が無ければ同じでは。


「できるかもしれないわ」

 凜華が言った。

「百宮さんが持ってた水の結晶石。アレがこの世界にあるのは、本当に謎なんだけど」

 あの結晶石に込められた魔力によって私たちの記憶が呼び戻されたのではないかと凜華が言う。今半分に割れている結晶石を再結晶化できれば、記憶をすべて封印できるのではないかと……。つまりそれは、魔王の力を封印するってことだよね、その小さな結晶石の中におさまるものなの?


 もしも、記憶を封印しても、今の私たちが断片的に知りえた情報だけは残りそうだけれど、黒瀬さんは、黒瀬さんとして恋を大事にしたいから、可能性を信じて、凜華にはんぶんに割れた結晶石をすべて渡した。


 ……本人から直接聞いたわけじゃないけど、黒瀬さんはとっくに百宮さんが好きだよね、そして、百宮さんも。


 虎走さんと美音ちゃんが、黒瀬さんににじり寄る。

 魔王軍幹部らしきふたりは、魔王様の記憶が消えることがつらそうだ。虎走さんのほうは、魔王様の決断に寄ってるみたいだけど、美音ちゃんは、本当に無理っぽい。


 どうするんだろ、凜華……。


 私にできることは、割れた結晶石を前に、なにかを決意したらしい凜華のそばにいるだけ。

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