第24話 あふれる


 18時前、5月だというのにすっかり夏のような湿気が、肌に張り付く。ニットを脱いで、腰に巻いた。シャツ一枚になると、すこしは涼しい。黒いネクタイも緩める。


 帰宅途中、繁華街に、見知った顔を見た。

 百宮さんだ。

 声をかけると、百宮さんはハッとして、少し逃げようとしてから、唇に人差し指を当てた。

「バイトしてること、内緒ね」

 中華屋の厨房で働いていて、ゴミ出しをしてたようだ。

「店主さんが腰を痛めたから、1週間だけ手伝ってたの。今日は最終日!バイト申請って結構時間がかかるから、内緒で」

「黒瀬さんに見つかったら、まずくない?」

「生徒会長さんだもんね。会話する時もバイト先で~なんて口を滑らせそうで、ヤバイ……なんて最近は、はなしもしてないんだけど……席も離れたしね!」


 百宮さんはなにかを決意したように一度俯いたあと、私を見上げた。


「何度も来てもらって申し訳ないんだけど、私もう、黒瀬さんには関わらないことにしたの」

「黒瀬さんはね、本当に良い人で、優しくて、だから!」

「うん」

「結晶石も、黒瀬さんに渡したの。だってあれは、ディアのモノだから。私……、私は、もう」

「そうだね」

 頷くと、百宮さんはただの相槌じゃないことに気付いたみたいで、ぽかんとする。今まで凜華の後ろに立ってただけだから、きっと百宮さんは、私も凜華と同じ気持ちだって思ってたかもしれない。

「ともえさん?」

「好きな人を滅ぼして迄守る世界なんか、いらないと思うよ」


 とまどったように、こちらを見ている。金色に近いけれど、すこし茶色い髪色、青みが勝った黒い目。魔物にいつ殺されてもかまわないと思っていた私に、アルが、「どうして?」と言った時と同じ顔をしていた。

「百宮さんを追いかけたわけじゃなくて、普通に家への帰り道なんだ。きょうはちょっと、遠回りしたから、たまたま見つけただけ」

「あ」

 ふふと笑うと、百宮さんは困ったように、「ともえさんって、エスト……のままなんだ」とぼんやりいう。

 私、あんなに人のことどうでもいい感じではないんだけどと思ったけど、世界より好きな人を選べという自分は、確かに、少しだけエストに近い気がした。


「なんだか、ホッとしちゃった」

 百宮さんは、言葉とは裏腹に、困ったような顔をしている。

「エストのままってことがわかったことがだよ。凜華さんがいっぱい話しかけてくるから、私、クラスの子にあの美人はなんなの?って言われてるんだから」

「あ~~、凜華さんはすごいよね、ごめんね猪突猛進で……」

 凜華を褒められて嬉しい。えへっと笑うと百宮さんもにっこり返してくれた。


 そういえば、ジルを挟まないでアルと話したことがほとんどない。仲が悪かったわけじゃなくて、私たちはあまりに動物的すぎた。言葉よりも感覚で、火が弱くなった焚き火を見れば、火をおこすし、アルが攻めたい部分に弓を落として、魔物を何体も狩った。ジルにすこし嫉妬をされたことすらある。


 現世では、言葉を交わす必要がある。よね、たぶん。


 どうせなら、ご飯を食べて帰ろうと思って、百宮さんに問いかけた。

「なにがおすすめ?」

「え、っと、やっぱりラーメンかな!チャーシューが、とってもおいしいの!」

「じゃあそれを」

「はあい、たべてって!」

 嬉しそうな百宮さんの言うとおり、チャーシューが絶品で驚いた。


 腰を痛めていたとは思えない、威勢のいい店主さんがいて、「なんでえ、かなでちゃんのおともだちかい!たべてけたべてけ!」とチャーシュー丼までごちそうになってしまって、本当に胃がはちきれそうになった。


(きっと凜華も好きな味だな、凜華も今度連れてきてあげよ!!)

 思ってから今、凜華は好きな人と夕飯を食べているかもしれないと思って、別の意味でもグッと胸が苦しくなった。


 食べきった頃、私のためか、百宮さんはバイトを上がって、私と一緒に帰宅してくれた。


 百宮さんは言い出しづらそうに、私の横に並ぶ。

 先に、こちらからリアクションをしたほうがよさそう。

「ファミレスにでもよって、お話しない?」

 21時に凜華から、安心安全の連絡がきっと来てしまうから、凜華の家のそばのファミレスに誘ってみる。きっと百宮さんは普通の家庭の子だから、門限とかあったら、あれだけど。

「私たちは、戦友で幼馴染だったけど、今の世界では知り合って間もないから。私たちのことも知ってほしいし、私は、アルじゃなくて百宮さんの事が知りたい」


 百宮さんはなつっこい笑顔で笑うと、頷いて、お家に少し遅れる連絡をしてくれた。いいこだな。


 ファミレスに向かう道すがら、百宮さんから、黒瀬さんから貰った誕生日プレゼントの話や、皆が知らない黒瀬さんの可愛さをきく。


 ほら、好きが、あふれ出すでしょう。


「……黒瀬さんは、悪いことなんてしないよ」


 黒い瞳に、青い光。時折宿るアルの瞳に、現世のイルミネーションが映りこむ。


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