24 オーガの将ゲオルクの望み

 軍師ギュンターの思惑おもわくは、妖魔共の間引まびきだけではない。妖魔共を間引きするだけならば、ゲオルクとアードリアンほどの将をその任にあたらせる必要はない。



けいらの任務は妖魔共の間引まびきだけではない。旧王国領の後方地域の撹乱かくらんも命ずる」


「と言うと?」


「フィリップ・ヴィクトリアス率いる帝国軍は精強だ。だが旧王国領の後方地域で混乱が起きれば、兵力をいくらか後方に下げざるをえまい。彼は旧王国領の全体の統治をしなければならないのだからな」


「帝国領から増援が来て、前線の兵は動かない可能性もありますが?」


「それはそれで帝国領に我らが手を出すすきができることを期待してもよかろう」



 軍師ギュンターは一石二鳥を狙っている。正面の敵が強いならば弱体化させれば良いと。ゲオルクのように強い敵と正面から戦うことを望む魔族も多いが、ギュンターは勝ちやすい状況を用意するのが軍師たる自分の役目だと心得こころえている。強力な敵と正面からぶつかれば、味方の被害が増えてしまうのであるから。

 ゲオルクもアードリアンも将として有能であるから、ギュンターの思惑おもわくも理解した。その上で彼らも計画に不備はないか問いかけをする。



「ふむ……だが妖魔共だけでそれだけの働きができるか? 早期に掃討されれば、後方に下がった兵力も前線に戻るであろう」


「無理であろうな。であるからけいらにはそれぞれ五百ほどの兵を率いて、旧王国領後方地域に潜入してもらう。妖魔共の直接指揮をする者は別に付ける。帝国軍に察知されぬように小集団に別れて、現地で合流せよ。この任務は卿らならそれができる統率力があると期待してのことである」



 敵地でそんなことをするのは恐ろしく困難だ。だがギュンターはこの二体ならそれもできると確信している。それに旧王国領東方地域のフィリップ・ヴィクトリアスの統治が行き届いている地域さえ通過すれば、障害はないも同然だろう。



「物資はどうします? 敵地に奥深く侵入するとなれば、輸送隊を編成するわけにはいきません」


「現地の妖魔共から徴収ちょうしゅうせよ」


「妖魔共の不満がたまる前に、妖魔共を使い潰せと?」


「いかにも」



 彼らは妖魔共がどうなろうと意に介していない。魔族にとって妖魔共は害悪であって、同胞ではないのだ。敵地に潜入して物資は現地で調達せよと言われるのも乱暴な話だが。



「妖魔共をある程度間引まびきしたら、けいらは率いている戦力でもって妖魔共の討伐に出た騎士団を攻撃せよ。無理に完全なる勝利を狙う必要はない。人間共に我ら魔族が敵地奥深くまで兵を派遣できることを思い知らせれば良いのだ。そうすれば人間共も前線のみに戦力を集中することはできなくなる」


「後方地域で兵が増強され、人間共の総合的な戦力の強大化を招く恐れはありませんか?」


「多数の兵を維持するためには膨大な金と物資が必要だ。無理な兵力を維持しようとすれば、人間共の社会は負担に耐えかねて活力を失うであろう。経済力をともなわず軍事力のみ強い社会は、一見強くとももろい」


「なるほど。深慮遠謀しんりょえんぼう、感服しました」


世辞せじはいい。卿らは任務の完全成功を無理に狙う必要はない。妖魔共を使い潰すだけでも今回の任務は成功なのだ。それ以上の活動は危険すぎるならば、その時点で卿らは帰還しても良い。妖魔の間引き以外は余禄よろくなのだ」



 ギュンターはしき完璧主義者ではない。達成しなければならない目標を達成することは求めるが、それ以上のことは無理には求めない。

 だがゲオルクには承服できないことがあった。



「……我に逃げよと?」


「敵地で活動し続ければ、けいらはいずれは討ち取られるであろう。死にたいと言うならば止めはせぬ」



 ギュンターの言葉は、普通の者が聞けば冷然と突き放されたと思うであろう。だがゲオルクは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。

