第26話 気付く

 ざわつくファミレスの店内。

 オレンジ色の店内照明光が、高い位置から降りてきて、茶色がかった百宮さんの髪を金色に染めた。まるで、アリューシャに戻ったかのような強い瞳で、私たちとも縁を切るという言葉をつづけた。

 私たちが戦わないことは、人類の死を意味するのかもしれないけれど、それが、百宮さんの答えだと知った。


 百宮さんは立ち上がって、ファミレスのドリンクバーをおごってくれると先に出てしまった。まってまって。

 うすのろな私は、足の速い百宮さんに対処できなくて、ファミレスの椅子に足が引っかかってなかなか立ち上がれなかった。


「ちょ、ちょ、ま……っ、いてて!」


 そうこうしてると凜華から21時の約束した電話がかかってきてしまって、もう百宮さんはとっくに消えてしまった。足が速い!!

「おかーさん、あの金色のおねーちゃん、足が椅子にひっかかってる」

「いたそうねえ」

 家族連れに言われて、恥ずかしい。ぐ、グズすぎる…。


 まるで魔物のツタの罠にひとりで引っかかった時のような恥ずかしさを感じながら、なんとか椅子から這いずり出て、ファミレスの通話コーナーに移動して、凜華に通話を掛け直した。


 内容はやはり、美音ちゃんがイイコって話で、分かっていたので、こっちの話をした。


「魔王を殺したことが、本当にネックになってるみたい。争いになっても、無抵抗で、死ぬ気かも知れない」

『百宮さんが、魔王を殺したのは、わかってる事なのに』

「いや過去の、アルが、でしょ。いまの百宮さんは関係ない。彼女は黒瀬さんが好きなんだよ。だからこそ、殺した罪を今、背負おうとしている。凜華が、ううん、私たちが追い詰めて、その恋を邪魔してる。昔のアルの感情に、引っ張られ過ぎてるんだ」


 思わず言ったけど、凜華は無言で、少し困ってるようだった。


『恋、か……』

「そうだよ、好きな人のこと、大事にしたいものなの、普通は」

 凜華はにぶちんだから、わからないかもしれないけど。


『わかる気がする、その人の為なら、自分なんてどうでもいいって気持ちでしょ』

 わかるの……?にぶちんのくせに?


 ドクンと胸が鳴った。

 恋が、あふれて見えたという、百宮さんが言ってた言葉が、グルグルと回る。今の凜華が、どうしてわかるの?もしかして。


『ねえ、ともえ。私、気付いたことがあって』


 たっぷりの沈黙。


「なに?」

 声が震えた気がした。

『あのね、自分でもどうしたらいいかわからないの、助けてともえ』

 少しだけはずんだ、上気した声。まって。

 ──「いやだ」声が出かけて、パクパクと黙る。


『私、太鳳のことが』


 待って、やめて、まだ気づかないで。


『聞いて、ともえ』

 聞きたくない。しってる。


『私』

「──っ」



『凜華!!!』

はきはきとした声が、凜華を呼んだ。なにかいろいろ言っている。美音ちゃんだ。冷や水をかけられたような気持ちになった。


『あ!ちょっと!勝手に入ってこないでよ、太鳳!!ごめんね、ともえ、あとでまた』


 通話はツーツーツーと三回言って、ぶつりと途切れる。

 真っ黒になった通話画面の向こうを覗けるわけもないのに、しばらく画面を見つめた。美音ちゃんと過ごしている凜華を思った。ふたりはきっと今も仲良く口喧嘩ような言い争いをしている、凜華は、気付いた気持ちを抱えて、美音ちゃんにむきあっているんだろうか。


 知ってる、凜華が、美音ちゃんを好きなことなんて。


 そうだよ、知ってる。ずっと前から。

 なのに、なんでこんな胸が痛いの?


 私は、凜華は永遠に美音ちゃんを好きなことに気付かないと思っていた。凜華の気持ちを知ってるのは、私だけだと思ってた。むしろ、気付くようにあおったりしていたのに、凜華から、想いを聞きたくないって思ってしまうなんて。


「バカみたい」


 声に出すと、さらに自分の愚かさが浮き彫りになる。

 凜華が誰を好きだと気付いていても、好きだと伝えていればよかった?

 親友なんて役割に甘んじないで、彼女を奪っていれば、こんな気持ちにならないで済んだのかな。


「私は、バカだ」

 凜華が傷つくようなことを想像して、自分が大嫌いになる。私はうすのろで、でくの坊で、醜いバカだ。


 百宮さんの決意や人類の存亡を考えるなんておこがましい。自分は、とても小さな人間だ。私を、選んでほしいと思った。


 もう一度通話がかかって来て、画面をみずに出ると、凜華ではなく兄だった。

 そして、帰国したらしい陽気な母親の声もした。


『あいたいわ!一度家に帰ってきなさいよ』


 エストの時代からは考えられない、全ての人たちから愛されている私。エストは、誰の愛も信用しなかった。愛を知らないから、誰かが与えてくれる愛をむさぼっても、自分中にある感情が、愛だって気付けなかった。今の私なら、愛の種類ぐらいは、わかるのに。


「そんなの、遅すぎるよね」

『え?』

 画面の向こうで、私の涙に気付いたらしい愛しい家族が、戸惑ったように、わあわあと私を慰めている。こんなに愛されてて、たったひとりの愛がほしいだなんて、欲張りだな。


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