第22話 校外学習②
校外学習の自由時間。広場で、バレーボールと読書をした。小鳥がさえずり、木漏れ日は心地よい。和やかな5月の風……──。
さああとは、帰宅するだけとバス停へ向かう際中、睨み合うバレーボール派と読書派の女子達を前に、私は少し戸惑っていた。
「ちょっと、ともえ様に近すぎない?」
ひとりの女の子が、ドンと私の左腕に絡んでいた子の体を押しやった。
「今日は凜華さんいないんだし、いいでしょ!?」
「は?だからって、ちかいっていってんの」
いつも左側にいるはずの凜華は、今はいない。
「だってズルい!!平日だってずっとともえ様と一緒でしょ」
「悔しければ同じクラスになってみたら?!」
うーん…………。同クラVS他クラでもあるのか。言葉だけで止めてみるけど、ふたりは私にどう思われようと、お互いのことしか見えてなくて、かなり、面倒くさくなってしまった。とめどなく、押し合いがエスカレートしていく。
小屋に積んであった木材にぶつかった。さすがにそれはやりすぎだ。ぶつけられた子に、怪我をしてないか問うと、泣き出してしまったので、頭を撫でた。痛かったのだろう、抱き着かれたので、しばしそのままでいた。
木材がゆっくりと倒れていることに気付かなかった。気付いた時には手遅れで、私は自分が一番大きいことは理解していたので、押し合っていた子達を下にして身を屈ませた。
あれ……??
明らかに、おかしな風が吹いて、木材は違う方向へ飛んで行った。
「きゃあ!」
悲鳴が聞こえた。
起き上がった私は、自分の目を疑った。
木材の下には、凜華がいた。
「凜華!」
名を呼んで、走ってその場へ行くと、美音ちゃんも駆けてきた。顔面蒼白の美音ちゃんと一緒に、凜華の安否を探った。
「いたい」
凜華は冷静だが、右腕が木材の下敷きになっている。木材は硬くて重いはずという固定観念すら忘れて、木材を持ち上げてから、凜華を抱き上げた。
「ともえ」
凜華の名を呼ぶ声がしたけど、かかえて、医務室へ向かった。
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校外学習の傍の病院へ付き添っていくと、凜華は骨折をしていた。
診療所の観葉植物の横にあった茶色い長椅子で待っていた私に、凜華がなんでもないことのように告げる。
「綺麗に折れてるって」
「きれいってなに!」
驚いた私に、凜華は説明をしてくれたけどよくわからない。骨折は骨折で痛いやつでしょ!?
「シーネで固定ですって。お風呂も入れるし、すぐ治る」
「それよりもねえ、みんなの前で怪力を見せて平気だったの?ともえファンクラブの面々は目がハートマークだったから、別に平気だったかもしれないけど」
木材を持ち上げたことを今更思いだして、ああ……とおもったけれど、どうでもよかった。
「ごめんね、私が……あのこたちのいさかいをとめなかったから」
争いの発端は、私だ。私が面倒くさがって止めなかったから。私のせいで、凜華が怪我をすることになって。
「あなたが怒るなんて、珍しい」
「自分に怒ってるの!」
「ああ、自分を怒るのは、とくいよねえ」
優しげな声で笑う。無事な方の手で、私の頬を撫でる。凜華が横にそっと座った。左側が、やっと暖かくなった気がして、凜華をじっと見た。
「だ、って」
「あなたが、そんな泣きそうな顔、しないでよ」
え、私そんな泣きそうな顔をしてる?自分ではよくわからない。凜華のことが心配で、凜華が、痛いのが、本当に耐えきれない。
自分でも気づかなかったけど、本当に泣いてたみたいで、驚く。
私、凜華が怪我したことが本当につらいんだ。凜華には、平和で、幸せでいてほしいから。例え、愛されてなくたって、凜華は、私の大事な女の子だから。
「ふふ、あはは、本気で泣いてる」
「笑わないでよ」
「だって、痛いのは私なのに」
「凜華が平然としてるから、その分だよ」
「あっはは、かわいい、ありがとね」
「うう」
凜華の丁寧に手入れをされた指先が、頬を滑る。
「青い目、綺麗ね。泣いてる時、すこし色が変わるんだわ、黄色かかるみたい、興味深い」
何でもかんでも研究対象みたいな顔して、私のほっぺをなでながら見つめる。昔のジルの気持ちが、凜華の中にあるのかもしれない。べそべそ泣いている顔を見られて恥ずかしいけど、凜華が嬉しそうに涙を拭くから、また涙が止まらない。
「きれい、宝石がとけてるみたい、心配してくれてありがと」
時がとまる。凜華だって赤みががった茶色い瞳が虹色に輝いていて、すごく美しい。長いまつげも、全部、全部……。
私は、綺麗なんて言う言葉を、凜華から聞くだけで、心臓が跳ねる。
夕暮れの、誰もいない救急病院の待合室の茶色くてかたいソファーがきしむ。観葉植物、消毒液の匂い。凜華の、淡い香水の香りが近づいた。
「ともえから離れたからかなあ」
優しい凜華は、私をそっと抱きしめた。それで、また泣いてしまう。凜華は、大きな私を子どもみたいに慰めて、背中を撫でてくれた。
その柔らかな体に触れながら、凜華しかいらないってことに気付いた。
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