第41話 それぞれの未来
「リーナしゃああん!」
「マレール! いらっしゃい!」
3歳になったマレールが私をめがけて走って来たので、私は両手を広げて彼を抱きとめた。
「リーナ、お疲れ様です」
「ミア」
その後ろからミアが荷物片手にやって来る。
「今度はどれぐらい滞在できそうなの?」
「一週間くらいですかね」
「ミアの料理美味しいから、嬉しいな」
私はマレールを抱えたまま、ミアを中へと案内する。
「今日はアパタイトと一緒じゃないの?」
「はい。ユリスさんがどうしても一緒に行くって」
「だって、こんな辺境に二人だけで行かせるなんて心配でしょ?」
「ユリスさん!」
今度はミアの後ろから騎士服姿のユリスさんが現われた。
「アパタイトに乗せてもらった方が早くてむしろ安全ですよ」
「それだと私が乗れないじゃないか。いいんだよ、国境沿いもたまには視察しないといけないんだから」
「それなら後からいらっしゃれば……」
ユリスさんとミアの言い合いをマレールと見守る。
「ママ、騎士の人と仲良し?」
「うん、そうだね~」
ミアはどうかわからないけど、ユリスさんがミアに想いを寄せているのは明らかで、二人はいい感じだ。
三年前の事件後、ミアはオーウェンと離婚した。そして騎士団の協力の元、厨房で働き始めた。
オルレアンに魔物を差し向けていた国王陛下は、王位をはく奪されラヴァルの辺境に幽閉された。
ラヴァルは、オルレアンから優秀な人材を派遣し、立て直すこととなった。
ヘンリー殿下にはハンナではなく、オルレアンから皇帝陛下が選んだご令嬢が嫁ぐことになった。ハンナを始め、フルニエ伯爵家は王位簒奪の罪で爵位はく奪、国外追放になった。
実質ラヴァルはオルレアンの属国となった。
平和に慣れたラヴァルの国民たちはトップが変わろうが気にしないようだった。どこまでいっても危機感のない国。ヘンリー殿下はこれからオルレアンの厳しい監視と教育の元、その国を治めていかなければいけないのだ。
私は、エクトルさんと離婚をした。
国王陛下との戦いで聖魔法を使ったエクトルさんはその身に大量の瘴気を受けた。
彼の命を救うのを条件に、エクトルさんが皇帝陛下から許可をもぎ取ってくれたのだ。
私は浄化の聖女として、オルレアンの国境沿いの駐屯地で生活することを望み、許可された。
ここからなら、ラヴァルもオルレアンも浄化できる。
「リーナ、あの人はまだ会いに来ないんですか?」
ユリスさんと別れたミアが私に向き直り、聞いた。
「うん」
「まったく、もう三年ですよ? あなたたちは幸せになる権利があります」
私の返事にミアが怒って言った。
エクトルさんと離婚したからといって、私がオーウェンと結ばれるわけではなかった。
お互い、白い結婚だったとはいえ、何となく気をつかっている節がある。そして私は浄化の聖女、オーウェンは騎士団の隊長としての義務があった。
お互い忙しくしているうちに三年も経ってしまったのだ。
(オーウェンは、もう私のことなんて想ってくれていないのかも)
時々ミアと一緒にやって来るユリスさんから、オーウェンが活躍している話は聞いていた。
オーウェンは元々有能だ。エクトルさんの元で諜報活動もしていると聞いた。
皇弟殿下に重宝される騎士として、帝都でも密かに人気があるのだとか。
「……私もいいかげん、オーウェンを解放してあげないとね」
「リーナ……」
笑顔を作ったつもりが、しんみりとした空気になってしまう。
「あ~、きしさま~!」
マレールが無邪気に指を指したので、ユリスさんが戻ってきたのだと目を向けた。
「リーナ!」
高揚するミアの声に、私は動けない。
えんじ色の騎士服がすっかり板についている。チョコレート色の髪は遠くからでもわかる。
「お嬢!!」
私を見つけるなり、そう叫んだオーウェンの元に私は走り出した。
「リーナしゃん、どうしたの?」
「ふふ、一緒にご飯の準備してよっか」
ミアとマレールは私を見送ると、キッチンの方へと消えていった。
「オーウェン……?」
息を切らせながら彼の元へと辿り着く。
「お嬢、久しぶりです」
私に笑顔を向けたオーウェンは、見ないうちに男らしさが増していた。
「どうしたの?」
オーウェンはもう私とは別の人生を歩んでいる。もしかしたら、決別の挨拶かもしれない。
「俺、国境沿い駐屯地の責任者になりました」
「へっ……」
私の予想とは違う言葉があっさりと返ってきて、私はポカンとする。
「……喜んでくれないんですか?」
「そ、そんなことない!」
眉尻を下げるオーウェンに慌てて答えた。
「でも……オーウェンほど優秀な人材が国境沿いなんて……何で」
「フルニエ伯爵以外にもラヴァルの不穏分子を取り除く必要がありましたからね。やっとそれも落ち着いて、俺はお役御免です。かねてから希望を出していたここに配属になったというわけです。」
あっけらかんと話すオーウェンに、私の目には涙が滲む。
「でもオーウェン……あなたなら……」
その力でもっと上にも行けるし、自由にもなれる。
「三年もかかりましたが、俺はお嬢のところに帰ってくるために必死でした」
「オーウェン……でも」
「お嬢、俺の帰る場所はいつだってあなたの所です」
きっぱりとオーウェンが言う。
じりじりといつの間にか詰められた距離でオーウェンは私の腰を引き寄せた。
「お嬢、俺に褒美をください」
「ほ、褒美って……オーウェンはもう私の従者じゃないんだよ?」
顔をよせるオーウェンに恥ずかしくなり、私は横を向いた。
「アリー」
それは懐かしい呼び名だった。
オーウェンのほうに視線を戻せば、彼も泣きそうな表情をしていた。
「ずっとそう呼びたかった……アリー」
「オーウェン!!」
両親しか呼ばなかった私の愛称。私はオーウェンの胸に飛び込んだ。
「愛しているアリー。昔も今も、これからも」
私の頬に両手を添えたオーウェンが真剣な瞳で言った。
冗談でも、お芝居でもない。ずっと、ずっと聞きたかった言葉。
「俺と結婚してください」
続けたオーウェンの言葉に、私の瞳からは涙が溢れた。
「……こんな気味悪い女でいいの?」
「アリーはずっと綺麗だ。出会ったときから変わらない」
オーウェンは子供の頃からずっと変わらず私の側にいてくれた。
「もう私の側を離れないで」
「アリー……」
私たちは見つめ合ったあと、キスをした。
遠回りしたけど、私はやっと大切な人と生きていける。
夫婦になった私たちは、オルレアンとラヴァルの国境を守りながら、これからは穏やかに暮らしていく。
今度こそお互いだけを想い、大切にしながら――。
捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで 海空里和 @kanadesora_eri
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