08 エルムステルの街への道中 04 依頼者の使用人

 次の日。朝に村を出発して、この日も問題なく次の村に着いた。彼らが宿に到着した時、二人の商人らしき格好の男たちが待っていた。



「バートさん! ヘクターさん! 荷物を取り返してくれたんですね!?」


「ああ。全ての荷物がそろっているかは我々にはわからないが」


「だけど野盗のねぐらにあっためぼしいものは持ち帰ってきたぜ」



 待っていたのは、バートたちに野盗の討伐と荷物の奪還を依頼したエルムステルの街の商人マルコムの使用人のニックとその同僚だ。

 マルコムは貴重な荷物を積んだ荷馬車に、現在位置を彼の邸宅に置いてある地図に表示するマジックアイテムを紛れ込ませていた。普通は野盗の討伐程度にはバートたちほどの冒険者を雇わない。だが、例の荷馬車にマルコムが付けた護衛の戦士たちは結構な腕前だったのに襲撃を防げなかったようであることと、荷物をなんとしても取り返したかったため、バートたちに高額の報酬を提示して依頼した。

 ニックたちもバートたちと一緒に街を出たのだが、足手まといになるわけにはいかないと、この宿で待っていたのだ。彼らは荷物を積んでいない荷馬車を宿に置いており、襲われた荷馬車が使えなくなっていたら現地に向かって荷物をこちらに積み替える手はずだった。そしてマルコムがバートに持たせていた遠距離通話できるマジックアイテムで荷物を奪還したと報告を受け、そして荷物の反応がエルムステルの街に向かっていることを確認し、使用人を派遣してニックたちにその連絡もしていた。



「あの……それでポールたちは……」


「残念ながら、君たちの同僚たちは野盗に殺されたようだ。彼らの死体はとむらってきた」


「そうですか……ポールの奴、息子が初めてしゃべったって喜んでたのに……」


「ですが、あいつらの死体を弔ってくれてありがとうございます……」



 ニックたちも、同僚たちの姿が見えないことで彼らの命運は察していたのだろう。それでも万が一の希望にすがりたかったのだろうが、バートはその希望を無情に断ち切った。



「ところでそちらのお嬢さんは?」


「こちらの少女は野盗に襲われている所を保護した。このお嬢さんも優れた神聖魔法の使い手だ。アンデッドと化してしまった君たちの同僚たちの遺体を彼女が浄化の炎でとむらってくれた」


「それはそれは……お嬢さん。お礼を言わせてください。私たちの同僚の魂を弔ってくれたことに」


「い、いえ。私にできることをしただけですから」


「旦那様に、彼らに浄化の炎を使っていただいたお礼に、お嬢さんに寄進きしんするように申し上げます」


「いえ。私がお金をいただくより、遺族の方に渡してあげてほしいです」


「お嬢さん。向こうが礼をしたいと言うなら、受け取っておくといい」


「そうです。それにポールたちの遺族も飢えないで済むように、旦那様が配慮してくださるはずです」


「……はい」



 ホリーもそう言われて渋々承諾する。だけど神の奇跡の代償に金を受け取ることには納得できなかった。彼女は人が生きるためには金が必要だということを十分に理解しておらず、自分が潔癖けっぺきすぎることに気づいていなかった。犠牲者たちの遺族はどうにか生活できそうということには安心したけれど。

 ヘクターがニックに声をかける。



「宿の荷馬車置き場で荷物の確認をするのかい?」


「あ、はい。お願いします」


「承知した。だが君たちが本人であることを魔法を使って確認させてほしい。私たちとしては君たちが偽物という可能性を否定するわけにはいかない。君たちが不正を犯す恐れがあることも、それはないと信じられるほど私たちと君たちに信頼関係はない」


「わかりました。念を入れるのですね」


「ああ。『なんじ、人なりや? 汝、心をさらせ』。君たちはエルムステルの商人、マルコム氏の使いで間違いないか?」


「間違いありません」


「不正を行うことなく、荷物を確認するか?」


「はい。不正など行いません」


「確認した。君たちは本物で、不正を行う気もないと」


「じゃあ荷馬車を宿に預けるから、そっちで確認してくれ。俺たちも立ち会う」


「わかりました」



 疑われること、ことに魔法まで使ってとなると、大抵の者はいい気はしない。だがニックは以前商売先でバートとヘクターに人間に化けた魔族から命を救われたという経験があり、拒否する気にはならなかった。不正を行わないか確認されたことも、世の中には不正を行う者はいるのである。そして彼らには不正を行う気などないから、素直に受け入れた。ニックたちはバートたちを慎重な人なのだろうと思った。その慎重さが心強く、信頼できるとも。商人の世界もきれい事だけでは済まないのだから。

 だけどホリーは思った。バートは人を信じていないのだろうと。自分がこの人にとって信頼できる人になれるのかはわからないけれど、この人の心を救ってあげたい。善神ソル・ゼルムの啓示けいじに従うためではなく、自分自身の意思で。

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