19 妖魔の大群討滅戦 06 突入計画

 エルムステルの街を進発した冒険者集団は、最初の目的地の村に接近しつつあった。全員馬に乗っているから、荷馬車を複数連れているとはいえさすがに行軍は速い。目的地付近で林に入って集団の接近を敵に悟られないようにし、偵察役の冒険者たちを先行させてその報告を待っている。彼ら冒険者たちは軍勢としての訓練は出立前に少ししただけだが、経験豊富な冒険者たちは自分のするべきことがわかっている。

 冒険者たちの中心ではバートとヘクターとホリー、そしてリンジーと彼女の仲間たちが中心人物として待機している。ホリーは素人同然でこの場にいるのは場違いではある。ホリーは駆け出し軽戦士のような格好のままだが、彼女は鎧をまとうことにまだ慣れてはいない。


 そして偵察隊が戻って来た。



「村の近くに妖魔の大集団が駐留しています。数は三百はいると思います。その集団以外には妖魔はいなかったようです」


「その集団に妖魔以外の魔族は確認したか?」


「いえ。確認したのはコボルド、ゴブリン、オークの妖魔たちだけです」



 妖魔共はいずれも人型だが、コボルドは犬のような頭を持つ。ゴブリンは醜い小柄な妖魔、オークは豚のような頭とでっぷりとした肉体を持つ怪力の妖魔である。妖魔共に共通しているのは、その性格は凶暴で残忍なことだ。だがより上位の魔族たちにはこびへつらい、不利になれば人間相手に命乞いすることもある。命乞いする妖魔の命を奪わなくても、それが報われることなどまずないが。

 妖魔共は通常大規模な集団行動はしない。それを指揮する者がいるとバートは考えている。



「村の様子は?」


「柵を立てて防衛体制を取ろうとしているようですけど、攻撃されたらひとたまりもなさそうです。散らばった小集落の住人は大きめの村に避難しているんだと思います。早く妖魔共を退治しましょう!」


「村は今のところ攻撃されていないのか?」


「はい。攻撃されている様子はありませんでした。そういえばなんでまだ攻撃されていないのでしょう?」


「妖魔討伐軍をおびき出すおとりの可能性もあるな。悪いけどもう一回偵察に行って、伏兵ふくへいがいないか確認してくれないか?」


「は、はい!」



 彼らは複数の冒険者を偵察に出していたが、妖魔共の様子は不可解だ。村に攻撃をかける様子がない。ヘクターが言うように、伏兵が配置されていることも考えなければならない。伏兵とは、敵の不意をついて攻撃するためにその存在を隠しておく兵だ。

 妖魔共が数百程度の兵力としては小さい単位で行動しているのは、妖魔共にとって敵地である旧王国領で、千以上の単位での兵力を運用するだけの食料などの兵站へいたんが準備できないからであろうとバートは考えているが。




 もう一度偵察に出した冒険者たちが帰って来た。



「敵は村の近くに駐留している妖魔の集団以外には見つけられませんでした」


「私もちょっと広い範囲で見て来たけど、敵はいなかったわよ」


「ふむ。せんな。敵は何をしようとしているのか……だがここの敵が三百程度の妖魔ならば、我々で撃破できるはずだ」


「そうだな」



 伏兵を用意している様子もない。バートたちも敵の意図を図りかねている。だがこれならばこの場の戦力で打倒できると判断し、攻撃計画の立案に入る。

 バートが最初に発言する。



「我々は一つの集団として分散せずに突入するべきと考える。最初に私を含む範囲攻撃魔法を使える者と弓の巧みな者で敵の数を減らし、近接戦に移行するべきと考える」



 そこにリンジーの仲間の、先端が尖った長い耳が特徴的な種族エルフの女性、シャルリーヌが反論する。



「それだとかなりの数を取り逃がす恐れがあるわ。軍団を三つに分けて、包囲するように攻撃するべきじゃないかしら? 敵を極力逃がさないように」



 シャルリーヌは見た目は美しく年若い少女に見えるが、エルフは長命だから本当の年齢はわからない。彼女は長い金髪に帽子をかぶった魔術師の格好をしている。智現魔法ちげんまほうの使い手は一般に魔術師と呼ばれる。エルフの魔法使いは精霊を使う者が多いのだが、彼女は冒険者であることもあって違う道に歩んだのだろう。エルフやドワーフは人間とは別のそれぞれのコミュニティーで生活する者が多いが、人間の街に生活の場を移す者たちもいるし、冒険者を志す者もそれなりにいる。

 周囲からも次々に彼女の言葉に賛同する声が上がる。だがバートはその考えに同意しない。淡々と説明する。



「我々がこの場だけの妖魔共を討伐するのならば、そして敵集団の完全な殲滅せんめつを目指すならば、そうするべきかもしれない。だが数は敵の方が上だ。ただでさえ少ない戦力をさらに分散すれば、各個撃破かっこげきはされる恐れがある。負けはしなくとも、いくらかの犠牲が出る確率が高い」


「……」


「我々の任務は可能な限り多くの妖魔集団を討伐することだ。一カ所ごとにこちらの人員を減らしていけば、遠からず戦力をすりつぶすことになる。それを防ぎ損害を最小限にするためにも、ある程度の敵は取りこぼすことを承知で、一個の集団として攻撃するべきと考える」


「……あなたの言葉が正しそうね。私の提案は撤回して、あなたの考えに従うのがいいと思うわ」



 バートの説明に、シャルリーヌも意見を変えた。周囲の者たちも納得する様子を見せている。そして彼らはバートに対する信頼を深める。この男は彼らも生き残れるように考えてくれていると。

