23 魔族の思惑

 廃村の小屋。ゲオルクは伝令が持って来た書状を読んでいる。そこに彼の義兄弟のカールが入って来た。彼はカールにこの地域での妖魔共の管理を任せている。



「兄者。妖魔共の間引まびきは順調に進んでいるようだぜ」



 そう言ってカールは妖魔共の壊滅が確認された場所を複数、地図で指し示す。



「早いな。人間たちの初動が遅れたゆえ、今しばらくの時間がかかると思っていたのだが」


「領主共の差し向けた騎士団は動きが鈍いようだが、冒険者たちが活躍しているようだぜ。特にエルムステルの街から進発した冒険者集団の動きが目覚ましいようだ」


「ほう。静かなる聖者と鉄騎てっきのいる軍勢か」



 ゲオルクが楽しげに口角をつり上げる。彼らは妖魔共が虐殺されようと気にも留めていない。むしろそれが彼らに課せられた任務の一つだ。



「ところで兄者は何を読んでいたんだ?」



 その質問にゲオルクの表情が不機嫌になる。



「アードリアンのくだらぬ自慢話だ。街や村をいくつ壊滅させたやら人間を何人殺したやらな。我にも人間たちを殺せと言ってきている」


「ちっ! 俺は奴が気に入らねえ。戦う力もない奴等を無意味に殺して何が楽しいってんだ」


「それは我も同感だ。だが奴も任務は遂行すいこうしている。文句を言うわけにはゆくまい」



 ゲオルクと彼の義兄弟たちは人間が憎いわけではない。彼らの望みは強敵との戦い。戦うすべを持たない者共を無意味に殺すのは気にくわない。かといって人間たちに慈悲を垂れるわけではないし、戦いを挑んで来る人間を殺すことはなんとも思っていない。彼らは弱い人間には興味がなく、それゆえに人間たちに対する敵意もない。

 彼らのようにことさらに人間を敵視しているわけではない魔族は珍しくない。高等な魔族の半数程度にとっては、人間たちも魔族の管理下ならば生かしておいて良いという、征服の対象ではあっても殲滅せんめつの対象ではない。高等な魔族たちの残り半数は人間を滅ぼすことが自分たちの使命と考えており、妖魔共はほぼ例外なく粗暴で残忍なのだが。ゲオルクたちからすればそのような者たちは味方であっても気にくわない。味方は味方と割り切ってはいるし、気にくわないからといって人間たちに味方するわけではないが。彼らにとって魔族は同胞であり、同胞より人間たちを優先するわけではない。彼らは下劣な妖魔共を使い潰すことはなんとも思っていないのであるが。



「ああそうだ。もう少ししたらメシの時間だぜ、兄者」


「そうか。今日はなんであろうな」


「まあ遠征先だから、過剰な期待はできねえんだけどな。炊事すいじ班も頑張ってくれてはいるけどさ」



 ゲオルクたちのようなオーガという種族は人間たちから食人鬼と呼ばれ恐れられているが、彼ら義兄弟は人を喰ったことはない。彼らの同族には自分の力を誇示するためか好んで人を喰う連中もいるが、彼らはそんなゲテモノを喰う連中のことが理解できないし、理解したいとも思わない。人間牧場などと言って人間たちを飼うという意識の者たちもいるが、牛や豚などの家畜の方が早く成長して肉もはるかに多く取れるのに、何を無駄なことをしているのかと思うだけだ。種族によって性格の傾向はあるが、個体毎の性格はそれぞれ異なっているのである。




 カールが退室し、ゲオルクはこの地に来ることになったいきさつを思い出す。

 三ヶ月ほど前、ゲオルクは魔王城と俗称される城、岩の城フェルゼンブルクの一室にあった。魔王の城と言っても、人間たちが想像するようないかにも悪の城という雰囲気はない。外部にも内部にもきらびやかな装飾や見るからに高級な調度品はほとんどなく、機能を優先した無骨な軍事要塞である。人間の王侯貴族がこの城を居城としろと言われれば、こんな地味な城に住めと言うのかと怒りをあらわにするであろう。ただ人間に比べて体躯たいくが巨大な魔族も多いから、魔王城もそれに応じた大きさがあり、その巨大さには人間たちも偉容いようを感じるであろう。

