20 妖魔の大群討滅戦 07 圧勝

 バート率いる冒険者集団は開けた場所に出て、整然と妖魔集団に向かう。妖魔集団も見張りはしているから、さすがにこの規模の集団が接近するのを見逃しはしない。妖魔集団も慌ただしく迎撃態勢に入る。

 ここで冒険者たちはあらかじめ想定していた事態を確認した。妖魔共は一般に粗暴で短気だ。このような状況では、数に勝る自分たちが有利と考えて我先に向かってくるものだ。それをしないということは、あの集団には指揮官がいる。


 互いの位置がもうすぐで弓が届く距離まで接近する。

 魔法使いたちが呪文の詠唱に入る。



『炎の嵐よ、吹き荒れよ』



 最初にバートが放った精霊魔法の威力は圧倒的だった。数十もの妖魔共が炎に包まれて、断末魔の叫びすら上げられずに息絶える。バートは魔法剣士として短い詠唱で魔法の効果を発揮させることを好む。剣と魔法を併用できるように。だがそれは広範囲を攻撃する魔法を使えないということを意味しない。彼の魔法は、彼一人でこの場の妖魔共を殺し尽くせるのではないかと思えるほどだ。

 続いてシャルリーヌたち範囲攻撃魔法を使える魔法使いたちが魔法を放つ。



『そは熱きもの。そは形なきもの。たけき炎よ、我が敵を焼き尽くせ。とどろく炎!』


『そは速きもの。そは光りしもの。突き進み我が敵を討て。雷光の尖槍せんそう!』


『火の精霊たちよ。我に力を貸せ。火炎よ、焼きつくせ!』



 幾人いくにんもの魔法使いたちから放たれた魔法が妖魔共に災厄さいやくを振りまく。嵐のような炎が、一条の雷光が、爆裂する火球が妖魔たちを打ち倒していく。

 冒険者たちを迎え撃とうとしていた妖魔共がひるむ。接敵する前に、自分たちの三分の一がこの世から冥界に追放されてしまったのだから。逃げ腰になっている妖魔共もいるのが見えた。

 好機だ。ヘクターがホース・ゴーレムを加速させる。



「俺に続け!」


「おお――!!」



 妖魔共の指揮官は陣地で防衛戦に入るつもりだったのだろう。陣地は粗末な柵で周囲を囲っていた。だがバートたちの攻撃魔法で柵の一角は完全に吹き飛んでいた。

 ヘクターと馬に騎乗した冒険者たちが突撃する。妖魔共にも弓で応戦する者もいるが散発で、しかも混乱状態で矢は見当違いの方向に飛んで行く。

 弓の巧みな冒険者たちは妖魔共に次々と矢を放つ。魔法使いたちも先程の範囲攻撃には巻き込まれなかった妖魔共に対して魔法を使う。もちろん味方は巻き込まないように注意しながら。



『炎の嵐よ、吹き荒れよ』



 後衛部隊にいるバートがさらに炎の嵐の魔法を使い、数十の妖魔を焼き殺す。それは戦闘ですらない、虐殺と言うべき光景だ。

 ホリーは目をつぶらずに、バートの後ろからその光景を見ている。彼女は悲しかった。命を奪わなければならないことが。もちろん彼女も理解している。妖魔共を退治しなければ人々が危険にさらされることを。だから彼女はバートとヘクターと冒険者たちの無事を善神ソル・ゼルムに祈っている。自分自身の安全よりも。それでも彼女は命を奪わないといけないことが悲しかった。



