第9話 9


 ただ横でジッと見られているだけなら我慢することが、耐えることができたであろう。

 けど、コイツは俺の予想外の行動を。

 なにしろ普通の存在じゃない。

 幽霊だ。

 これまでは見ないようにしていたから気が付かなかったけど、宙に浮いていやがる。

 そして、俺の周りを漂うように浮遊しやがる。

 鬱陶しい。

が、ひたすら耐える。

 耐えてさえすれば、いつかはこの異常な事態から解放されると信じて。

 諦めたのか、それとも飽きたのか、分からないけどようやく俺の周りでウロチョロするのを止めた。

 と、思ったら別の行動に移行しやがった。

 宙に浮いたままで俺の横に回り込み、細い指を伸ばして突っついてくる。

 幽霊なのか、はたまた脳が見せている幻覚なのか分からないけど、実在していない存在であることだけは確かである。伸ばしたコイツの指は俺の右の頬に触れることなく通り抜けていく。

 気持ち悪い。実際には感触なんかないはずなのに。

 サブイボが、鳥肌が立ってくる。

 やめろと言って睨めつけたくなるが、そうすれば気が付いていることがバレてしまう。

 長い。時間が全然進まない。それでも一限目が終了。

 チャイムが鳴ると同時にアイツは教室から消えた。

 耐えたことが功を奏したのか、それとも幽霊も休み時間に入ったのか。

 分からない。けど、一息つけるのは有難い。

 これまで打ち込んできた陸上がもう無理だから、高校では心機一転勉強に励む所存でいたけど、まともに授業を受けられなかったじゃないか。くそっ、後で誰かから、悠以外の人間から、ノートを借りないと。

 疲労困憊というか、精神困憊状態だった。

「ねえ、竜ちゃん。何かあったの? 授業中なんか変だったよ?」

 イスに背にもたれかかり天助を仰ぎ見ている俺の声が。悠だ。

 よく気が付いたな。

そういえば悠は昔からそうだった。俺の怪我のことも誰よりも先に気が付いたよな。やっぱりお前はどこかの部活のマネージャーをすべきなんじゃないのか。観察眼があるというか、他人の変化に目聡いというか。

 でもそれよりもさ、俺のことよりもさ、

「真面目に授業受けとけよ」

 無理して、土壇場で猛勉強してこの高校に入ったんだろ。ここで躓くと後々後悔するぞ。

「平気だよ。解らないところがあったら、また竜ちゃんに教えてもらうから」

 何が楽しいのかニコニコと笑いながら言う。

 けど、悪いな。それは無理かもしれない。この先もずっとアイツが俺の妨害をするようでは、この先もまともに授業を受けられない、お前に教えることなんか不可能。最悪二人そろって留年かも。

「どうしたの。なんか怖い顔になってるよ」

 そんな顔になっているのか、俺。

「悩み事があるのなら相談に乗るよ。けど、あたしじゃ竜ちゃんの力にはなれないかもしれないけど。……ほら、あたしってバカだから」

 ヘラヘラ笑いながら自嘲する。

 いや、お前は別に馬鹿なんかじゃないぞ。確かに成績は良いほうじゃないけど。学業以外の知識はあるし、気遣いも十分以上にできるし。

 そうは思うが、口にはしない。長年一緒にいる幼馴染だが、面と向かって褒めるのはなんだか恥ずかしいような気が。 

 しかし、相談か。

 だが、今の俺の現状を悠に相談したところで解決なんかしないだろう。けど、誰かに話すことによって精神的に楽になれるかもしれない。

 例えは少し違うけど、秘密は大勢で共有したほうが罪の意識は薄れる。

 提案にのって、例のセーラー服の少女が見える、それだけじゃなくちょっかいをかけられていると話そうとした。

 だが、寸でのところで思いとどまった。

 悠はおしゃべりだ。俺が話したら、あっという間にクラス中に伝播するだろう。

 そうなると、またパニックになってしまう。

 それだけならまだしも、俺がおかしな人間として認識されてしまう。

 それは避けたい。

 ならば、一人で耐えているのがベストとまでは言わないがベターなのだろうか。

 それに、もしかしたらこの先ずっと出てこない、見えないという可能性だってあるし。

「いや、何にもないから」

「本当? 何かあった絶対に言ってよね。あたしは竜ちゃんの力になりたいんだから」

 悠の心配そうな声と同時にチャイムが鳴った。


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