 ホリーはいくさのことなど全くわからない。だけどバートが頼りになる人だということは理解できた。この人とヘクターなら、なんとかしてくれると思った。それに対して自分は足手まといでしかないのは後ろめたく思った。



「まあだが、逃げようとする敵もできるだけ倒すということでいいじゃろう?」


「逃げようとする敵を背中から攻撃して倒すのは簡単だしね。本気で逃げられたら追いつくのはちょっと手間だけど」


「ああ。あまり多くの妖魔を逃がすと、またこの辺りで被害を出すことになりかねない。だが深追いは無用だ。戦いはこの場だけでは終わらない」



 リンジーの仲間の残り二人、黒髪に豊かなひげを蓄えたドワーフの重戦士兼神官のニクラスと、黒髪の人間の軽戦士兼盗賊のベネディクトの言葉をバートは肯定する。ドワーフは小柄でがっしりした体格をした種族で、その見た目に似合わず手先が器用で職人としても優秀なことが知られている。彼らの言うように、妖魔共はここで可能な限り多く退治しておく必要がある。敵妖魔集団が戦いもせずに逃げたら少々厄介やっかいなのだが、彼らはそれは心配していない。こちらの数は敵の三分の一。妖魔共は自分たちが数で有利と思って、かさにかかって迎え撃って来るだろう。



「これまでサボっていた領主様と騎士団に仕事を押しつければいいってことだね」


「そういうことさ。領主がきちんと治安維持の仕事をしてたら、ここまで妖魔共が増えるはずがなかったんだ」


「旧王国領東部の方は、妖魔の被害もそれほど酷くはないとも聞くわね」


「ああ。フィリップ第二皇子殿下の手が届く範囲は治安も良好なようだ」



 結局はこの事態は、ヘクターが言うようにこの地方の領主たちの怠慢たいまんが原因だ。彼らは旧王国時代の貴族であり、治安維持にも内政にも軍事にもさして興味はなく、自分たちの権威と贅沢な暮らしの方が大事なのだ。旧王国領が帝国に併呑へいどんされてしばらくは、皇帝の指示に従って不足はあるなりに一応真面目にしていたが、近年はまた緩んでいた。無論そんな者だけではないが。



「突入前に私たち範囲攻撃可能な魔法使いと弓の使い手たちで敵の数を減らす。その集団は近接戦は不得手な者が多いであろうから、周囲で敵を蹴散らす人員も必要になる」


「俺は真っ先に突入して、敵の指揮をる奴を狙う。バートたちの前衛と残敵の掃討そうとうはリンジーたちが中心にしてやってくれ」


「わかったよ。静かなる聖者と鉄騎てっきの力、見せてもらうよ。あたしは後衛部隊の護衛をするよ」


「私は範囲攻撃魔法を使って後衛から攻撃するわ」


「僕とニクラスはヘクターの援護と残敵掃討を担当しようか」


「そうじゃな」


「くれぐれも言うが、深追いは無用だ。戦いはこの場で終わりではない」


「そうだね。できれば今日中にもう一カ所の村も開放したいしね」



 そうして彼らはあらかじめ決めてあったそれぞれの役割を再確認する。もちろんその通りに事を運べるとは限らないから、そのような場合は臨機応変な対応が必要となる。そして臨機応変こそが冒険者たちの得意とすることだ。



「輸送隊と偵察隊は、この場に残していく荷馬車と馬たちの護衛だ」


「この役割も大事だぜ。逃げた妖魔共が物資を奪ったら、俺たちは一度エルムステルに帰るしかなくなる」


「十五人も残していくのはちょっと痛いけど、あたしたちも食い物無しで戦いを続けるわけにはいかないからね」


「はい!」



 冷然としたバートの言葉をヘクターが補足する。ここに残る者は比較的実力が劣る者たちとはいえ、彼らにもプライドはある。ヘクターの言葉はその彼らに不満を持たせないように、そして彼らの役割の重要性を納得させるために、必要なことだった。

 バートは人から距離を取られがちの性格をしている。そのバートが人から反感を持たれないように気を配ってくれるヘクターは、彼にとって得がたい友人だ。ヘクターがいなかったら、彼の周りは敵だらけになっていたかもしれない。

 バートもそれは十分に理解している。その上で彼は自分自身を変えようとは思わない。彼が人間に希望を持っていたら、自分を変えようと思ったかもしれない。だが彼は人間に絶望している。



「では、突入準備をする。馬に乗って突入する者はヘクターに続け。徒歩で突入する者は馬をこの場につなげ」


「おう!」


「お嬢さんは私にしっかりつかまっていろ。今回は私たちは近接戦には巻き込まれることはないはずだ」


「は、はい!」



 ホリーはバートのホース・ゴーレムに同乗させてもらったまま突入する。普通に考えると初陣ういじんでろくに訓練もしていない彼女をこんな大規模な戦いに巻き込むべきではなく、この場に残していくべきなのだろう。だがバートは彼女を戦いに慣れさせる必要があると考えている。彼女が本当に聖女ならば、嫌でも戦いに駆り出されるのだから。



「お嬢さんにとっては辛い光景を見せることになる。辛かったら私にしっかりつかまって、目をつぶっていればいい」


「……はい」



 ホリーは本音では戦いの場になど出たくない。そこではあの野盗たちの時をはるかに上回る規模の死を見ることになるのであろうから。それでもバートの言葉には理があることは彼女も理解している。彼女は自分が聖女だとは思っていないが。

 それでも彼女はバートの気遣いがうれしかった。普段無感情なこの人がほんの少し申し訳なさそうにしたのが、この人も自分を思いやってくれているのだと思うことができた。

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