「後衛隊はあたしたちで守るから、あんたたちは魔法で敵を一掃しな!」



 リンジーと防御担当の冒険者たちは、後衛隊を攻撃しようと陣地から出て迫り来る妖魔共を次々と切り伏せる。その言葉通り、彼女らは後衛隊への突破を許していない。



「おおおお――――っ!!」



 ヘクターが雄叫おたけびを上げて突撃する。

 立ち塞がる妖魔共はある者はホース・ゴーレムのひづめに踏み砕かれ、ある者はヘクターの振るうハルバードにまとめて両断される。それは圧倒的な強さだ。耳障りな声を上げながら槍で突きかかる妖魔もいるが、それらが届く前に妖魔共は死んでいた。あるいはこの程度の妖魔集団なら彼一人で蹴散らすこともできるかもしれない。逃げる妖魔を追い切れずに、相当な数を取り逃がすことになるだろうけれど。



「人にあだなす妖魔共よ! 善なる神々の鉄槌てっついを食らうがいい!」


「さすが鉄騎てっきヘクターだね。僕たちじゃ追いつけそうにない」



 騎乗した冒険者たちもヘクターに続いて突撃し、次々と妖魔共を打ち倒す。遅れて徒歩のニクラスとベネディクトたちも騎馬隊を包囲して討ち取ろうとする妖魔共を排除する。

 だがヘクターのホース・ゴーレムの速度に彼らはついて行けない。ヘクターは孤立しようと意に介さずに突撃する。

 その先に指揮官らしき魔族がいる。



「貴様ら、逃げるな! 戦え!」



 そのトロールと呼ばれる種族の魔族は、そう言いながらも自分自身が逃げようとしていた。周りの妖魔共を犠牲にして。ヘクターは怒りを覚える。彼はそういうやからも嫌いだ。

 ヘクターがホース・ゴーレムを跳躍ちょうやくさせる。いくらかの妖魔共を飛び越え、ホース・ゴーレムの着地に巻き込まれた妖魔共が踏み潰される。ヘクターがハルバードを一振りしたら、数体の妖魔がただの一撃で動かなくなった。指揮官との間にもう邪魔はいない。



「ひっ……」



 指揮官の魔族はひるみながらもメイスを構える。だがその程度の相手はヘクターの敵ではない。ヘクターの一振りで指揮官は両断された。

 妖魔はもはや最初の二割程度しか残っていない。指揮官も失い、妖魔共は逃げようとする。それを冒険者たちは許しはしない。魔法使いたちが魔法を放ち、弓使いたちが射かけ、戦士たちが追いすがって切り伏せる。

 ほんの短時間で妖魔共は逃亡すら許されずに全滅した。一方、冒険者たちには重傷者一人と軽傷者が複数いたものの、犠牲者は一人もいない。冒険者たちの完全勝利であった。



「妖魔共が残っていないか、確認しろ」


「あいよ!」



 冒険者たちのこの場での仕事は終わりではない。陣地に残された粗末な小屋やテントに生き残りの妖魔がいないか確認する。小屋のいくつかには周囲の小集落や村から略奪したとおぼしき食料が収められていた。隠れていた妖魔も殺され、敵の姿はこの場にはいなくなる。


 ホリーは指揮をるバートの近くで負傷した人や馬を神聖魔法で治癒しながらこの光景をながめていた。こんな光景を見たくはなかった。たとえ相手が妖魔共であっても、こんな風に無残な姿をさらす所を見たくはなかった。彼女もこれは人々のためには必要なことだとは理解しているけれど。



「嬢ちゃん、怪我を治してくれてありがとうな」


「いえ。私にできるのはこれくらいですから」



 それでも彼女に傷を癒やされた冒険者が彼女に感謝の言葉をかけ、治癒された馬が彼女に顔をすり寄せたことには、彼女も少し気分を落ち着けた。感謝されるために治癒したわけではないけれど、それでも感謝されると気分がいい。自分にもできることがあるのがうれしいという感情もある。

