25 つかの間の平穏

 バートたち冒険者集団がエルムステルを進発して二十五日。彼らは常識では考えられない勢いで妖魔共を撃破し、もはや彼らの担当地域の妖魔共の掃討そうとうは終わったと判断した。一日に三カ所の街や村を開放したことも一日や二日ではない。彼らが倒した妖魔共は正確には数えていないが、合計すれば万を優に超えているであろう。たった百人程度の冒険者たちの働きとしては、異常なほどである。

 彼らは最後の討伐後、丸一日休憩する時間を取って、人と馬を休息させたところだ。



「あたしたちはあれだけの数の妖魔共を退治できずに見逃してたんだねぇ……」


「そうね……」


「わしらの怠慢たいまんと言われても仕方ないのう……」


「そうだね……いくらなんでもあそこまでの数の妖魔がこの地域にいたとはね……」


「まああんたたちの責任じゃないさ。妖魔共を討伐するのは領主と騎士団の仕事なんだからさ」


「そうなんだけどねぇ……」



 リンジーたちこの地の冒険者たちは悔やんでいるが、彼女らを責めるのも酷であろう。冒険者は基本的に依頼を受けて動くものなのだから。



「まあでもお嬢さん。あの時はお嬢さんの家族に声をかけることはできなかったし、よければ帰りに村に寄るけど、どうだい?」


「その程度ならそれほど時間を浪費せずに寄れるだろう」


「ありがとうございます。でも大丈夫です。私は家出同然に出てきたんですし……」


「そうか。気が変わったら言ってくれればいい」


「はい。ありがとうございます」



 ホリーの村には妖魔共は来ておらず、冒険者たちは素通りするだけだった。彼女は家族に会っていきたいとも思ったけれど、緊急を要する任務中だと我慢した。応対した村人は勇ましい格好をしたホリーに驚いていた。ヘクターとバートの気遣いはありがたいけれど、百人もの冒険者たちを自分一人のために寄り道させるわけにもいかないとあきらめた。




 そしてエルムステルへの帰還途上の昼、ホリーたちはきれいな泉で水浴びをしている。普段は行水して布で体をくのがせいぜいだから、水浴びは冒険者たちにとって格好の娯楽だ。



「馬鹿な男共がのぞきに来てないだろうね?」


「大丈夫。いないわよ。見張りはしておくから、交代の時は声をかけてね」


「あいよ」



 今は女性陣の番だ。冒険者集団にはホリーを入れて女性は十八人いる。彼女らは水浴びをする時は男連中が覗きをしないように交代で見張りをする。冒険者たちには精神的にも健康な男が多いのだから、そういう欲求があるのも仕方が無いのだろう。覗きに来て見つかれば酷い目にうのは間違いないが。



「まあでもホリーもたいしたものだね。あんたのおかげで命拾いした奴も何人もいるんだし」


「そうよね。あなたの年でこれだけの神聖魔法が使える神官はそうはいないと思うわよ?」


「い、いえ。私はこれしかできませんから。皆さんに守ってもらっていますし……」


「あっはっは! それは役割分担って奴さ!」



 ホリーは冒険者たちから一目置かれている。彼女の治癒魔法は普通の一人前の神官レベルだからそれなりなのだけれど、それが理由ではない。彼ら冒険者集団がここまで迅速な行動をできたのは、彼女がいたからこそだったからである。

 彼女が大規模な浄化の炎で速やかに妖魔共の死体を焼却するからこそ、彼らはこれほどの強行軍ができた。彼女がいなかったら死体の焼却にはもっと時間がかかり、せいぜい一日に二カ所が限界だっただろう。ホリーは今でも妖魔共を虐殺しなければならなかったことを悲しく思っているのだけれど。



「ふふ。あなたはたいしたものよ。謙遜けんそんする必要なんかないわよ? あなたはたぶん聖女なのでしょうから」


「い、いえ……」



 そしてシャルリーヌたちは確信しつつあった。ホリーは聖女だと。ホリーが聖女ならば、冒険者たちが実力以上の力を発揮できたことと、これだけの強行軍をしながら人も馬も奇妙に疲労が少ないことも説明できると。そして他の冒険者たちも戦ううちにそのような疑惑をいだいて噂していたため、バートたちは口止めをした。ホリーからすれば、バートとヘクターや冒険者たちの無事を善神ソル・ゼルムに祈っていただけなのだけれど。

 体を水で流しているホリーにリンジーが話しかける。



「ところで、ヘクターには誰かいい人はいるのかい?」



 リンジーの体は戦士なのに傷跡もなくきれいなものだ。それは彼女がこれまで傷を負わなかったことを意味するのではない。治癒ちゆ魔法を使うと、傷跡も残さず治癒できるのだ。自然治癒に任せた場合は傷跡も残るが。

 周りの女冒険者たちもその言葉に耳をそばだてる。ヘクターは人格的に好ましく顔も精悍せいかんでしかも強いと、女性にもてない要素はない。一方バートは顔立ちは整っているものの、いつも無表情で性格もとっつきにくいから、女性にもあまり人気はない。

 これまでは気が張り詰めてこういった会話も気軽にはできなかったのだが、彼女らにも余裕ができたのだろう。次の日には自分や仲間が死んでいるかもしれない任務の最中だったのだから。幸いこの任務中、冒険者たちには犠牲者は出なかった。たとえ相手が下等な妖魔共とはいえ、敵は常にこちらの倍以上はいるという状況で、それは奇跡とも言えることであった。負傷者こそいたが、彼らもホリーやニクラスたち治癒魔法の使い手によって傷跡もなく治っている。



「どうなんでしょう? 私もヘクターさんたちとは長い付き合いじゃなくて、皆さんとたいしてかわりませんから、わかりません」


「そうかい」



 リンジーは落胆したような希望を持ったような複雑な様子だ。そんな様子の女冒険者は何人もいる。

 次はシャルリーヌがホリーに矛先ほこさきを向ける。



「そういうあなたはバートにかれているのかしら? いつも一緒にいるし」



 その言葉にリンジーたちも興味津々きょうみしんしんという様子になる。冒険者の彼女たちにとっても、他人の色恋沙汰いろこいざたは格好の娯楽ごらくだ。彼女たちは密かに賭けをしている。バートはホリーとシャルリーヌのどちらを選ぶのかという。賭けに勝っても少し豪華に買い食いができる程度のかわいらしい賭けではあるが。



「……わかりません。私がバートさんと一緒にいたいと思っているのは確かでしょうけど……」


「そう」



 ホリーは本当にわからなかった。自分がバートに恋をしているのか、そうではないのか。シャルリーヌはその彼女を優しく見つめ、それ以上の追求はしない。

 リンジーたちもこの話はここまでと、水浴びを再開する。彼女らも年若い少女のほのかな恋心らしきものをはやし立てるほど野暮やぼではなかった。

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