10 エルムステルの街にて 02 商人マルコム
商人マルコムの邸宅。ホリーたち三人は立派な調度品が並ぶ豪華だが華美というほどではない部屋に通されている。それでも村娘のホリーにとっては気詰まりするような空間で、出されたお茶にも手を付けることができない。
しばし待って、部屋の扉が開いた。上質な服を身に
「やあやあバート君にヘクター君。賊の討伐と荷物の奪還、ご苦労だったね」
「残念ながらあなたの使用人たちは
「仕方ないとは言いたくはないんだけど、それは君たちの責任じゃないよ。彼らが無事だったらもっと良かったんだけどねぇ……」
男も悪い人間ではないのだろう。バートの言葉に表情を曇らせたのは、演技ではなさそうだ。
ホリーは自分は部外者だとはわかっていても聞かずにはいられないことがある。
「あの……亡くなった人たちの遺族はどうなるんでしょう……生活も大変になるでしょうし……」
「ああ、君のこともニックたちから聞いているよ。私は商人のマルコム。君がポールたちを浄化の炎で
「は、はい。私はホリー・クリスタルです」
「ポールたちを弔ってくれたお礼の
「は、はい」
「あと、ポールたちの遺族には私から生活の援助をする。子供たちも成長したら私が雇う。これでお嬢さんも安心できたかな?」
「はい!」
マルコムは商人としては
ホリーも犠牲者の遺族たちがなんとかなりそうということには安心した。マルコムの使用人たち以外の身元もわからない人々については対処のしようがないことは彼女にも理解はできた。
ニックがバートとホリーにそれぞれ袋を渡す。ホリーに渡されたものはそれほど大きくはないけれど、彼女はこんな大金を持つのは初めてで、どうすればいいのかわからない。
「それからこれは返却しよう」
「ああ。確かに受け取ったよ」
バートがマルコムに渡したのは、小鳥の形をしたマジックアイテムだ。二個で一対になっており、起動して片方に話しかけるともう片方から声が発せられるというものだ。同種のアイテムは作成者の趣味や発注者の注文で形状は変わる。マルコムは貴重品を運ぶ使用人にはこれを持たせて連絡できるようにしているのだが、バートにも渡していた。マルコムの邸宅では専任の使用人がこのアイテムの片割れを管理している。
ニックが退室したのを確認し、マルコムが真剣な表情をしてバートを見た。
「大事な話があるから、そちらのお嬢さんには別室に行ってもらっていいかい?」
「このお嬢さんは当面私たちに同行する予定だ。仕事の依頼ならば、このお嬢さんも同行することになる。このお嬢さんがそれなり以上に神聖魔法を使えることは保証する」
「あの……私は席を外しましょうか?」
マルコムは考える様子を見せる。
「お嬢さんは君たちの仲間扱いになると考えていいのかい?」
「そう思ってくれて構わない」
「わかった。ならお嬢さんもここにいてもらっても構わない。バート君。君は帝国公認冒険者だそうだね?」
「そうだ。ヘクターも同様だ。お嬢さんは違うが」
「君たちが帝国公認冒険者で、その君たちと縁ができたのは、私にとってもうれしい誤算だったよ」
門前でのことはニックたちも見ていた。彼らがマルコムに報告したのだろう。
「私が君たちに依頼した時、君たちが帝国公認冒険者と教えてくれなかったのかはなぜか、聞かせてもらっていいかい?」
「我々が帝国公認冒険者と知られれば、いらぬ注目を招く。トラブルを未然に防ぐためにはそれを示すことも必要なのだが」
「なるほど」
マルコムがバートたちに依頼した時、バートたちは旧王国領東部にある街の領主が発行したエンブレムを見せていた。彼もそれだけでバートたちを信用したわけではない。バートもヘクターも異名持ちの高名な冒険者だ。しかもマルコムの使用人であるニックがこことは遠い地に商売に行った際にバートたちに命を助けられ、そのニックが
「君たちが本物の帝国公認冒険者という証を見せてもらっていいかな?」
「ああ」
バートとヘクターがそれぞれエンブレムを取り出し、合い言葉を唱えるとエンブレムの上にその表面に描かれている文様と同じものが空中に投影される。帝国公認冒険者のエンブレムには他にも証明用の魔法が仕込まれているが、これが比較的広く知られていてわかりやすい証明法だった。
マルコムはうなずく。彼も無条件で人を信用するお人好しではない。
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