第40話 結婚式

 眠れないまま、私は次の日を迎えた。


 逃げられないよう監視が張り巡らされた部屋で落ち着けるはずもなく。


 メイドたちがやってきて、私をあっという間に仕上げていった。


 純白のドレスに、身の回りのアクセサリーはヘンリー殿下の瞳に合わせて、オパールで揃えられた。

 

 結われた髪は、もう隠しようのないほど黒がブロンドを浸食していた。


(結婚も結婚式も、本当に好きな人とじゃないなんてね)


 鏡に映る自分にそんな皮肉めいたことを思った。


「時間だ」


 花嫁なのに、手を拘束された私は、王城内にある大聖堂へと連れていかれた。


 急な結婚式のため、列席者はいない。国王陛下とその側近だけで、あとは騎士たちが周りを固めていた。


 先に到着していたヘンリー殿下の顔を見れば、精気がない。


「息子はちっとも私の思い通りにならないからね。少し大人しくしてもらったよ」


 陛下が隣で私に囁いた。


(まさか息子にまで闇魔法を……?)


「始めろ」


 操られた新郎と、拘束された新婦。


 目の前の神官が決められた文言を述べてゆく。


「誓いのキスを」


 神官がそう告げたところで、ヘンリー殿下が私に向き直る。


「殿下……ヘンリー殿下! この、バカ王子!!」


 私を気味悪いと言ったバカ王子とキスなんて、冗談じゃない。


 私は必死にバカ王子に呼びかけた。


「無駄だ、アデリーナ」


 バカ王子の背中越しに陛下が呆れたように言った。


 抵抗するも、バカ王子にぐぐぐ、と迫られる。


 迫った王子の腰に、私は剣を見つける。


 拘束された両手で私はそれを引き抜いた。


 狙うは――国王陛下!!


 突然の出来事に陛下は動けずにいたが、彼の側の騎士がすぐに私の剣を奪った。


 騎士の突き付けた切っ先が私の顔の前でぴたりと止まる。


「アデリーナ、お前も死にたいのか……?」


 がっかりしたように私に語りかける陛下。

 そのとき、騒がしい音が近付いてきたかと思うと、


「リーナ!!」


 ドカン、という凄い音と共にアパタイトが聖堂に押し入ってきた。


「アパタイト!」


 彼に視線を向けたところで、私は陛下に腕を掴まれ、拘束される。


「魔物だ! 退治しろ!」


 陛下の命令で私たちの前には騎士たちの列ができる。


「魔物ではない。フェンリルだ」

「エクトルさん!?」


 アパタイトの背からひらりと降りたのはエクトルさんだった。


 気まずい別れだったのに、彼は助けに来てくれたのだろうか。


「皇弟殿下がラヴァルに何の用です? 勝手に入国して戦争にされたいのですかな?」

「私の妻をさらっておいてよく言います!」


 国王陛下は私をがっちり掴んだまま、エクトルさんを見据えた。


「それに、離婚は成っておりません。よって、貴国は皇族を誘拐したことになります」

「聖女欲しさに、先に我が国の王太子妃に手を出したのは貴国だろう」

「国外追放したのはそちらでは?」


 両者の睨み合いが続く。先に陛下が痺れを切らした。


「ええい! あの者を捕らえよ! 侵入者だぞ!」


 しかし騎士たちは、オルレアンの皇族だと知り、躊躇している。


「ええい! 役立たずどもめ!」


 陛下が声を上げた瞬間、黒い影が伸びるようにエクトルさんを攻撃した。


「エクトルさん!」


 アパタイトがエクトルさんを乗せて空中に避けたのを見て、安心する。


「エクトル、闇魔法だよ! 気を付けて!!」

「あれが闇魔法か……まさかあなた自身が我が国に魔物を差し向けていたとは!」


 エクトルさんは理解すると、陛下を糾弾した。


「ははは、それがどうした! 貴殿はここで死ぬのだから、関係ない!」


 私を騎士に押し付けると、陛下はエクトルさんに向かって闇魔法を発動させた。


「エクトルさん!!」


 平和ボケしたラヴァルの騎士たちは、情けないことに全員、始まった戦闘の中逃げ出していく。


 聖魔法の使い手であるエクトルさんはアパタイトに乗りながら攻撃をかわし、対向している。


 がらがらと音を立てて聖堂が崩れていく。


「きゃああ!」


 私の頭上にもがれきが降ってきたが、私を拘束していた騎士が華麗に避けてくれた。


「あ、ありがとう……あなたも早く逃げて……」


 騎士を見やれば、甲冑のマスクで顔は見えない。


「逃げるのはあなたですよ、お嬢」


 聞きなれた声に、「お嬢」という呼び方。


「……オーウェン?」


 恐る恐る聞けば、フルフェイスのマスクを外してオーウェンが顔を出す。


「――何で!?」

「あ~、団長と一緒にラヴァルまでは来たんですけど、一足先に城へ潜入しちゃいました」


 ……私の元護衛、有能すぎない?


 ぽかん、とする私の両手の拘束を解くオーウェン。


「さ、脱出しますよ」

「待って!」

「お嬢?」


 留まろうとする私に、オーウェンが不思議な顔をする。


「陛下が……私の両親を殺してた……!」

「!」

「私……私は、陛下を許せない」


 怒りで涙を滲ませると同時に、ものすごい爆音で戦いに決着がついた。


 崩れた聖堂の中、陛下がアパタイトに取り押さえられていた。


「あなたの身柄はオルレアン帝国で預からせてもらう」

「オルレアンの皇族に聖魔法の使い手だと……? そんなバカな」


 私はオーウェンの腰の剣を抜くと、陛下の元に走った。


「お嬢!」

「止めないでよ、オーウェン! 私は、この人を許せない!」

「王族殺しは重罪です。たとえ犯罪人であろうと」


 私を捕まえて正論を説くオーウェンに涙が溢れる。


「それでも……」


 涙を流す私にオーウェンが言った。


「だから、俺がやります」


 オーウェンは私から剣を取り上げると、陛下に振りかぶった。


「オーウェン!!」


 悲鳴に近い私の叫び声と同時に、キン、と音を立てて剣が空中に飛んだ。


 エクトルさんがオーウェンの剣を受け止め、払ったようだった。


「オーウェン、お前ももうオルレアンの民だ。有能な騎士をみすみす極刑にはさせない。国王の処遇は我が皇帝に任せてもらう」

「……わかりましたよ」


 オーウェンは悔しそうにしながらも、エクトルさんに答えた。


 私たちの復讐は成し遂げられなかった。でも、私はこれでよかったんだと思った。

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