第8話 8


 見てはいけないものが、見えてしまった。

 どうして?

 今日は空腹じゃないのに。今朝は昨日一昨日の分を取り返すかのように、意味のないことだけど、いつもよりも余計に食べて出てきたのに。登校に費やしたカロリー消費だってはるかに少ないはずなのに。なんで見えてしまうんだ。

 空腹じゃないのに見えるということは、これは幻覚なんかじゃない。

 となると、原因はやはりあの夢だろうか?

 あんな夢を見たから脳が錯覚を起こしているのだろうか?

 分からない。けど、見えているのは事実。

 見えているのは俺だけなのだろうか? 

 多分、俺だけだと思う。他にも認識している人間がいれば、絶対に見えているはず。

 だって、例のセーラー服の少女は黒板の前を所在もなくウロウロしているのだから。真面目に授業を受けていれば嫌でも目に付く場所にいるのだから。

 なんで俺だけが見えるんだよ。これまで霊感なんていう才能なかったはずなのに。

 憤りから思わずに叫びだしそうになるけど、必死に思いとどまる。今は授業中、それにここで俺が、セーラー服の少女の幽霊見えたなんて喚いてしまったらパニックを引き起こしてしまうだろう。

 俺の席はよくは知らないけど、この高校の怪談スポットらしい。そして、そこに出るのはセーラー服の少女の幽霊。

 実際、一度起きているし。

 我慢する。それでも喉を通り、口から漏れ出ようとする声を両手でしっかりと塞ぎ止める。

 アイツだ。

 見たくないものには目を逸らしてしまえばいいだけの話だが、俺の視線は離れられない。皮肉なことに釘付けになってしまう。

 心なしか、昨日よりもハッキリと見えているような気が。

 気のせいじゃない、より鮮明に、よりクリアに見えている。離れた場所にいるにも関わらず、顔の造詣が、表情が細やかに分かる。

 夢であんな約束をしたせいなのか。安請け合いをしたからなのか。

 ということは、俺はセーラー服の少女に見えていると言ってやらないといけないのか。

 そんなことできる訳がない。

 高校入学早々、霊感少年という痛いキャラ設定なんか追加したくないのに。

 ここは一つ見えなかったことにしよう。

 幸い、向うは俺が見えていることに気が付いていないようだし。

 うん、そうしよう。

 見えてなんかいない。このまま無視していれば、いずれ見えなくなるはずだ。

 そうしようと決めた矢先、嫌なことを思い出してしまう。

 そういえば、夢で呪うとか言っていたような気が。

 呪うって、何されるんだ俺? どんな厄災が俺の身に降りかかってくるんだ?

 不安が襲い掛かってくる。背筋が冷たくなってきたような、脇汗が一気に噴き出してきた。

 いや待て、落ち着け。そんなに酷いことにはならないはずだ。アイツはこの高校の怪談だけど、そんなに認知されているわけでもない。ということは、言い換えればあまり強い霊ではない……はず。何かの漫画でそんなことを読んだような記憶が、人に知られていればいるほど力が強いって。だから、認知度がどんなに高くないコイツが呪いをかけても効果なんかあるはずないし。

 うん、そうに違いない。絶対にそうだ。間違いない。

 よし、無視だ。絶対に目を合わせない。見えたら、顔を背ける。

 遅かった。

 決断した瞬間、一瞬だけど目が合ってしまった。

 気のせいじゃない。気のせいだったらどんなに良かったか。

 満面の笑み浮かべてセーラー服の少女が俺のほうへと近付いてくる。しかもご丁寧に席の間を通って、まるでスキップするかのように。

 心臓がバクバクする、いつの倍以上の速度で動いている。さっき引っ込んだ声が増援を呼んで再び口から出ようとする。

 血の気が頭から下へと下降する。ついでに脇汗も滝みたいに。

 今更遅いけど、目を逸らした。顔を背ける。

 失敗した。どうして左側を見てしまったんだ。窓側に目をやればよかったのに。

 予想よりも早く来やがった。いつの間にか俺の横にまで移動していた。

 俺の席の左側に立っている。

 おかげでまた目が合ってしまった。

 セーラー服の少女は、俺を見て嬉しそうに笑いかける。

 俺はそれを無視する。


 この日から、俺とコイツの戦いが始まった。


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