09 エルムステルの街にて 01 帝国公認冒険者
エルムステルの街の西門手前。門を通ろうとする者は少額の通行税を
「この地方の街はどこも防備が貧弱だな」
「前線から離れていることで、領主たちには危機意識がないのだろう」
「前線に近い地方はこことは違うんですか?」
「ああ。いつ魔王軍に攻められても街に
この貧弱な防備にはヘクターもバートも感心できないようだ。ホリーにはこれでも十分強固な守りに見えるのだけれど。
荷馬車はニックとその同僚が操作し、ホリーはバートが乗る馬の形をした動く金属像、ホース・ゴーレムにバートにつかまるようにして乗っている。ヘクターも別のホース・ゴーレムに乗っている。ホリーがヘクターではなくバートの後ろなのは、戦士としてはヘクターの方が上だから彼の動きが制限されるのは好ましくなく、自分は動きが制限されても魔法が使えるからというのはバートの言葉だ。バートたちがアイテムを操作したと思ったらこれが出てきた時はホリーも驚いた。
「でも、このゴーレムって疲れたりはしないんでしょうか?」
「これは魔法の産物だから、疲れたりはしない」
ホース・ゴーレムの存在は珍しい。現在の魔法技術でも作ることはできるが、相当に高価だ。普通の冒険者が使うのはせいぜいが生きている馬だ。ホース・ゴーレムは生きている馬のように餌を必要とはせず疲れもせず、頑強だというメリットがある。さらにバートたちのものは必要ない時は小さな馬の彫像にしておけるという機能まである。
このホース・ゴーレムがあるからこそ、バートたちは街から野盗たちがいた場所に迅速に向かえ、ホリーの危機に間に合った。バートたちに荷物の奪還を依頼した商人マルコムも、この機動力を見込んで依頼したという面もある。荷物を奪った野盗たちが遠くに逃げることも考えられたのだから。
門の前には街に入ろうと人々が並んでいる。ニックが荷馬車を止めて御者台から降りる。
「バートさん、ヘクターさん、お嬢さん。少々お待ちください」
ニックは検問をしている兵士たちの元に向かい、懐から小さな袋を取り出して兵士に渡す。
「じゃあ行きましょうか」
ニックが戻って来てバートたちに声をかけ、門に入るために並ぶ列を無視して門に向かう。ホリーはなぜ並ばなくていいのかわからなかった。
「そこの冒険者! 止まれ!」
バートのホース・ゴーレムが門前に来た時、呼び止める声があった。バートがホース・ゴーレムの足を止める。
声の方には兵士数人に囲まれた役人風の男がいる。その男の視線はバートの後ろのホリーに向けられている。
「その少女に領主様にお仕えする栄誉をやろう。その少女は我々で預かる」
領主の威を借り、自分が偉いと思いきっている言葉だ。優しすぎるホリーでもどうかと思うほど、それは
バートがホリーを抱えてホース・ゴーレムを降りる。ヘクターも自分のホース・ゴーレムから降りてバートに並ぶ。兵士たちは重厚な鎧を身に
ホリーは
ニックはトラブルの発生を察して、事を穏便に治めるために懐から
「この少女は我々の同行者だ。領主相手であっても渡すわけにはいかない」
「冒険者風情が領主様のご意向に逆らう気か!?」
バートは表情も変えず口調も淡々としている。
旧王国では冒険者の地位は低く、ならず者同然の扱いを受けることも珍しくない。帝国に
バートが何かを取り出し、役人に示す。
「て……帝国公認冒険者のエンブレム……」
役人の表情が引きつる。
旧王国と違い、ヴィクトリアス帝国は冒険者たちを重要視している。帝国や各地の領主の軍事力では対応しきれない問題に対する重要な戦力として。軍団同士の戦いに冒険者が参戦しても騎士や兵士と同じような働きしかできないであろう。それどころか規律で縛られない分、統一された行動ができずに戦力としては劣るかもしれない。だが冒険者にしかできない働きもある。敵の後方を
戦争以外にも冒険者たちの働きは帝国にとって大きい。国内を荒らす妖魔や魔物を討伐することもある。人間同士のトラブルを冒険者が解決することも多く、帝国の治安に寄与する役割は大きい。
しかし、ならず者同然の冒険者たちがいるのも事実。だから信頼できる冒険者であることを証明する仕組みがある。それがエンブレム。地域の領主が発行することもあるし、冒険者の店が発行することもある。信頼を裏切る行いをした冒険者は発行元からエンブレムを没収されて処罰される。エンブレムを所有する冒険者は信頼できるという証だ。
そして冒険者として最も信頼できる者という証が、帝国公認冒険者のエンブレムだ。そのエンブレムの持ち主は帝国騎士団の騎士隊長と同等の地位を持つ扱いを受ける。かといって定期的に給与を支給されるわけではないし、断りづらい依頼が帝国から入ることもあると、自由な気風の冒険者たちの側からすれば
「に、偽物に決まっている! こいつらを捕らえろ!」
役人の言葉に、兵士たちが
バートは無感情に告げる。
「このエンブレムの
「お、お前たち、や、やめろ! ど、どうぞお通りください……」
役人の表情がさらに引きつり、続いて
バートはホリーを抱えてホース・ゴーレムに乗せてやり、自分もその前に乗る。彼にとってはこの役人についてはもう終わったことだ。人間など下劣な妖魔共と大差ない者がほとんどだ。この役人もその一人であるに過ぎない。
ホリーは思った。バートが人々に対して強い不信感を持っているのは、こんなことが何度もあったからなのではないかと。だからといって、この人が人間全般を悪と考えるのは悲しかった。
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