 ギュンターもゲオルクの本当の望みを知っている。ゲオルクはそれを公言し、魔王軍でも有名なのだから。これはギュンターなりにゲオルクにチャンスを与えてやろうと考えているのだ。

 ゲオルクはさらに問いかける。



「敵後方地域の騎士団を攻撃した後、旧王国領を東に向かい、フィリップ・ヴィクトリアスの軍勢に戦いを挑んでも良いと?」


けいがそうしたいならばそうするが良い。任務を果たした後ならばな。そうなればフィリップ・ヴィクトリアスも後方にも気を配らなければならなくなり、魔王軍は有利になる」


「承知」



 ゲオルクはその顔に喜色を浮かべる。

 ゲオルクの本当の望み。それは戦いの中で死ぬことだ。彼は老衰で死にたくなどない。最上は強敵と戦い討ち取られることだが、次善は敵の大軍を前に力尽きることでも良い。

 ゲオルクは百五十年前の大戦にも参陣していた。人間の寿命は最大限に長くても百年程度だが、魔族には数百年の寿命を持つ種族は珍しくない。当時の彼は今ほど達観していなかった。彼は当時から剛勇でならし、自信に満ちていた。だが後の英雄帝アラン・ヴィクトリアスと戦い敗北、信頼していた部下たちを犠牲にして逃亡した。

 戦いにあって逃げることは恥ではない。勝てない敵からは逃げ、勝てる敵と戦うのが戦いの常道だ。だが剛勇でならしたゲオルクが逃亡したことにより彼は魔王軍でも非難され、百五十年たった今でも陰口をたたかれることもある。魔族たちにも『悪い心』が一切いっさいないというわけではないし、ゲオルクに親類や友を死なされたと恨みを持っている者もいるのだ。今では彼に敬意を払う者の方が圧倒的に多いのではあるが。

 だが彼のことを一番無様だと思っているのが、他ならぬ彼自身だ。だから彼は決めた。次は死のうと。無論無意味に死ぬのは本意ではない。全力をもって戦い、その上で討ち取られるのが彼の本当の望みだ。彼は良い死を迎えるために、それまで以上に鍛錬に力を入れた。軍略も学んだ。そうしてさらに強くなった彼を討ち取れる者はこれまでに現れなかった。大戦は程なくして終わり、大規模な戦いはあれ以来なかった。



「ゲオルク。貴様は配下を率いる将だ。貴様が死ぬのはいいとしても、配下たちを無駄に死なせるべきではない」


「そう言われると、反論はできぬ。だが死を恐れぬ者たちのみを連れて行く。そしてフィリップ・ヴィクトリアスの軍勢を弱体化させられるのであれば、者共も無駄死にとまでは言えぬであろう」


「であるな。フィリップ・ヴィクトリアスの軍勢を弱体化させなければ、味方の被害はさらに大きなものとなるであろう」


「……はっ」



 アードリアンはゲオルクに苦言を向けるが、ゲオルクもこの機会は逃せない。ギュンターもゲオルクに賛同する。アードリアンもそれ以上は言いつのることはできなかった。

 ゲオルクは思う。ゲオルクと彼率いる精鋭五百ならば、敵の強力な軍勢と相対しても全滅するまでに十倍の敵を討ち取ることも不可能ではあるまい。敵軍勢があまりの被害に恐れをなして撤退してしまえば興ざめだが、猛将と名高いフィリップ・ヴィクトリアスと士気旺盛しきおうせいで精強なその軍勢ならば、ゲオルクの望みをかなえてくれるであろう。

 フィリップの先祖であるアランはゲオルクに苦い敗北を味わわせたのであるが、彼はアランにも敬意をいだいていた。そして情報からするとフィリップも敬意を抱くべき将のようだ。そのフィリップの軍勢と戦えると、彼は今から期待に覇気をみなぎらせていた。

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