第23話 ごめんね



 いろいろな手続きをしてくれた保健の先生の車で帰宅しながら、まだちょっとぐずぐずする私に凜華が耳打ちをした。


「……さっき木材を、太鳳が風で飛ばしたのを見た」

「え?」

「魔力よ、太鳳が飛ばしたの、木材を」

「……美音ちゃんが?」

「もしかして、こちらが勇者軍だと気付いて、討とうとしているのかもしれない」


 まさか!!


 美音ちゃんは凜華が怪我した時、すごい心配そうにかけてきてたけど。凜華は見てなかったのかな!?

「もしそうだとしたら、世界征服、始まってるのかもしれないわ」

 世界征服?!!?なに言ってんの、凜華。


「私、彼女たちに直接聞いてくる!」


「けが人は!おとなしくしてて!!!」

 叫ぶと、そこは教室で、凜華がハッとして、こちらを見ていた。

「寝言?」


 週が明けて、6時間目のおわった教室。


 HRが終わって、一日のうちでも、一番目が覚める時間。ざわざわする教室の中、私は寝言で起きた私を冷静に見ている凜華に言い訳のように、前日あった出来事を夢で見た話をした。

「凜華、余計なことしないでね?」

「そういえば、犬って、最近起こったことを連続して夢に見るんですって」

 犬扱いしないでよ。わん!「アフガンハウンドね」なんて言われる。犬の種類はわからない。

 ハアとため息をついて、凜華の右手をちらりと見た。校外学習で骨折をした凜華は、金曜日の夕方から、土日、今朝まで私の家にいた。

 起きてる間は、私が凜華の面倒を見れるけど、起き抜けはやっぱり凜華のお世話になっている私は、自分の事を棚に上げて、今週はうちにいるよう、凜華に言っていた。


「……何日もは、さすがに親バレするでしょ」


 凜華の家は、あんまりご両親が帰ってくることはない。

 多分、骨折してることも、知らないんじゃないかなと思って、凜華を眺めた。


 いつもより、髪の巻きが甘い気がする。寝ぼけた私では、やはり凜華の美しさを最大限に表現できないけど。


「お世話させてよ、ね」

「……まあ、考えとく」


 スッと立ち上がり、猫のように身軽に教室を後にする凜華。

 ……トイレかな…‥…?ひとりで、出来るかな……。いやいや、それは、それはさすがに。

 するとすぐ戻ってきた凜華が、「百宮さんに逃げられてしまった」と小声で言った。


 はあ、もう。

「凜華、だぁから、おとなしくしててよ。百宮さんのことは本人の意思で」

「だって私を説得できる材料を持ってくる約束!」

「黒瀬さんのとこも、だめだよ」

「あ、彼女から聞けばいいんだ、今いたのに!もっかい行ってくる」

「だから、ダメだってば」


 聞く耳は持たない。けが人は大人しくしててよ。

 また立ち上がろうとするので、今度は引き留めた。


「なに?抱きしめて離さない気?教室よ」

「!」

 そう言って凜華が私の腰に手を回す。ふざけてるみたいな声。できないことを知ってる声。

「そんなに行くって言うなら、ここで抱きしめるよ」

 凜華は自分で言ったくせに、驚いた顔で私をポシっと押した。もしかして殴ったのかも。痛くもかゆくもない。猫パンチより柔らかい。爪で狙われたらアレだけど凜華は基本的にやさしいから、爪を出すことはない。ぽふぽふと殴られるだけだ。


「いっちゃ、だめ」

 怪我をしていないほうの手をぎゅっと握り、自分に引き寄せて、腰に手を回す。ビクンと凜華が震えた気がした。それでもいこうとする気がしたから、腰に置いた手をグッと引き寄せて抱きしめると、凜華はこわばる。けれど、私に身を預けた。小さいな、そして細い。なんで凜華が全部背負おうとするんだ。こんなに小さいんだから、私の胸におさまっておけばいいのに。


「うそよ!ねえ!お手洗い行くの!!」

「!」

 ごめん、行ってらっしゃい…‥。私は降参と、両手をあげて凜華に謝る。凜華は一度私をぎゅっと睨んだ後、ふん!と行ってしまった。


 もう、あの子ほんと……世界を憂いているんだろうけど、やり方が心配。凜華以外、いらない私にとっては、心配で仕方ない。ただの片思いだけど。


 それから、私はハッとした。

 あんなふうに凜華を抱きしめるなんて、初めてだった。しかも教室で。こんな……これが、まさか、外見が内面に引き摺られた自信?!

 ……傲慢。なにが、「ここで抱きしめるよ」だ!!!そんなものが凜華へのおどしになるものか!!!


 今頃になって、柔らかくて小さくて、それに、いい匂いがした凜華を思い出す。

 あ~~~~!!!バカ、私!ほんとばか!!なんなの!?


「ともえ様、凜華さんと、けんかしたんです?」


 机に突っ伏していた私に、後ろの席の千佳ちかが問いかけてきて、自己嫌悪の波から帰ってこれた。ちょうどほくろ側にいたので、無言で微笑んでみた。有効だったようで、それ以上問いかけてくることはなかったけど、これってけんかなのかな、全然わからないや。


 最近、凜華がいなくなると他の女の子が、そばに来ることが増えたけど、私はそっと彼女たちから距離をとった。私の態度が、凜華を傷つけることにつながるとおもった。


 凜華を心配していて、大好きで。私はひとつの結論に達してた。


 もう勇者パーティの使命なんかどうでもいいっておもってる。


 ごめんね、世界。


 もしも世界征服なんてことになっても、どうでもいいや。

 世界よりなにより、凜華が、大事だから。


 お手洗いに行くと言ってたくせに、遅いから探しにでかけたら、しっかり生徒会室にいた凜華を、私は出迎えた。

 美音ちゃんと一緒にいて、キャンキャン子犬みたいにじゃれ合っている。


「ともえ、今日は自宅に帰るわ。なんか、太鳳が……私の面倒を見てくれるって言うから、私も、魔王軍の色々を探ってみる」


 私を見つけた凜華が駆け寄ってくる。可愛い。──っていうか、今、内容が頭に届いたんだけど、え!?魔王軍の色々を探る!?!?


「ひとりで!?」

「ええ、ともえを、危険な目にあわせたくないもの」

「!」

 私も行くよと言いかけた。私がお世話をすると言った時は考えとくって言ったくせに美音ちゃんには即答!?

 けど、たぶん、凜華は──。

 凜華と、美音ちゃんを見る。美音ちゃんは、すっかり凜華のお世話係の仕事を張り切っている。


 美音ちゃんを危険視なんて、本当はしてないんだ。

 殺されそうになったと口では言っていても、本心では、美音ちゃんのことすごく信頼してる。好きだから。


 美音ちゃんのことを自分で知りたいだけ。知識欲じゃなくて。


「わかった、ほんとに、あぶないと思ったらすぐ電話して、駆けつけるから」

「ええ、そうね、21時までに連絡が無かったら、来て」


 きっと、それは、普通に美音ちゃんと楽しく過ごした定時連絡になるんだろう。私は微笑んで、ふたりを見送って、部活へ参加してから、どこか寂しい心を抱えて、帰路を歩く。

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