 その上で彼女も理解している。自分もこの妖魔共を虐殺した一員であることを。


 バートたちにはまだ大仕事がある。



「妖魔共の死体を集めて焼こう。アンデッドになられては厄介やっかいだ」


「そうね。これだけの数の死体を焼くのも大変だけど」



 それもしなければならないことだ。下等な妖魔から強力なアンデッドが発生する確率は低いが、弱いアンデッドでも普通の村人たちからすれば危険だ。それに下等な妖魔共とはいえ、これだけの数の死体を放置すれば、強力なアンデッドが発生する可能性も否定できない。この数の死体を焼くのも一苦労であるが、バートたちの魔法も使えばそこまで時間はかからないだろう。

 ホリーが申し出る。



「あの……私、この妖魔たちの死体を浄化の炎でとむらえそうです」


「む? これだけの数をか?」


「はい」



 彼女にはなぜかできるという確信があった。妖魔たちの死体もせめて弔ってやりたかった。

 そして彼女は祈る。



「善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」



 広く散乱する妖魔共の死体から熱を持たない炎が吹き上がる。突然吹き上がった炎に驚く冒険者たちもいるが、すぐにそれは浄化の炎と気づく。浄化の炎は他を燃やすことなく、妖魔共の死体を悪臭もなく焼いていく。

 冒険者たちのみならず、バートとヘクターもその光景を呆気あっけにとられるかのように見ている。これほどの規模の浄化の炎、相当高位の神官でもなければ使えないはずだ。優秀な神官戦士であるニクラスも他の神官たちにも浄化の炎は使える者はいるが、これほどの規模では無理だ。



「死せる者たちよ。その魂に安息を」



 ホリーが祈りの言葉を言う。彼女は憎むべき妖魔共が相手でさえ、その死後まで憎みたくはなかった。バートとヘクターもそれに続いて祈りの言葉を言う。荘厳そうごんな光景ににわかに信仰心を思い起こさせられたのか、冒険者たちも続いて祈りの言葉を言う。


 ほどなく妖魔共の死体は焼き尽くされた。

 その光景を見届けたシャルリーヌがバートを見る。



「あなたは人間嫌いの気難しい人だと噂を聞いていたのだけれど、妖魔たちさえとむらうのね。静かなる聖者の異名は伊達だてじゃないってことかしら」


「人間も大半の者はその性根は妖魔共と大差ない。強きになびき、弱きをしいたげる。己の欲望を他者の幸福よりも優先する。人間の欲望は、ある意味では妖魔共よりもたちが悪いかもしれない」


「……」


「はぁ……バート。いつも言っているけど、あんたは人間不信も度が過ぎる」


「悪いな。これが私の性分だ」



 ホリーは前もこんな会話を聞いた。この会話は周囲の冒険者たちも聞いている。ヘクターの言うように、これはいつものことなのだろう。バートは自分が人間全般に不信感を持っていることを隠そうともしないのだろう。バートは人間の善性を信じていない。

 それをシャルリーヌも察したのか、絶句している。彼女も人間全てが信じられると思っているわけではない。だがほとんどの人間の性根は悪だとも思っていない。



「だがその人間たちも一度冥界に行き次の生では善なる者として生きる可能性がある。だから私は人間もとむらう。ならば大半の人間と大差ない妖魔共を弔わない理由もない」


「……なるほど。あなたは筋金入りの人間嫌いってわけね。ということは私も嫌われているのかしら?」


「人間にも心の美しい者、立派な者もいる。そしてエルフやドワーフには、私の経験上、邪心を持たないか少ない者が多いという印象を受ける。無論個人差はあるが」


「そう……私のお婆さまも言っていたわ。人間は愚かで醜悪しゅうあくだと。そんな人間たちがいる場所に行かないでと」


「私も君の祖母の言葉に同意しよう。私自身人格に欠陥を抱えた人間だ」


「……」



 ホリーは悲しく思う。バートにとって、人間たちも妖魔共と大差ないのだ。彼は自分自身すら信じていないのだ。彼がエルフやドワーフに対してはさして不信感を持っていないことは初耳だったけれど。彼はエルフのシャルリーヌとドワーフのニクラスに対しては今のところ悪印象はないようだ。そして自分は彼に認められているのか、不安に思った。

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