 ゲオルクがこの場にあるのは魔王に仕える軍師ギュンターの呼び出しを受けてのことである。

 その場にはもう一体の魔族、悪魔族のアードリアンもいる。アードリアンは悪魔と聞いて人間が想像するそのままに、頭部には角を生やし背中にはコウモリのような羽を持っている。なお悪魔とは人類側からの呼び名であり、同胞たる魔族たちは彼らを悪などと呼ばず、飛天ひてん族と呼ぶ。



けいらに任務を与える」


「いよいよ我に出撃許可をいただけると?」


「ふん。貴様の出る幕などない。私が人間共の軍勢を壊滅させ、人間共を皆殺しにしてやりましょう」



 ゲオルクは不満をいだいていた。旧チェスター王国領に進軍しようと布陣ふじんしている魔王軍が長らく停滞している状況に、自分とその軍勢も出陣したいと上申していたのに許可が出なかったのだから。とうとうその許可が下りたと思った。

 アードリアンも歓喜の様子を見せている。彼は人間共を滅ぼすことが自分の使命だと考えている。



けいらに与える任務は、旧チェスター王国領での妖魔共の間引まびきだ。旧王国領の西部では妖魔共が増えすぎている。これを適切な数まで間引きせよ。人間共でも討伐できる程度にし、人間共に妖魔共を殺させよ」


「我にそんなつまらぬ任務をせよと?」


「いかにも」


「ふん。貴様が断ると言うならば、私が全てやってやろう」


「これは卿ら二体に対する命令だ。魔王様の御裁可ごさいかも得ている」


「……承知」



 ゲオルクは不満に表情をゆがめるが、魔王の命令ともなれば断るわけにもいかない。彼は万に及ぶ魔族を統率する将であるのだから、妖魔共の間引きなどという任務を命じられることに不満を感じるのも無理からぬことであるが。

 一方アードリアンは楽しげだ。アードリアンは人間たちを殺せるなら手段は問わないし、増えすぎた妖魔共もうまく使えば多数の人間を殺せる。妖魔の間引きにおいては妖魔共を人間たちに殺させるのが目的であるから、積極的な攻撃は控えるのが通例である。だが、魔王軍が本格的な侵攻を停止していた時期ならばともかく、侵攻を開始しようとしているこの時期であるのだから、彼は人間共の領域に壊滅的な被害を与えるつもりでいる。



「ですがチェスター王国の時代はいざ知らず、フィリップ・ヴィクトリアスは妖魔共の討伐をおこたる無能とは思えないのですが?」


「旧チェスター王国領の西部では帝国に寝返った王国の貴族共が引き続き統治を続けているようで、フィリップ・ヴィクトリアスの統治は行き届いていないとの報告を受けている。そもそも奴は軍事はともかく内政は不得手ふえてという印象を受ける」


「ふむ。戦場の勇将も、内政の名統治者とはいかぬか」


「なるほど。まあ何もかも完璧な者は魔族にもそうそういませんし、人間に過ぎない奴も例外に漏れないということですか」


「であるな。このままでは妖魔共が手のつけられないほど増えてしまう恐れがある」



 魔族たちはフィリップ第二皇子のことを、人間でありながら高潔で有能な将であると評価している。だが将としては有能であるものの、腐敗した旧王国の貴族共を適切に管理するのは無理なのだろうとも推測している。軍師からすれば、そんな連中を統御しなければならないフィリップに内心では同情してもいるのだが。帝国の思惑おもわくとしては、腐敗した貴族共が失態を犯して首をすげ替える機会を狙っているのであろう。

 だが魔族たちにとっても厄介やっかいな存在がいる。妖魔共だ。奴等は人類にとっても厄介な存在だが、魔族たちにとっても頭が痛い問題だ。奴等は繁殖力が強すぎる。数を管理できるうちならばともかく、管理を離れたら爆発的に増えてしまう。

 妖魔共を養うためにも大量の食料が必要だ。武器や防具や服などの物資も必要になる。妖魔共自身にそれらを生産させようにも、奴等は一般に粗暴で短気だから生産活動をさせても効率が悪い。より上位の魔族たちは自分たちの分の物資を生産するのはいいとしても、下劣な妖魔共のために生産するのは嫌だ。

 この問題に対し、魔族たちは魔王領で支配下においている人間たちに物資を生産させることで解決している。魔族たちの人間に対する考え方はおおよそ二つのグループに分かれている。一方はゲオルクのような、魔族に従うなら命を奪う必要はないと考え、人間にもある程度の権利も認め、寿命で死ぬまで生かしてやっていいと考えるグループ。他方が、アードリアンのような人間は滅ぼすべき敵と考えるグループだ。妖魔共にとってはほぼ例外なく、人間たちは獲物に過ぎない。

