第25話 恋


 21時まえのファミレスでファミリー層に囲まれながら、U字のソファの奥に私、入り口に百宮さんが座って、ドリンクバーを頼んだ。

 ラーメンを食べたばかりの胃袋に、コーヒーが染み渡る。百宮さんはバイト上がりでおなかが減ったのか、ドリアと乳酸菌飲料を、頬張っている。


「ともえさんは、本当にエストのままだね、変わらない安心感」

「実はこれ、凜華のプロデュースなんだよ。あの子、やり方が上手くないだけで本当に良い子なんだ」


 ここ半年の出来事をかいつまんで説明すると、百宮さんは驚いていた。時折挟まれる、「そういう時の黒瀬さんはね~」との賛辞に、私は頬が緩む。お互いの好きな人自慢みたいになっていることに、私だけが気付いている。百宮さんはこれで、隣の席の同級生のつもりなんだから、どっかの誰かさんみたいに、ニブチンだ。確信。


「凜華と言えば、あの子いま、怪我してるんだ」

「え」

「だからね、無理をさせたくなくて。逃げないで、話をしてあげてくれない?」

 おねがいしてみると、百宮さんはうつむく。

「……私、凜華さんを納得させるほど、黒瀬さんのこと、わからないから」

 紅茶のカップをソーサーに置いて、百宮さんは黒瀬さんを思い出すように遠くを見つめたあとゆっくりと口を開いた。


「ねえ、ともえさん。世界が崩壊しても、凜華さんを好きでいられる?」

 百宮さんの目に、明らかに動揺している私が映っている。にっこり笑うけど、他の女の子みたいに無言笑顔は効かない。

「ともえさんは、凜華さんが好きでしょう?」

「……」

 ファミレスのざわざわとした音が、やけに響いた。百宮さんは、くるりとリスのような瞳を輝かせて、そのまま、じっと私を見つめた。ごまかすわけには、いかなそう。

「凜華は、私のことなんて眼中にないよ」

 素直にそういう。

「そうなんだ。私の目には、ふたりはいまも、おなじにみえる」

 ふわりとほほ笑まれて、当たり前にそばにいた凜華がいない左側を寂しく思った。

「好きな人を滅ぼしてまで、守る世界なんか、いらないと思うよってともえさんは言うけど、平和な世界だから、選択肢がある……とは思うの」

 甘ちゃんな部分を指摘された気がして、言葉に詰まる。


「でも今は、平和なんだから、そばにいることを否定しなくてもいいとおもんだけど」

「疑っていることも、会話でつたわってしまうよ。魔王として君臨するのなら、私はきっと、彼女を殺すって仕事をしないとおさまらない」


「伝わらないよ、心なんて、見ただけじゃわからないから」

「…………うん、でもね」

 百宮さんが私をまっすぐに見て、言う。

「私が、魔王を殺した時、ディアは私だと気付いて、剣を胸に受けた」

「……」

「好きって気持ちがディアからあふれてた。声も、言葉も、仕草も。全部が、私を愛してたから、死んだの。私、また、あんな苦しみを感じたくない。こっちがどんなに思っていても、あちらが、愛を感じてさえいなければ、無抵抗にやられることは無いと思う。全力で抵抗して、闘ってくれるはず」

「……それは」


 もう黒瀬さんは、百宮さんをすきだったらどうするの。言おうとするけど、百宮さんの迫力に負けてしまう。


「もしも彼女がまた、魔王として君臨するなら私は、黒瀬さんの全てから、消えたほうがいい」

「!」

 それって。


「戦わないで、死ぬつもりってこと?」


 魔王のディアが、アルにしたことと同じじゃないか。


「話すほど、黒瀬さんは、ディアなの。私が、大好きで、──殺した、ディア」

「……」

 

「校外学習の時に、自分はこんなに可愛い黒瀬さんのこと探ってるようなことして、いまも、傷付けてしまうのかと思ったら……」

「泣いたの?」

「そう、涙が出てしまって、黒瀬さんも驚いてて……私……、どうしたらいいかわからなくて」


 

 そうだよ、大事な相手の事を思うと、泣いちゃうよね……。自分の事と重ねて、共感しちゃう。もうそれは、恋なのでは。


「私は、黒瀬さんを討伐する自分を、許せると思えない」


 ドキンとした。もしも争いが起きたら、アルと同じ最期を迎えそうな気がして。

 いやまさか。


「でもさ、逃げないでいちどむきあってみたら?縁は、割と簡単に切れるんだから、自分から手離すことはないと思うよ、黒瀬さんはいい子なんだから」

 百宮さんは笑って、でも、それには答えをくれることはなかった。イイコだからこその決断なんだろう。

 私は、さっきの答えを、探す。世界より凜華が大事だけど、確かに、崩壊した時、私たちが恋を優先せず、魔王軍と戦う以外に道があるのか。

「誰かが名乗りを上げて、魔王軍をたおすとしたら?」

「それは……。でもきっと、誰にも倒せないよ、そうだったでしょ、私たちだけに、魔物を倒す力が宿ったから、私たちにしかできなかった」


 そうだ、だから私たちは、たった三人で、魔王軍に乗り込んだんだ。いや、乗り込めたんだ。


「黒瀬さんが魔王として君臨したら、戦うために、今から離れておきたいの?それとももう、百宮さんは──」

 死ぬつもりなのと言いかけて、この平和な現世でなにを考えているのか、ちょっと、口に出すのがはばかられた。


「……」

「……わかんない、ただ、そばにいることが、つらい」


 きっと百宮さんだって、心のどこかで、もう気付いている。黒瀬さんが、誰よりも大事だから、踏み込む前に離れたいってこと。それってもう、恋だよね。落ちて行っているよね



 私の記憶の中、アルは無抵抗の魔王を殺し、幸せな世界を見ず、傷心のまま私たちのもとを去った。……。


 ふと、逆にアルが魔王に胸を貫かれている記憶が、横切る。私たちは、アルの遺体を抱えて、魔王城を去った──?


 魔王を殺したのは、本当に私たち?


 グルグルと思考が巡るけど、強い意思を持った瞳で、なにかを決意した百宮さんは、まっすぐに私を見た。


「これ以上、黒瀬さんに近づかないことにするの。本気。だから、凜華さんにもそう言っておいて。ともえさんと凜華さんのことも、忘れるから」


 結晶石を奪うとか、黒瀬さんのいいところを凜華に言うとか、そういうのは全部ナシにして、私たちとも、縁を切ろうって意思が見えて、ハッとした。

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