11 エルムステルの街にて 03 告発
バートとヘクターが帝国公認冒険者であると確認し、マルコムは話を切り出していいと判断した。
「君たちが帝国公認冒険者と見込んで、お願いがあるんだ」
「それは何か?」
「この街の領主様のここしばらくの行状は目に余る。それで私と仲間の商人たちが連名で、第二皇子殿下に領主様のことを告発しようとしていたんだよ」
帝国公認冒険者には、冒険者として以外にも一つの権限を与えられている。それは各地の領主たちが不正を行っていれば、それを告発する権限。彼らは帝国の
「領主の目に余る行状とは?」
「君たちも目にしたそうだね。そのお嬢さんが巻き込まれそうになったと。領主様は年若い美しい少女たちを権力をかさに無理矢理召し抱えているんだ。領主様の奥方様が亡くなってからそうなってしまってねぇ……」
「……」
「最近は街の中でそうすると民衆から反発されるからか、街の外から来る子を狙っているようだね。さすがに冒険者の子は領主様が危害を加えられるかもしれないからか狙われないようだが。ニックたちはまさか冒険者である君たちに連れられている、しかもまだ大人になってなさそうなお嬢さんまで狙われるとは予想していなかったようだけどね」
「……」
ホリーはショックを受ける。大きな街を治める領主がそんなことをしているのかと。自分もバートとヘクターに
「先日には、領主様の館から墓地に運ばれた遺体からゴーストが発生したという騒ぎもあったよ。ゴーストによれば、領主様に手込めにされて自ら命を絶ったとか……神官様が
ゴーストとは、死んだ者の魂がアンデッド化した実体を持たない存在、いわゆる幽霊だ。魔法を付与していない武器では傷をつけることすらできず、街を警備する下級兵士では対抗できない脅威だ。ゴーストも基本的に生物に対して敵対的だが、生物に対する敵意に飲まれておらずに人と会話できるものもいる。そのゴーストはおそらく発生してすぐに、墓地を管理していた神殿に所属する神官に祓われたのだろう。
マルコムも義憤だけで動こうとしているわけではない。なによりも自分の身内がそんなことになってほしくなかった。そうであってもそれが他の人々のためにもなるのならば、それは善行と言って良いのだろう。
「それだけでは領主を罪に問うのは根拠が弱いかもしれない。他にも領主の罪を問えそうなことはあるだろうか?」
バートが無感情に言う。地位の高い者と地位の低い者の命は同等ではない。それは悲しい現実である。そしてバートは加害者だけではなく被害者の側も妖魔共と大差ないと思っている。
それに
「君たちもこの街を囲んでいる貧弱な堀と
「ああ」
「妖魔の襲撃くらいなら防げそうだけど、本格的な攻撃を受けたらひとたまりもないだろうな。せめてあの倍くらいの規模があればそれなりの効果があるんだろうけど。城壁も建造中のようだけど、完成している部分もいまいち頼りない」
「そうだね。何年も前から城壁を作っててそのための資金源として増税もしているんだけど、遅々として進まない。魔王軍との前線に近い旧王国領東部の街ではとっくに立派な城壁ができているそうなのにね」
「領主の
「ああ。領主様は他にも色々必要なことがあるから資金不足だと言っているけどね。でも領主様の館に行くたびに増えている高価な美術品と調度品を見るに、到底信じられないね」
このエルムステルの街にも百五十年前の大戦時やその前に作られた旧王国時代の城壁もある。しかしそれは街の中にあり、街全体を守ることはできない。城壁建造当初は街はその中に収まっていたのだが、その後街が拡大したためだ。その街の中の城壁も邪魔だといたる所で撤去されている。
旧王国領にはこのような防備の薄い大きな街がいくつもある。それに対し、旧王国を
「それにエルムステルの領主様の治める土地に限らないんだけど、この地方全般の治安が悪化しているんだ。妖魔たちの数が増えているようで、村が壊滅させられたという話もいくつも聞いているよ。そこまではいかなくても、村が妖魔に襲撃されて被害が出ることが増えているようなんだ。そして壊滅した村の生き残りが野盗に落ちぶれることもある。今回の賊もそういった連中だったそうだね」
「この地方全般の領主たちが妖魔の討伐を
「私にはそうとしか思えないね。領主様直属の騎士と兵士たちも練度が低下しているようだ。兵を雇うための金も削って、領主様が自分の贅沢のために金を使っていると私は考えているよ。上が帝国になってからしばらくは領主様も真面目にやってたんだけど、また緩んできたようでねぇ……もちろん今も領主様は型どおりの妖魔討伐はしているんだけど、不十分としか思えないね」
人類側の国々にとって、魔王軍が放った妖魔共は頭が痛い問題だ。妖魔は繁殖力が強く、いつの間にか大集団になりかねないのだから。特にこの地方では旧王国の滅亡する数十年ほど前の時期から妖魔の増加が問題になっていた。
「あと、最近領主様から要求される
「あなたたちが領主に賄賂を渡しているのならば、あなたたちも罰金程度の罰はあるかもしれない。それはわかっているだろうか?」
「わかっているよ。たぶん隠してもばれるだろうから、隠さずにこちらから言う方が私たちの身のためだと思うよ」
「わかっているならいい。そして領主を増長させたのは、あなたたちにも原因があるのだろう」
「……そうだね。そうなんだろうねぇ……」
マルコムは
「そういったわけで、私たちは領主様を告発しようとしているんだ。協力してくれるかい?」
「俺たちが書き添えることができるのは俺たちがわかる範囲のことだけでしかないけど、それでもいいなら協力するよ」
「あなたがどこまで真実を言っているのか、私には判断できない。こちらのお嬢さんが領主の館に連れ込まれそうになったことから、あなたの話は
「それはそうだね。確かに。でもお嬢さんの件は君たちも実際に体験したことだ。君たちがこの街で見て来たこともね」
「ああ」
帝国公認冒険者に
「ところで……最近旧王国領西部のいくつかの街で、領主様が処罰されて帝国から新しい領主様が派遣されて来ているという話を聞くんだけど、もしかして君たちも関わっているのかい?」
「関わっていることもあるが、ほんの一部でしかない。帝国も決して不正や非道を手をこまねいて見ているわけではない」
「なるほど。旧王国領は帝国に
「わかっている」
旧王国末期の状況が酷かったというのは事実だ。建国当初の理想は忘れ去られ、貴族たちの横暴に対し、民衆は声を上げることすら許されず耐え忍んでいた。帝国も完璧に理想的な国ではないが、少なくとも民衆が声を上げてそれを上に届ける仕組みはある。帝国公認冒険者に
ホリーは話に混ざることもできず、黙って聞いていた。彼女の村の人々にも、旧王国時代は良かったという人が多かった。しかし本当にそうだったのか、彼女も疑問に思ってきた。バートが帝国に割合好意的で旧王国に対しては
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