 だが支配下の人間たちに生産させる物資も有限だ。妖魔共が際限なく増えていけば、全てが食い尽くされる。魔王領で生まれる妖魔共については、適当に前線に送って数を減らせばいい。だが彼らにとって頭が痛いのは、人類の領域で妖魔が増えすぎることだ。

 人類側が適度に妖魔共を減らしてくれるならば、それは人類側にも治安維持のためにリソースを使わせて前線に戦力を集中させるのを防ぎ、魔王軍の戦いを優位にするというメリットがある。しかし人類側が無能すぎて妖魔共が増えすぎるとどうなるか。魔王軍がその地に侵攻した時には、土地は妖魔共に食い尽くされて荒廃しているかもしれない。だから魔族たちは妖魔共が増えすぎた人類側の土地では、時折あえて人間たちに妖魔共を討伐させるという活動をしていた。魔族たちからすれば酷く馬鹿馬鹿しい話であるが。そうして魔族たちは妖魔共の数が増えすぎないようにコントロールしてきたのである。



「やれやれ。旧チェスター王国のままでしたら、とっくにその領土は我ら魔族のものになり、妖魔共も適当にヴィクトリアス帝国の軍勢にぶつければ良かったのですけどね」


「それは皇帝アイザック・ヴィクトリアスに先見の明があると考えるべきであろう。魔王軍が本格的に侵攻する前に、帝国が侵攻しその土地と民を守るとは、思い切ったことをしたものだ」


「敵ながら有能な人間もいるものです。そのせいで魔王軍の侵攻は止められていると」



 魔族たちも優秀な人間は正しく評価する。自分たちの障害になる者として。見込みのある人間がいることも、アードリアンのような人間を殲滅せんめつの対象と考える魔族たちも否定はしない。そして魔族たちにとって旧チェスター王国は、蹴れば即座に倒れるちた老木でしかなかった。敵としては旧チェスター王国の方がくみしやすかったのは事実であろう。



「敵が無能ばかりではつまらぬ。勇敵と戦うことこそ我が望み」


「貴様はそれでいいのかもしれんが、魔王軍の被害が増えてしまうだろう」


「ぬぅ……」


「アードリアン卿。そこまでだ。味方同士でいがみ合ってどうするか」


「はっ。申し訳ございません」


「我も謝罪する。確かに味方の被害が増えることを肯定するわけにはいかぬ」



 ゲオルクとアードリアンは仲が良いとは言えないが、味方同士であるとわきまえている。少なくともこの二体は、味方同士で足の引っ張り合いをする愚劣な将ではなかった。



「ですがそもそも妖魔共を生かしておくことが、私は納得できません。妖魔共は人間共と同様この世界にとっての害悪です」


「人間たちはともかく、妖魔共については我も同意する」


「妖魔共も使いようだ。人間共に対してけしかけるには、下劣な妖魔共の方が都合がいい」



 魔族には下劣な妖魔共の存在を嫌っている者が多い。そんな妖魔共をわざわざ生かさなければならないことに不満を持つ魔族も多いのである。

 アードリアンは軍師の言葉に裏の意味を見出している。人間共さえ滅ぼせば、妖魔共も用済みであると。アードリアンのような魔族たちにとっては、調和をもって他の種族と共存することができない貪欲どんよくな種族である人間共は、妖魔共と同列の世界にとっての害悪なのだ。彼らも人間にも見込むに値する者がいることは否定しないが、そんな人間はごく一部でしかないと考えている。

 神々の時代、人間共は神々の庇護ひごを受けていたのをいいことに増長して、欲望のままに世界を食い潰し己ら自身を含むこの星全てを滅ぼす危機を招きそうになった。だからこそ偉大なる神アルスナムは人間共を排除しようとしたのだ。アードリアンは世界の全ての生き物のためにも人間共を滅ぼさなければならないと考えている。人間共は己らを善と、魔族を悪だと考えているが、アードリアンたちからすれば人間共こそが世界そのものを滅ぼす悪なのだ。エルフやドワーフたちは人間共のように有害ではなく、調和をもって生きることができる者たちであるから、この星の住人として共に生きてもいいのであるが、彼らは人間共をかばい立てするのだから困ったものだ。

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